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119、人混みの中で

今更ですが、パソコンを買い替えて、環境が新しくなりました。

 お揃いのエプロンが嬉しいのか、カティナちゃんはルンルン気分で今にも宙に浮きそうなくらいの足取りの軽さであたしの手を引いて先へ先へと歩いていく。


「楽しいですわね、モカお姉様!」


 年相応の笑顔でそう話すカティナちゃんは多分だけど、あたしたちを尾行している男たちがいることに気付いていない。

 まぁ、後ろにいる2人のお姉様たちが何とかしてくれるだろうから、あたしはもうちょっと広範囲に気を張っていればいい。

 にしても、尾行している男どもは素人なのかな? 下手、ってレベルじゃないよね。あたしやメルツェナさん、ミーナさんがそっちに視線を送ったら、慌てて顔を逸らしたり、立ち止まって露店の商品を手に取ったりするんだもん。

 初めての尾行なのか、それとも単純に変人なのか……どちらにせよ警戒しておくに越したことはない。


「ねぇカティナちゃん。ちょっとそこの雑貨屋さんでも見てみようか」


「もちろんですわ!」


 ニコニコのカティナちゃんの手を引いて、あたしが雑貨屋に入ろうとした時だった。


「おら、どけッ!」


 あたしたちを尾行していた男たちが大声を出しながら通行人たちを押し退け、こっちへ向かってくる。

 その手にはひどく湾曲した真っ黒な杖が握られていて、先端をあたしたちに向けていた。


「死ねぇ!」


 男たちがあたしたちに魔力の球を撃ち出そうとした瞬間、間に割って入る2つの影。


「こんな往来のど真ん中でそんな危ないもの振り回しちゃダメじゃない」


「モカ様とカティナ様のお買い物を邪魔する者は私が許しません」


 当然、メルツェナさんとミーナさんだ。

 メルツェナさんはメイスのような杖を片手にマントを翻し、ミーナさんはメイド服のまま拳を握ってファイティングポーズを取る。

 というか、ミーナさんって格闘タイプだったんだね……いつの間にか両手にガントレットみたいなの装備してるし。


「うるせぇ! 死にたくなかったらどけぇ!」


 男たちは大声を張り上げながら杖を見せつけるように威嚇しているのだが、どうにも攻撃する意思があるようには見えない。

 しかし、通行人たちにはそれが分かるはずもなく、パニックに陥った人たちが我先にと逃げ出した。

 逃げ惑う人混みに揉みくちゃにされながらも、カティナちゃんの手だけは離さずにいると、正面から背の高い青年があたしにぶつかってきた。


「おっと、すまない」


 何と言うか、記憶に残らなさそうな顔と声だ。

 平凡とはこの人のことを言う、と言われても違和感がないくらいには平凡な青年である。

 しかし、それが今この状況にそぐわない。

 周囲の人たちは恐怖と混乱に表情が歪んでいるというのに、この男はそうではないのだ。

 それはつまり、この男はあっち側、だということ。


「それ、返してもらえる?」


 すぐさま立ち去ろうとする男の右腕を掴むと、その手にはあたしの巾着袋が握られていた。しかし残念、それはスリ用のダミーで、本物はアイテムボックスに入っているんだよね。

 マントの中にしまうフリをしてアイテムボックスに入れるようにしといて良かった。


「いやいや、違うよ。君がこれを落としたから渡そうと思ったんだ」


「そう言うのは警備隊に話してあげてね」


 掴んだ腕をそのまま捻って背中に回し、足を払って男を組み伏せる。

 スリの成功率を上げるための囮だったか……でも、ターゲットをあたしにしたのが運の尽きだったね。


「メルツェナさん、ミーナさん! こっちはもう捕まえたよ! そっちも片付け……あぁ、もう終わってるや」


 あたしが顔を上げたら、2人は既に男たちをボコボコにしていて、地面に転がる男たちは白目を剥いて気絶していた。

 あたしはアイテムボックスから縄を取り出して組み伏せていた男を縛り上げると、怖い思いをさせてしまったカティナちゃんを安心させようと笑みを浮かべて振り返る。


「カティナちゃん、怖い思いをさせちゃってごめ――」


 そこには誰もいなかった。


「――え?」


 あの可愛らしい天使のようなカティナちゃんの姿がどこにも見当たらない。

 その瞬間、血の気が一気に引き、すぐに怒りが湧き上がってくる。


「へへ、上手くやってくれたようだな……」


 縛られた男が勝ち誇ったように笑う。

 くそっ! そう言うことか! こいつも! そこで伸びてる2人も! 全部はカティナちゃんを攫うための囮か!


