129、黒革の手帳
孤児院の地下では、騎士たちが証拠品の押収を行い、更なる調査をしている。
どうやらあたしたちが最初に見つけた小部屋には違法な人身売買の書類の他にも、かなり重要な書類が山ほどあったらしく、精悍な顔つきの騎士さんから1冊の手帳を渡された。
「あの……これは?」
「国王陛下より、侯爵令嬢の救出に必要な情報は全てあなたに共有せよ、とのお達しです。こちらの手帳は役立つと思いますので、どうぞお読みください」
黒革の手帳を開くと、中身は当番日誌や業務日報のようなもので、パラパラと捲りながら、内容を流し読みしていく。
どうやら、ここを見つけたのは『9つの骸』の首魁のようで、孤児院の運営と管理を任されている貴族を買収したらしい。
その後、ここに孤児や奴隷を集め始めて、色々な実験の被験体として活用していたようだ。
その実験というのはゲートルが自分に施していた魔獣の皮膚を移植するもので、皮膚の移植は何の問題もないが、定着せずに拒絶反応で何百人も死んだと書かれている。
胸糞悪いけど、カティナちゃんの居場所を特定するためには読み進めないと。
「ん、あれ? ここから筆跡が……」
途中からインクの質も紙の質も変わっていた。
「えっと……魔獣の皮膚を人間に移植しても定着はしない。だが……実験体の血液を抜き取り、魔獣の物に変えると、拒絶反応は急激に落ち着いた。しかし今度は血が馴染まずに全身から血を吹き出して弾け飛んだ……肉片の掃除がめんどくさい……」
一度、目を閉じて大きく深呼吸をする。
覚悟して読まないと、心がおかしくなりそうだ。
心を落ち着かせ、続きを読む。
どうやら、その実験は一度ストップし、本命であった魔獣そのものを支配するための魔法の開発を行うことになったらしい。
「それがあのお爺ちゃんが使ってた『支配鍵』と『支配杭』ってわけね……」
かなり高価な魔石や魔獣の素材をふんだんに使い、ゲートルはついにそれを完成させた。
それを使って、捕まえた双頭蛇を支配し、現王へ復讐しようと……あれ? 違う?
手帳に書かれているのは、復讐のスケジュールではなかった。
「利用されてた、ってこと?」
手帳に書かれているのは『支配鍵』と『支配杭』によって支配した魔獣を従えて現王を打倒し、『殿下』を王にするとしか書かれていない。
「……殿下って、誰?」
あたしの言葉に、一緒に手帳を見ていたミーナさんも首を傾げる。
「陛下にご兄弟はいらっしゃいませんが……この『殿下』と言うのは一体?」
「さぁ? でも碌な奴じゃないってのは分かるね」
さて、続きを読もう。
なになに……『支配鍵』で双頭蛇を支配することが出来たが、『殿下』は自分の支配下を欲しがったから、予備で作ったものを渡した……だって!?
「じゃあ、あの鍵がもう1個あるってこと!?」
「それは非常によろしくないですね……支配された魔獣がまだいる、ということですか」
「でも、どんな魔獣か書いてないし、どこにいるのかも書いてない……もし双頭蛇みたいに山にいるなら、西の山みたいな異変が起きてるはずだよね?」
「そうですね……ですが、西の山での異変以外に近隣区域で問題は起きておりません」
「ってことは話は簡単だね」
「と言いますと?」
「あの子たちみたいに、地下に囚われているんだよ、多分」
「なっ!? そ、そのようなことが……可能なのですか!?」
「だって、この孤児院の地下にこんなものがあるなんて、さっきまでミーナさんは知らなかったでしょ?」
「それはそうですが……ですが、王都の地下で魔獣が飼われているなど……」
「まぁ、まだ確定じゃないから頭の片隅にでも置いといてよ」
今はまだあたしの妄想だ。現実にならないことを祈りたいね。
それよりも続きだ。まだカティナちゃんに関する情報は出てきていない。
パラパラと流し読みを続けると、気になる記述を見つけた。
さっきまでの紙質から再び序盤の紙質に戻り、インクの滲みが酷くなり始めている。
「これだ……保守派の活動が邪魔……いつの間にか王国の重鎮となっていたエーデルハイド・フロン・ド・アスミス侯爵に付け入る隙はない。ならば、その派閥を……あぁ、そう言うことか」
孤児院の運営と管理を任されていた貴族というのが、侯爵さんの率いる保守派閥に所属する貴族だったらしい。
その貴族を利用してカティナちゃんを誘拐し、人質として保守派の行動を封じ、ゲートルを解放するつもりだったらしい。
「……と言うか、これが書かれたの、誕生祭の翌日じゃん」
日付を見ると、実行までの速度が速いのが分かる。
それに、インクの滲みや文字の崩れ方から、よほど慌てていたのだろうか。
ま、それもそうか。
本当なら『支配鍵』で支配した双頭蛇が出てきてクーデターが成功していたはずなのに、それがおじゃんになったんだから計画を見直す必要があるよね。
だからこんな直線的な手しか打てなかったのかな?
