122、星見鏡
鏡は鏡。
それ以外の何者でもない。
だというのに、目の前にある鏡はそうではなかった。
「あなたには何が見える?」
レファルナさんの言葉に引かれてフラフラと鏡の前まで進んで、それを見る。
鏡に映っているのはこの部屋ではない。
あたしの目から見えるのは、全く違う風景だ。
「……これは」
鏡に映るあたしは、【理切】を杖代わりにして膝を突いていた。
場所は分からないけど、洞窟とかダンジョンとか遺跡とか、そういうところだと思う。
そして、完全に疲弊しきって肩で大きく息をしているあたしの額には大粒の汗がとめどなく溢れている。
そんな鏡の中のあたしが睨みつける視線の先には、もう1人のあたしがいた。だが、唯一違う点がある。その手に持つのが【理切】ではなく、全く別の剣なのだ。
不思議な雰囲気を持つ双剣である。
「これは、一体なに?」
「あなたに何が見えているか分からないけれど、この鏡は過去現在未来、そのどこかを見せてくれるのよ。ただまぁ、その資格がある者にだけ、ね? だからあなたはこの鏡に気に入られたということ」
過去現在未来? あたしの記憶にこんな場面は無かったし、現在でもないのなら、きっと未来の出来事なんだろう。
にしても、もう1人の自分と戦う未来が待っているというわけか……うん? ちょっと待って?
「この未来って、必ず起きることなの?」
「いいえ、未来というのは常に変動し続けるものよ。この鏡が見せるのは無数に広がり紡がれる糸の中のたった1本だけ。だから、今見ているものを信用しちゃダメよ」
なるほど、確かにその通りかもね。
そもそもこの未来を見たあたしと見ないあたしがいたわけだし? これを見て、そう言う場所に行かないようにすればこの未来は訪れないことになるわけだ。
ということつまり
「知りたいことを見せてもらっても、それが正しいかは分からない、ってこと?」
あたしがそう尋ねると、レファルナさんは柔らかな苦笑を浮かべた。
「痛いところを突いてくるわね、あなた」
はぁ、と溜息を吐いてから、キセルを咥えたレファルナさんは片眉をあげて何やら思案をしている。
「まぁいっか……あなたには教えておいてあげる。私の使う占星魔術はね、大きな弱点があるの」
それは、数多くの未来の中からどれが選ばれるのか分からず、見られるのもごく一部分だけという点だ。
例えば、1+1=2は正しいのだが、ごく稀に1+1=3が正しい時がある。そして、その未来がイレギュラーかと言われればそうでない時もある。
と言うのも、1+1=3が1+1=3−1となる場合もあり、最終的に辻褄が合う未来も存在する。しかし間違った数式部分だけしか見えなかった場合、その後に辻褄合わせがある事を知らずに間違った選択をすることがある。
「つまり、あなたが見たものは悠久の時の中のほんの一部分だけ。その前に何があったのか、その後に何があるのかまでは分からないのよ」
「ふーん、じゃあ本当に気休め程度なんだね」
「それを有り難がっている人もいるから、言い方には気を付けてね? それで? 知りたいことは決まったかしら?」
「うん、初めから決まってる」
ここから本題だ。
レファルナさんは知りたいことを1つだけ見せてくれると言った。
であれば、あたしが知りたいことはたった1つ。
「カティナちゃんの居場所が知りたい……です」
思い出したように敬語を取って付けたあたしに、レファルナさんは可愛らしい子供を見る母親のような笑みを浮かべて、鏡の前に立った。
「それじゃあ、見てみようかしらね」
そう言うと、レファルナさんは両手を広げてから胸の前で大きな柏手を打つ。
パンッ、と静寂を打ち破る音が響くと鏡の表面が波打ち、波紋のように広がっていく。
ゆらゆら。
ずっと見つめていると自分の平衡感覚までもが狂っていくような波の打ち方に、不思議な事にあたしは目を離せない。
ぐるぐる。
視界と頭の中が回っている。そのうち自分が揺れている事に気付いたけど、自分ではどうすることも出来ない。
そして最後にあたしは、鏡面に吸い込まれるように倒れた。
気付けば、牢屋がずらりと並ぶ場所に、あたしはいた。
等間隔に置かれた蝋燭しか光源がないと言うのに薄暗くはなく、部屋の奥までちゃんと見渡すことが出来るのはなんでだろう?