「あんたらの噂は聞いていたからな。正面からやり合っても無意味だと思ったから、こんな周りくどいことをする羽目になったんだ。なぁ、今どんな気分だ? かっこよく俺を捕まえて気分が良かったか?」


 下卑た笑みのまま饒舌に語る男は笑う。


「……黙って」


「駄目だぜ、子供から目を離しちゃあ。子供ってのはすぐどっかに行っちまうんだからなぁ!」


「黙れッ!」


 アイテムボックスから抜刀した【理切】を男の眼前に突き立てると、男の何本かの髪の毛と薄皮1枚分の皮膚が切れる。

 同時に、あたしの殺気を正面から直に受けたことで男はそのまま気を失ってしまった。

 しまった、やり過ぎた!


「ちょっと小娘、あのお嬢様はどこ?」


「モカ様、カティナ様はどちらに?」


 ちょうどその時、メルツェナさんとミーナさんがあたしの元に駆け寄ってきたのだが、あたしの側にカティナちゃんがいないことに気付くと、キョロキョロと辺りを見渡す。


「……攫われました」


「はぁッ!? 何やってんのよ、あんた!」


「分かってますよッ! こいつ……こいつも囮だったんです。あたしの財布を盗もうとしたところを捕まえて……気付いたらカティナちゃんが――」


「――子供たち! あのお嬢様を探して!」


 あたしの言葉を聞き終わる前にメルツェナさんがマントを翻して木の人形たちを全て出すと、そのまま命令を与える。


「何でもいい、とにかく証拠や手掛かりを見つけなさい!」


 召喚された木の人形たちは主の命令に従って、四方八方に散っていく。


「ミーナ、あんたは王都警備隊に通報を! 小娘! あんたは――」


「あたしもカティナちゃんを探しに行きますッ! メルツェナさん、こいつら見てて下さい! 目を覚ましたら取れるだけ情報を搾り取って!」


「ちょっと、小娘!?」


 突き立てた【理切】を引き抜いたあたしは、建物の屋上に向かって一息で跳躍した。

 どっちへ行ったのか、どれほど離れているのか、何も分からないけど、このまま立ち尽くしているなんてあり得ない!


「あたしのせいだ、あたしのせいだ、あたしのせいだッ!」


 白くなるほど【理切】を握る手に力が入る。

 駄目だ、自分の馬鹿さ加減に怒るのも泣くのも、全部、カティナちゃんを見つけてからだ! それからいっぱい怒られよう。


「だからカティナちゃんは」


 左手だけだが、頬をバチンッ! と叩いて気合いを入れる。


「あたしが助けるッ!」


 大きくしゃがみ込んで、一気に跳ぶ。

 カティナちゃんを攫った奴は、あの逃げ惑う人たちに逆らってまで進むことはないと思う。

 そんな事をすれば逃げる時間は短くなるし、目撃情報も増えてしまう。雑踏に紛れながら、その進む方向に逃げ、適当な所で路地へ入れば良いのだから、探すべき場所は、人混みが動いていった方向だ。

 そう考えると騒がれないように猿轡でもされたのかな?

 いや、それはないね。もしそうならあたしが呻き声を聞いてるはずだ。であれば、薬や魔法で眠らされたとみる方が正しいかな。

 つまり、気を失っている少女を背負った人物を探せば良いんだろうけど、いつまでもそうしているはずがない。

 きっと馬車に乗せたか、カティナちゃんくらいの体格なら樽とか木箱に押し込められて荷馬車などで運ばれた可能性も高い。

 そうしてあたしが王都の空を駆ける中、メルツェナさんの放った人形の1体が、ビリビリに破かれ、踏みつけられて汚れた、白い雲の刺繍が入った青いエプロンを見つけていた。

まさかのカティナちゃんの誘拐。

囮の囮を使うという手の混みように、モカはブチギレです。

そんな中でも冷静な判断をしていたメルツェナさんですが、内心は同じようにブチギレです。ミーナさんもね。

でも、2人はそれを表には出さずに、迅速に動くことを是としました。

まだまだモカは未熟です。

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