125、餞別が役に立つ時
孤児院は王都の北の外れにある。
城壁のすぐ側にあって、孤児院の周囲に他の建物はない。少し離れた場所にポツンと一軒家があるのだが、どうやら孤児院の管理人の家らしい。
さらに、孤児院の建物自体もかなり傷んでいて、壁はボロボロと崩れていたり、苔むしていたり、蔦が伸び放題だったり、とにかくひどい有様だ。
そして、孤児院だと言うのに子供の声が何も聞こえない。
まるで廃墟のような雰囲気だった。
「ミーナさん、本当にここ?」
あまりにも閑散とした空気に、あたしはとあるゲームを思い出す。
時の勇者が神殿で剣を抜いた後に、町へと戻った時のあの瞬間だ。
さっきまで明るい町だったのに、静かになった町にモンスターがいた時のあの怖さに似ている。
「えぇ、間違いありません。ですが……以前、と言ってもだいぶ前になりますが、ここを訪れた時とは何もかもが違います」
どうやらミーナさんはここに来たことがあるようで、その時の様子と違いすぎて困惑している。だが敷地の入り口にある石のアーチにそう書いてあるから、ここが孤児院で間違いはない。
「時間もないし、中、入ってみよ」
「何があるか分かりませんので、警戒は怠らずに行きましょう」
あたしは腰の【理切】に手を掛け、ミーナさんはガントレットを装備する。
アーチを潜って敷地に入るが、人の気配は何もない。
「人の気配がありませんね」
「もしかして、もう逃げた後かな?」
「それにしては人の動いた跡がありません。恐らくはこちらの動きを知って、例の地下空間に閉じ籠っているのでしょう」
「だったら、建物の探索からやっちゃおう」
「それが良いですね。何か異変があれば互いに報告しあいましょう」
あたしとミーナさんは二手に分かれて建物の探索を始めた。あたしは建物の中を、ミーナさんは外をそれぞれ調べる。
建物の中は至って普通の2階建ての建物だ。
建物の奥まで続く長い廊下があり、多くの部屋がある。廊下の奥は礼拝堂なのか食堂なのか、長机がたくさん並んでいて、女神像みたいな石像があるだけだ。
机には埃が積もっていて、長い間使われていないのが見てとれる。さらにこの広間からさらに奥に繋がる扉は半開きになっていて、中に入ると執務室のようだった。
しかしここにめぼしい証拠や手掛かりは見当たらない。
地下空間に至る入り口か、隠し扉か、その類のものも見当たらない。
「いや、秘密の部屋に入るんだから、そう簡単に見つかっちゃ意味ないよね」
当たり前だよね。
でも、出入りを頻繁にしているならば、そこだけ埃がなかったり、何かを動かした跡があるはずだ。
だと言うのに、そのような痕跡は一切見つからない。
しらみ潰しに各部屋を見て回り2階もくまなく探したはいいものの、やはり成果は何もない。
「うーん、見事に何もない。何もないってことは……何もないってこと……」
集中しすぎて考えが纏まらなくなってきたな。
最後の部屋を見て回るけど、その部屋は子供たちの寝室のようで、木組みの多段ベッドが部屋にみっちりと詰め込まれていた。
床を調べたり、ベッドの中を覗いてみたりしたけど、やはり何もない。
壁は半壊していて外の様子が見えるんだけど、崩れている以外におかしいところは特に見当たらない。
「あれ、ミーナさん」
腕を組んで半壊した穴を見つめていると、その穴にミーナさんが見えた。
「モカ様。中で何か見つけましたか?」
ミーナさんはその半壊した穴から孤児院の中に入ってくる。
「何もなかった。ミーナさんの方は?」
「こちらも同じです。本当にここであっているのでしょうか?」
「孤児院ってここだけなんでしょ? それとも新しい孤児院が出来たとか?」
「孤児院が移転したという話は聞いたことがありませんが……もしかしたら別の場所を指しているのかも知れません」
そうなってくるとお手上げだなぁ。
ここまで何もないのなら、もう一度だけレファルナさんのところへ行って……あっ。