「ここは………ひぅっ!?」
そんな場所を見渡そうとした瞬間、あたしの肩に手が置かれた。
あまりの驚きに、あたしは振り返りながら跳躍して距離をとり、【理切】に手を掛ける。
「な、なんだ……レファルナさんか」
あたしを驚かしたことが楽しかったのか、くすくすと笑っている。
「驚かせてごめんなさいね。まさか私より先に行ってしまうとは思わなかったのよ」
レファルナさんはくるりと辺りを見渡すと、つまらなそうに溜息を吐いた。
「あなた、ここがどこだが知っている?」
「いえ、知りませんけど? どこですか? 地下?」
念の為、【理切】に手は掛けたまま、あたしはレファルナさんの隣に歩く。
同じように辺りをくるりと見渡すと、ようやく牢屋の中に人がいるのに気付いた。
牢屋の中にいるのは子供ばかり。しかも人だけでなく、亜人の子供も大勢いる。
犬耳、猫耳、狐耳、ウサ耳、たぬきっぽい耳もあれば、羊のような角が生えている者もいた。
割合的には人間が7、亜人が3、といったところか。
ボロボロの布を巻いただけという簡素な出で立ちで、とてもではないが清潔とは言えない。
1つの牢屋に10人ほどが閉じ込められていて、角の方に小さな壺があるのが見える。
アレがトイレだなんて言わないよね?
「どうしてこの子たちはあたしたちに驚かないんですか?」
「これが現実の追体験だからよ。今、私たちは、あなたの探すカティナちゃんが見ている世界をそのまま追体験しているから、干渉は出来ないの。でも、このどこかにカティナちゃんとやらがいるはずよ」
レファルナさんの言葉を聞き終わる前にあたしは走り出す。
この牢屋のどこかにいるんだ! どこ? どこにいるの、カティナちゃん!
あたしが牢屋の中を覗き込もうとすると、あたしの体は牢屋をすり抜けて中に入ることが出来た。
いや、それだけじゃない。子供たちに触れようとしてもすり抜けてしまう。
「そうだった、干渉できないんだ……えっと、カティナちゃんは……」
でも正直その方がタイムロスが少なくて助かる。
ぶつかることを気にせずに、あたしは牢屋の中をしらみ潰しに調べていくと、1番奥の牢屋でようやくカティナちゃんを見つけた。
「いた! カティナちゃん!」
嬉しさにカティナちゃんを抱きしめようとしたけど、普通にすり抜けてしまった。
「っぐ、そうだった、干渉できないんだった……」
「あなた、見かけによらずお馬鹿さんなのねぇ」
遅れて追いついてきたレファルナさんに呆れられながらも、あたしは何とかカティナちゃんに気付いて欲しくて色んなアピールをした。
目の前で大声をあげてみたり、踊ってみたり、剣を振ってみたり、と色々試したけど結果は惨敗。ただレファルナさんの前に醜態を晒しただけだった。
だけど、そのおかげで1つだけ分かった事がある。
「カティナちゃん、怖がったり、泣いたり、怯えたり、してないんだね」
普通にお出かけをしていたのにいきなり誘拐されて、こんな場所に閉じ込められて……普通だったら怖いし、泣いちゃうし、心細くなって、不安になるだろう。
だがカティナちゃんは、恐怖で足が震えているにも関わらず毅然とした態度で凛と立ち、一緒の牢屋にいる子に一生懸命声を掛けている。
「心配しなくていいですわ!」
「もうすぐ助けが来てくれるはずですもの!」
「私のお友達の冒険者はとっても強い方なのよ!」
「モカお姉様なら、あんな奴らをすぐに倒してくれますわ!」
「だから、どうか心を強く持って!」
「みんなで頑張るんですのよ!」
「顔を上げて、前を見るんですの!」
ただの貴族の女の子だと思っていたけど、その本質は強い子だった。
こんな状況なら泣き喚いて狂乱していてもおかしくないのに、カティナちゃんは震える足を意志の力で押さえつけて、大きく胸を張っている。
果たして、そんな事が出来る人間がどれほどいるだろうか。
「えらく懐かれているのね、あなた」
「えぇ、はい……自慢の友達、です」
「じゃあ、早く手掛かりの1つでも見つけなさいな。ここにいられる時間も残り少ないわ」
そんな時だった。
牢屋がズラッと並ぶこの空間に、錆びついた扉が開く音が木霊した。
レファルナの所持する星見鏡、シンジェンジン。
いつ作られたのかは不明ですが、少なくとも1000年以上前の魔道具であることが確認されています。
その力はあらゆる時間、時空の観測を可能とするもの。
過去現在未来、全てを見通す全能の目を持つ神の権能を再現しようとして生み出された魔道具です。
詳しくは活動報告に載せますが、この先の話に関係があるわけではないので、別に見なくてもいい大丈夫です。




