121、マダム・レファルナ
残業でした!
その部屋は占いの、というよりも場末のストリップ劇場のようだった。
部屋の真ん中にある小さなステージと、その周りに円形に配置されたソファー。
そして特に目を引くのは、ステージの後ろに置かれた3メートルはあろう大きな鏡だ。
銀縁の綺麗で細かい細工の施されたそれは、一切の汚れも曇りもなく、この部屋に入ってきたあたしを映し出している。
その鏡の前には、1人の女性がこちらに背を向けて立っていた。
薄いラベンダー色の優雅なローブデコルテ、黒のシンプルなオペラグローブ、ドレスと同色の長い髪は綺麗に編み込まれて、シニヨンにされていて、そこにキラキラと揺れる簪のような花飾りが挿さっている。
かなりスレンダーな体つきで、女性にしては身長も高い。
「待っていたわ」
あまりにも整い過ぎた美貌、脳を蕩かすほどの嬌声、そして、ただ振り向く、そんな仕草さえ、ただならぬ色香を漂わせる魔性の女。
綺麗に引かれた紅の鮮やかさが、妙に目立つせいか、その口元に視線が吸い寄せられる。
「お座りなさい、剣の申し子」
妖艶な唇が薄い弧を描く。
不思議な感覚だった。
焦りも苛立ちもなく、怒りや不安もない。
ただ、世界がこの部屋だけになったかのような感覚の中で、あたしはあたしを俯瞰しているようだった。
「ん? あぁ、なるほど。この部屋に初めて入った者は、必ずこの鏡に魅入られてしまうの」
そう言って、彼女は持っていたキセルをヒョイと振るう。それだけで鏡の前に落ちていた布がふわりと浮き上がって、鏡を覆い隠してしまった。
「……その鏡、一体なんですか?」
「これは星見鏡『シンジェンジン』。全てを見通す星見の魔道具よ。さぁ、改めて……お座りなさい、モカ」
「あれ、あたしの名前……」
「私を誰だと思っているの? この国……いえ、世界最高の占い師、『星見の魔女』レファルナ・アンシェルダンテなのよ? あなたの名前も、正体も、どうしてここに来たのかも、全て知っているわ」
レファルナさんが近くのソファーに腰を下ろしたのを見て、あたしも同じようにソファーに座った。
「お茶でもいかが?」
またキセルを振ると、地面からテーブルが生えてきた。そこに部屋の奥から羽の生えたティーポッドとティーセットがパタパタと可愛らしく飛んできて、テーブルの上にゆっくりと降り立った。
「………」
すわ毒殺か? それとも筋弛緩剤とか痺れ薬? こんな怪しい場所で出された怪しいものには手をつけないでおこうと警戒していると、レファルナさんはクスクスと笑う。
「それにしても、あなたがここに来る事を、よくメルツェナちゃんが許したわね」
「メルツェナさんの知り合い、ですか?」
「そう警戒しないでちょうだいな。別に取って食おうというわけじゃあないのよ?」
質問には答えてくれない。
それでもあたしは訝しげな視線でレファルナさんを見つめ続ける。
「まぁいいわ。それよりも、ここへ来た理由があるのでしょう?」
ティーポットから紅茶を注ぎ、カップに口付けを落とすレファルナさんは、妖艶な微笑みのまま、あたしの言葉を待っている。
「……知っているんじゃないの?」
「知っていることと、理解していることは同じではないのよ? 事件の一部始終は視ていたから知っているけど、その時あなたが何を感じて、何を思ったのか、そういったものは分からないのよ」
だから聞くの、とレファルナさんは再びカップに口付ける。
言っていることは分かるけど、なんだろう? 信用はしても信頼は出来なそうな人だな……いや、その信頼ってのも、物理的なものが必要かも。
お金とか宝石とか、まぁいわゆるお気持ち、お心づけ、あるいは賄賂とも言う。
「………分かりました」
考えても埒が明かないから、あたしは観念してここに来た理由を話した。
カティナちゃんとお買い物に行った事、そこで不審な人物たちの捕物があった事、その途中でカティナちゃんが攫われた事、王都警備隊が探してくれている事、メルツェナさんに言われてここへ来た事。
主観が混ざらないように気をつけながら、あったことだけを正確に思い出して話す。
話すことは多くなかったからすぐに終わったけど、レファルナさんは表情を変えずにあたしの顔を見つめていた。
「なるほどね」
話を聞き終わったレファルナさんはカップをテーブルに置いて、キセルを咥えて足を組み直す。
艶かしい足に目がいってしまうのは男女問わずだと思うんだよね。
「それで? あなたは何がお望みなのかしら?」