その時、あたしの脳内に追体験した時の映像が思い浮かぶ。
「そうだ。光だ……」
「モカ様? 光とはなんですか?」
「レファルナさんのところで見たの。地下にある牢屋の空間にチンピラたちが入ってきた時、光が差し込んできてた。蝋燭とかの灯りじゃない。太陽の光が!」
そうだ。
あの時、扉が開いた時に見たのは間違いなく陽光だった。
と言うことは、地下への秘密の入り口は太陽の光が当たる場所にあるってこと。
「だから入り口は部屋の中じゃなくて、外にあるんだ!」
「ですが、一通り外を見回ってきましたが、怪しい場所はどこにも……」
「ミーナさんが誰にも見つかってほしくない秘密の入り口を作るなら、どんなところに作る?」
「私が、ですか? そうですね……人があまり近づかない場所、ですか?」
「じゃあ、それを見つける時はどうする?」
「それは、まぁ、人があまり近づかないところを重点的に……あぁ、なるほど、そう言うことですか」
察しが良くて助かるよ。
つまり、秘密の入り口を隠すためには、万が一見つかった場合を考慮して、見つかりにくい場所を選ぶ。
例えば、人が良く通って違和感を何も覚えないような場所。そして、人の意識外であればあるほど効果的だ。
そして、屋内には何かを動かした気配も跡も何もなかった、となれば、屋内ではなく屋外にあるはずだ。
そして、こんなところに地下への入り口があるはずがない、と無意識に候補から除外していた場所にこそ、それはある。
「そのような場所が一体どこに……」
「それはね――」
あたしとミーナさんは孤児院の玄関に戻ってきた。
外に出て、改めて外観を眺める。
「本当にここにあるのでしょうか?」
「あの2階の正面の窓のステンドグラス、あそこらへんが怪しいと思う」
あたしたちを見下ろす女神様と目を合わせながら、あたしはしゃがんで一気に跳び上がる。
一息で2階部分に降り立つと、それに続いてミーナさんも同じように跳躍してきた。
囮の男たちの時といい、ミーナさんって何気に身体能力が高いよね。種族的なものかな?
「じゃあ、あたしは右を探すから、ミーナさんは左をお願い」
「畏まりました」
そして、また二手に分かれて秘密の扉を探し始める。
孤児院の造りを見るに、元々は教会とかだったのかな? 食堂みたいなところは礼拝堂みたいな雰囲気があったから多分間違いない。
秘密の入り口を探しているというのに、見つかるのは女神を模ったレリーフばかりで、この建物を作った人がどれだけ信心深いひとなのかが良く分かる。
だが、逆にそれほど色んな場所に何かを仕掛けられたという事にもなる。だからここら辺にあるのは間違いないと思うんだけど……ないなぁ。
しばらくすると孤児院の裏側に到着してしまい、キョロキョロと注意深く屋上を探すミーナさんと合流してしまった。
「モカ様、ありましたか?」
「ううん、なかった。ごめん、ちょっと自信があったんだけど……」
「いえ、着眼点は良かったと思います。ですが、アプローチの仕方が間違っているのかも知れません」
「アプローチねぇ……じゃあ、魔法的なアプローチはどう?」
「と言いますと?」
「魔法で隠蔽されている可能性は?」
「大いにあります。いえ、その可能性が高そうですね。認識阻害や隠蔽魔法はいくつもありますから……ですが、もしそうなると発見は困難です。解除魔法を使える者を呼んだとしても、この敷地内を隅から隅まで調べるのは時間が掛かります」
「そっか……もっと手っ取り早い方法ないかなぁ……」
「王城に看破の魔道具があったはずですが、今から取りに行くのはそれこそ時間が掛かりますね。王宮の魔道具管理員は融通が利きませんので……」
看破の魔道具か……ん、待てよ? そう言えば……と、あたしはアイテムボックスに手を突っ込んだ。
さて、このあとモカが取り出すものはなんでしょうか?
本当は次の第4章で使う予定だったのですが、一足先に使います。




