120、蜘蛛の巣街
いつの間にか、60,000PV突破です!
本当に!
ありがとうございます!
王都の面積は思っていたよりも広かった。
障害物のない建造物の屋上を駆けていたにも関わらず、1画を確認するのに1時間も掛かってしまった。
しかも収穫はなく、ただの徒労に終わったのが余計に腹立たしい。
何ひとつ上手くいかない中で、あたしは焦りと落胆をごちゃ混ぜにしたような気持ちのまま、メルツェナさんの元へ合流する。
メルツェナさんは大通りの隅に設置された簡易テントの中で、王都警備隊に指示を出している最中だった。
「第6班は西区を中心に捜索を、第7班は西区の住民に聞き込みを。第8、9班は、ここ1時間で王都から出発した馬車の足取りを追いなさい。怪しいと感じたらその場での尋問と逮捕を許可するわ。些細な事でもいいから、侯爵令嬢に繋がるものがあれば、必ずここに伝えなさい! じゃあ解散!」
王都警備隊の人たちがそれぞれの仕事をこなすために散っていく。
それと入れ替わるようにあたしはテントに入った。
「小娘! あんた、何も考えずに闇雲に走り回るんじゃないわよ!」
開口一番で怒られたけど、甘んじて受けよう。
「ごめんなさい……」
「まぁ良いわ。それよりこれを見なさい」
険しい表情で水色の布を手渡してきた。
嫌だ、見たくない。
そんな思いとは裏腹に、あたしの右手はそれを受け取る。
広げてみれば嫌でもそれが何なのか、分かった。
「………」
あたしが無言でそれを見つめていると、メルツェナさんが簡易的な折りたたみのテーブルを力強く叩く。
「小娘! あんたがあのお嬢様を助けたいと思うのは当然だけど、今は冷静になりなさい! 勝手に動き回って見つかるならとっくに見つかっているの! でも相手は姑息な手段を使って誘拐した。だったら私たちの目を掻い潜るような手を使っているはずよ。だからこそ冷静になりなさい。焦りと怒りは思考を鈍らせるの。覚えておきなさい」
言われなくても! と言い返したかったけど、それは出来ない。
何故なら全部メルツェナさんの言う通りで、あたしがいつも心がけていたことだからだ。
常に冷静であるべき、というのは心掛けていた。戦う前も、戦っている時も、戦った後も、いつも冷静でなければ最適な思考は出来ない。
剣士として、人として、情けないことだったと反省する他ない。
でも、王都を跳び回って少しは頭が冷えたから、もう大丈夫。
「はい、すみませんでした。でも、もう大丈夫です」
カティナちゃんにプレゼントした水色のエプロンを見つめ、大きく深呼吸をする。熱っぽかった体に冷たい空気が入った事で急激に熱が消えていく。
「……これをどこで?」
「商業区の商会用馬車発着場の近くの倉庫街よ。今、王都警備隊が発着場で聞き込みをしているわ。それから、誘拐された時刻から現在までに王都を出た馬車は全部で35台。その内、所属不明の馬車は3台だけよ。行き先はまちまちだけど、王都警備隊が後を追っているわ」
思っていたよりもメルツェナさんが頼りになる。
こんな時にこんな感想を思うのは場違いかも知れないけど、リーダーシップというか、人を使うことになれているように思えた。
「……これがブラフである可能性は?」
「もちろん考えているわ。水路や夜間用の出入り口、あらゆる可能性を潰すためにそこにも警備隊を派遣しているわ。あと、王都に潜伏している可能性も考慮して、私の弟が別働隊を編成して路地裏やそっち方面の店のガサ入れもしてるから」
メルツェナさんに弟がいるってのは前に聞いたけど、まさか王都警備隊にいたとはね。
にしても隙のない采配だ。
Aランク冒険者って、こんなことも出来ないといけないのかな?