ん? 今の話を聞いてなかったのかな? この流れであたしが望むものは1つしかないと思うんだけど。
「何って……カティナちゃんを探し出して、助けてあげたいんだけど?」
「聞き方が悪かったわね。あなたは、あたしに何を望むのかしら?」
あぁ、そう言うことか。それなら話は簡単だ。
「知ってる事を全部教えて!」
前のめりになりながら、あたしはレファルナさんにお願いをする。
「カティナちゃんが攫われたのはあたしのせいなの。あたしがちょっと目を離した隙に、カティナちゃんは攫われて……今頃、きっと泣いてる。酷いこともされてるかも……そんなの許せない! だから1秒でも早くカティナちゃんを見つけて――」
あたしの熱を遮るように、レファルナさんがキセルを振るう。
「落ち着きなさい? そのカティナちゃんとやらは無事よ」
「えっ!? そうなの!? ど、どこ!? どこにいるの!? 場所は!? 近いの!?」
ガタン、とテーブルを押し除けるように立ち上がってレファルナさんに詰め寄ろうとすると、ガチンと見えない壁に阻まれてしまった。
「いっっ! つぅ……何、これ?」
「だから落ち着きなさいってば。あたしが見たのは直近の未来よ。知りたい?」
「し、知りたい! 教えて!」
あたしの焦り様を楽しんでいるのか、レファルナさんは興味深そうな視線をあたしから外さない。
「じゃあ、それなりの対価が必要よ? あなたは、私に何を差し出してくれるのかしら?」
妖艶とも取れる笑みを浮かべたまま、レファルナさんは立ち上がる。キセルを振って見えない壁を消すと、あたしの元までゆっくりとした足取りで向かってくる。
「どうしようかしら……お金? 宝石? 美術品? いえいえ、珍しい魔獣の素材? それともあなたの持つ剣? それか……」
ゆったりと、だけどねっとりとした歩みであたしの周りをぐるぐると歩き回るレファルナさんの後を追うように紫煙が燻る。
「あなたの身体、でも良いかもね。引き締まっていて顔も悪くない。あなたみたいな強気な女を屈服させたがる男は大勢いるものね……でも、それだけだと足りないわぁ……あぁ、そうだ」
くすくす笑いながらあたしの見積もりを進めるレファルナさんだったが、あたしの真正面に立つと、その腕をあたしの背中に回してきた。
要するに、抱きつかれているのだ。
「このまま、あたしのものになりなさいな、モカ。今の時代では珍しい剣士で、とても強い。私、強い子は大好きよ……心も体も支配して、私に傅かせたいの」
まるで蛇の舌のような動きで、キセルがあたしの頬を撫でる。
その感触の気持ち悪さに思わず鳥肌が立つ。
この人、どっちもイケる人? まぁ別にどっちでもいいけど、今はこんな事をしている暇は無いし、協力してくれないならもうここには用がない。
「じゃあ……交渉決裂ってことで! 役に立たないんで、あたしもう行きますね! お邪魔しました!」
体に絡みついてくる紫煙と一緒にレファルナさんの手や足を振り解くと、あたしは手をあげて、そのまま部屋から出て行く。
「はぁ、仕方ないわね……」
入ってきた大扉に手を掛けたところで、レファルナさんが大きな溜息を吐いたのが聞こえた。
「初回限りの大出血サービスよ」
あたしが振り返ると、レファルナさんはキセルを大きく振って、先ほど鏡に被せた布を魔法で取り払う。
「知りたい事を1つだけ、見せてあげる」
妖艶な笑みは、まだ崩れていなかった。
マダム・レファルナさんの登場です。
このお方は占星魔術の最高峰とも呼べる3つの魔法『過去視』、『現在視』、『未来視』を習得しており、その3つを組み合わせることで、幻と呼ばれた4つ目の魔法『星見』を使うことが出来ます。
この『星見』は文字通り、星を視る魔法で、その対象はこの星だけでなく、周波数を合わせれば他の天体や、別次元の星まで観測が可能です。ただ、天体に影響を及ぼすほどの大魔法であるため、彼女1人だけの魔力では発動が出来ません。
また、それを使わずとも、占い師としての腕は確かなので、彼女は王国と取引をして、この蜘蛛の巣街の存在を認めさせる代わりに、月に1度の王国の未来を占ってあげています。前王の時代に彼女が視た未来の情報により、王国は疫病の蔓延を防いだり、魔獣による王都襲撃を未然に防ぐなどしています。
なので王国としては、この優秀な占い師を外に出すくらいなら、要求を飲んで国に留まってもらおうとしたわけです。
ちなみに、占星魔術自体は研究はされていますが、まだまだマイナーな部類だったりします。
使用者が少ないからね、仕方ないね。