「これで終わり……あれ? 何これ?」
手帳に文字が書かれた最後のページからパラパラと続きが書かれていないかを確認していると、4つ折りの羊皮紙が挟まっているのを見つけた。
「これ、命令書?」
広げてみると、そこには達筆な文字でびっしりと文章が書かれている。
目を通すと、大きく3つのブロックに分かれていた。
1つ目。
ゲートルが王城を占拠していれば、クーデターは終わっていたのだが、あたしのおかげで未然に防がれてしまったことで、『支配鍵』の構造を解析されてしまうかも知れない。ゲートルを奪還せよ、出来なければ殺せ……って内容。
2つ目。
ゲートルが捕まった事で、反王派の貴族たちが自分たちに繋がるのではないかと怯えている。こいつらに未だ取り込めていない保守派の旗頭である侯爵の娘を誘拐し、保守派の動きを止めるように命令しろ……って内容。
3つ目。
侯爵の娘は魔力量が高いから、飼育場にいる魔獣の餌にする、俺の元まで持ってこい。そして、このような想定外を起こした剣士の少女を絶対に殺せ。必要なら俺の支配する魔獣をぶつける。もしこれにも失敗したら、支配下にある魔獣全てに王都を襲わせる……って内容。
しかもご丁寧に、最後に自分の署名までしている。
焦っているからなのか、単純に馬鹿なのか……両方だろうね、多分。
「ミーナさん、この最後に署名してある名前に見覚えある?」
「……デル、ガミド? デルガミド……いえ、覚えはありません。特徴的な名前ですので、見かけたり聞いていたりすれば覚えています」
「そっか……じゃあ、直接会ってみないとだね」
「どうなさるおつもりですか?」
「そうだね、肝心な魔獣の飼育場所が分からないから、何とも言えないけど、さっきの地下の話はあながち間違ってないかも。ねぇミーナさん、王都の地下に魔獣が飼育できるくらい広い場所ってあるかな?」
「そこまでは分かりませんが、王都の地下には地下水路が広く張り巡らされております。そこに広大な空間を作るならば、水路に影響が出るでしょう。ですが、そのような報告は聞いたことがありません」
「じゃあ、さらにその下とか?」
「さらに……あ、そう言えば。どうして忘れていたのでしょうか。私が後宮に仕えるより前に巨大な嵐が到来した事があったのですが、その時、王都の水路が氾濫したのです。その後、地下水路からさらに水を貯蓄するために、人工の地底湖が造られたと聞いたことがあります」
「ふーん、怪しいね、それ」
地下水路のさらに地下に造られた地底湖?
そんなの絶好のロケーションじゃん。
ミーナさんの様子から、恐らく国民も貴族も、ほとんどがその存在を忘れているのだろうしね。
「手掛かりもないし、行ってみようか」
「そうですね。お供いたします」
読んでいた手帳を騎士さんに返したあたしたちは、王都の地下に張り巡らされた地下水路へと向かうため、孤児院の地下から地上へと戻った……のだが。
「あれ? これ、メルツェナさんの人形?」
待っていたのは、羊皮紙を手にした木の人形だった。
色々と判明しました。
そして名前だけの登場ですが、新たなキャラクターも登場です。