なんてしょうもないことを考えられる程には冷静になってきたようだ。
「じゃあ、あたしは何をすれば良いですか?」
「今、ミーナが王宮に報告に行っているから、王宮の動き次第ね。王宮が出張ってくるなら指揮権は向こうに移るけど……あんたは、そういうガチガチの指揮より、遊撃的な動きの方が力を発揮するタイプでしょ? だったら……そうね、商業区を捜索している王都警備隊の第1班を……いや、あんたにはうってつけの仕事があったわね」
そう言って、メルツェナさんは気味悪いくらいにニタニタした笑みを浮かべ、テーブルの上に広げられた王都の地図のある箇所を指差した。
「マダム・レファルナに会いに行きなさい。彼女ならこの事件の裏にいる奴らの情報くらい持っているはずよ」
そこは、煌びやかな王都の中で最もギラギラとした光を放つ――金と欲望が渦巻く歓楽街。
光も闇も、酸いも甘いも、善も悪も、全てを飲み込む懐の奥底には底知れない欲望が、まるで誘蛾灯のように人々を集めている。
今さえ楽しければそれでいい。
そんな刹那的快楽主義者たちの巣窟であり、それらを食い物にする蜘蛛たちの餌場。
通称、蜘蛛の巣街。
その糸に絡め取られれば最後、有り金どころか、その身すら搾り取られるという、王都が抱える闇である。
そんな場所に行っている暇があるのか、とは思うけど、餅は餅屋とも言うし? いや、でもなぁ……あたしが行っても門前払いな気がするけど……
「あたしも捜索したいんだけど……」
「これも立派な捜索よ。王都警備隊には出来ない、ね。それに、あんたはあんたで自由に動いて良いわよ。マダムのところで掴んだ情報をこっちに回さなくても良いから、やりたいようにやりな。その方が早そうだしね」
その言葉に含まれている他意を、あたしはつぶさに感じ取る。
メルツェナさんは暗に、責任は全て自分が取る、と言っているのだ。
信用とか信頼とか、そういう言葉は無いけど、それを感じ取れるような声音に、あたしは大きく息を吸い込み、上を向いた。
「あんたは、あんたがしたいことをしな」
メルツェナさんの言葉に、あたしは力強く頷く。
「任せてください! そういうの、大得意ですッ!」
「でしょうね。ほら、時間が無いんだから、さっさと行きな! ここにいられても邪魔なのよ!」
しっし、と手を振るメルツェナさんに深くお辞儀をして、あたしは簡易テントを後にした。
と、いうわけで。
あたしは今、件の蜘蛛の巣街の1画にある『マダム・レファルナの占いの館』という店の目の前で、仁王立ちをしている。
店の前には用心棒であろう厳つい顔をした、筋肉ムキムキの獣人2人――熊の獣人とサイの獣人がいて、あたしを睨みつけているんだけど……どうにもその視線からは威圧感が見えない。それどころか、どこか困惑しているようだ。
カチン、カチン、と音が鳴る。
あたしが【理切】の柄頭を爪で叩く音だ。
その苛立ちの理由は単純で、あたしがここに来て開口1番に「マダム・レファルナに会いたい」と言ったら、「予約の客の占いをしているから、それが終わってからお会いになるそうだ。それまで待て」と言われたからだ。
急いでいる時に待たされることほど苛立つことはない。
だからあたしは店の目の前で帯刀して仁王立ちをしているのだ。
そして、店の中からでっぷりと太ったおっさんが出てくる。
「ん? なんだ……ひっ……」
妙にツヤツヤとしたおっさんが店の前に立つあたしを見て訝しんだ瞬間、怯えた声を出して一目散に逃げ出していった。
人の顔を見て逃げ出すなんて、失礼な奴!
「待たせたな、マダムがお会いになる」
そのおっさんにガンを飛ばしていると、用心棒の獣人の片方が扉を開けてくれて、もう片方の獣人があたしを先導してくれる。
そう言えば、あたしまだ何も言ってないんだけど、どうしてあたしが来るのを知ってたんだろ? メルツェナさんが伝えておいてくれたのかな?
そんなことを考えながら薄暗い廊下を歩いていくと、重厚な意匠の大扉の前で獣人が立ち止まった。
「この先にマダムがいらっしゃる。マダムは寛大な御方だが、無礼を働けば俺たちがお前を許さない」
「分かった。ありがと」
あたしは獣人に見られながら、体重をかけて大扉を開ける。
むせかえるほどに濃厚な香水の香りと、妙に生臭いような不快な匂いが混ざり合った空気が、絡みついてきた。
この蜘蛛の巣街は、王都の平民と一部の貴族向けの歓楽街です。
グレーゾーンではなく、完全にブラックゾーンです。
そして、潰されていないのにはいくつか理由がありますが、その内の1つに、マダム・レファルナの存在があります。
あと、すごい今更なんですが……登場人物紹介とか、あった方がいいですかね?
もし必要なら、感想欄とかにでも「欲しい!」って書いてくれると嬉しいです。




