123、9つの骸
残業でした…
どうやら完全な閉鎖空間ではなかったようだ。
扉が開き、光が差し込んできたのを見ながらあたしはそう思った。
風の流れや匂い、気配の機微を感じ取れないから、この追体験は少し苦手だ。相手からも見えていないから良いものの、これが現実だったら反応に遅れて後手に回る可能性がある。
「兄貴、今日出荷するのはどの檻の奴らすか?」
「手前の3つだ。それが終わったら、さっき連れてきた貴族のお嬢様を上に連れていけ。『殿下』が餌として使うらしい」
そう話しながら入ってきたのはザ・チンピラの2人組。
見るからに悪人顔で、肩で風を切って歩いている。
「ちっ、いつ来てもくせぇ部屋だな、ここは」
「仕方ねぇっすよ。何せ誰にも見つからねぇように地下に作って、入り口はここだけなんすから……」
子分の男の言葉で、早くも手掛かりを1つゲットだ。
「そうだけどなぁ。何も孤児院の真下に作んなくても良いよなぁ。普通の奴らが寄り付かないのはいいが、頻繁に俺たちが出入りしてるのを見られたら、怪しまれるだろ?」
はい、兄貴分の言葉で2つ目の手掛かりゲットです、ありがとうございました。
「でも兄貴、孤児院なら実験用や魔獣の餌用のガキなんていくらでも手に入るんすから良い事尽くしじゃねぇですか」
「そのガキ共の数も年々減ってるから問題なんだよ! だから王都や近隣の街でガキを攫う仕事が増えたんじゃねぇか!」
はい、悪事のカミングアウトもありがとうございます! もっと教えてくれても良いんだよ?
「ん? おいガキ、何見てんだ、あぁん!?」
ガチャン、と檻に蹴りを入れたチンピラたちのせいで、子供たちは恐怖に竦み上がって、ガタガタと震えてしまう。
栄養のあるものなんて食べさせてもらえていないのだろう。痩けた体が震える姿はとてつもなく痛々しく見える。
正直、直視する勇気が保てないほどだ。
「ちっ、ムカつくガキ共だぜ……おい、さっさと出荷しちまえ」
「うっす!」
「これが上手くいきゃあ、俺たちも晴れて『9つの骸』の正式なメンバーだ。そうなりゃ今以上に金も手に入るし、女にも困らねぇ……あー、早く良い女を抱きてぇぜ」
男たちはバカな話をグダグダと続けながら、檻の前に立って子供たちの数を数え始める。
「ん? 兄貴? この檻、1匹少ないですぜ?」
「あぁ、そこにいたガキはこの前死んでたからな、飼ってる魔獣の餌行きにしてやった」
その言葉を聞いた瞬間のあたしは、神速の跳躍と抜刀を持って、男を斬り伏せていた。
だが、【理切】の刃は男を真っ二つにはしてくれない。
何度も何度も斬りつけているのに、男は死なず、ただ下卑た笑みで下品に笑っているだけだ。
「じゃあ、他の檻から補填するすか?」
「いや、今日はいい。また近いうちに新しいのが入ってくるからな。じゃあ、あとは任せるぞ。終わったら貴族のお嬢様を連れていけよ? あと、遊んでもいいが、殺すなよ?」
「へへ、うす、了解す!」
ヘラヘラと笑いながら、子分は去っていく兄貴を見送る。
「……ふぅ。んじゃ、ストレス解消でもしますか」
子分はそう言うと腰から杖を取り出して、牢屋の中の子供にその杖先を向けた。
そこから先の光景は、目を覆いたくなるほどの邪悪だった。
そして、幸か不幸か、この追体験の終わりの時間となる。
世界がぐにゃりと歪み、入った時と同じように平衡感覚が狂うほどの揺れの中であたしは、反響する子供たちの苦痛の叫びを聞くことしかできず、唇を強く噛んだ。
目を開けると、そこは先ほどの暗い牢屋ばかりの部屋ではなく、レファルナさんの占い部屋だった。
「あなたの知りたいものは見れたかしら?」
「……はい」
怒気と殺気を抑えないあたしに、レファルナさんは特に反応もせずにそう尋ねてきた。
「それにしても、面倒な奴らと事を構えるのね」
「あいつらを知ってるんですか?」
ギラギラしたあたしの視線に狼狽える事なく、レファルナさんはキセルを咥えて紫煙を吐き出す。
「さっきの三下? まさか。私が言っているのはその上のこと」
「確か……『9つの骸』とか言ってたっけ?」
「そうよ。あいつらはね……一言で言えば旧時代の澱、かしらね? 前王の残した厄介な種がその澱の中で芽吹いてしまっただけよ」
何かを知っているような口振りだけど、今はもう時間がない。
このままここでうだうだしていると、あの子供たちもカティナちゃんも危ない。
「あの、ありがとうございました。本当に助かりました。えっと、そのうち、お礼しにきますので……」
「あら、これは初回のサービスだから気にしなくて良いわ。それに私も久しぶりにちょっとムカついたから、あいつらをボコボコにしてくれればそれで良いわよ」
「あの……」
「何かしら? もたついていないで、さっさとあの子たちを助けにいきなさいな」
「どうして、ですか?」
純粋な問いかけに、レファルナさんは少しばかりに眉間に皺を寄せてから、すぐに薄く微笑む。
「私が視た未来では、あなたは私を幸せにしてくれたからよ。私にとって、とっても有用なの。ここで手放すなんて勿体無いじゃない?」
この一言で、あたしはレファルナという人間の本質が少しだけ分かった気がした。
「お世話になりました!」
あたしは深く頭を下げると、入り口の扉がゆっくりと開き始める。
「ほら、もうお行き」
「はい! 行ってきます!」
頭を上げて、あたしは駆け出す。
入り口の外で控えていた獣人の用心棒があたしに声を掛けてきた。
「これを持っていけ」
そう言って投げ渡してきたのは丸まった小さな羊皮紙。
「これは?」
「この店の特別会員証だ。次はそれを見せてくれれば、店の前で止めたりしない」
「分かった、ありがたく貰います! それじゃ!」
「あぁ、行ってこい」
その言葉を背に受けて、あたしは全速力で走り出す。
待っててカティナちゃん!
待ってて子供たち!
あたしが助けに行ってあげるからね!
そして、モカが去った占いの館では。
「マダム、あの人間を気に入ったのですか?」
用心棒の獣人がレファルナの部屋の片付けをしながら、そう尋ねていた。
「そうね……あたしが、と言うよりも、彼女が、ね?」
ソファーに深く腰を下ろしているレファルナの視線は、この部屋の大鏡へと向けられている。
「珍しいことがあるものね。ここ30年くらいは一切口を聞かなかったのに、あの子が視えた瞬間から掌をクルリと返して饒舌になっちゃうくらいなんだから……正直、妬けちゃうわね」
「それほどまでですか?」
「強さもそうだけど、心の有り様が違うのよ、あの子は」
レファルナはキセルを咥え、大きく吸い込む。
「愛されなかったから、誰かを愛したい。そうすることで愛が返ってくると本気で信じている……愛に見返りなんてないのに、それをまだ知らないのね」
吐き出された紫煙は、ふわりと漂って消えていく。
レファルナさんはいわゆる17歳教の一員です。
見た目だけなら17歳でもギリギリ許されるかな? くらいだと思ってください。
実年齢は……うわ、なんだこの獣人!? あ、だめ! やめ! ら、らめぇえええええ!




