117、デジャヴ
残業は悪い文明……滅びるべしッ!!!!!
ドワーフ王国では、年に1度の鍛冶奉納祭が開催される。
これにはドワーフだけでなく、世界中で鍛冶を生業とする職人たちも参加し、腕を競い合う一大イベントだそうだ。
現在は鍛冶師の数が激減してしまったため開催されていないのだが、かつてはこの奉納祭から神の宝物庫に納められるほどの一振りがいくつもあったらしい。
神の宝物庫に納められる、ってのがいまいちピンとこないけど、とにかくすごいことなのは文章からも良く分かる。
そして500年前の奉納祭において、当時のドワーフ国王が神剣に迫る一振りを作り上げたことが話題となったらしい。
神剣の一振りに、古龍の素材を使った神龍剣『レストニア』という剣がある。その製造方法はドワーフ王のみが継承してきたのだが、神剣に至れたのは初代王のレジデルのみであった。
しかし、500年前のドワーフ王は執念によってそれに至るほどの一振りを生み出す。そして、事件は起きた。
「ドワーフ王が剣を奉納した瞬間、死んだと錯覚するほどの威圧感と、斬られたと錯覚するほどの殺気が会場に満ちた……そして、神が降臨なされたのだ」
その一文をなぞりながら、あたしは報告書を見つめる。
「剣の神は我が執念の一振りを手にし、そして……粉々に砕いたのだ……」
何が剣神の怒りに触れたのかは分からないけど、到底許せるものではなかったのだろうか?
それとも、ただのドワーフが神剣に至るのを許せなかったのか……でも、前にアレク爺さんに聞いたのは、神剣は神の権能を再現しようとして作られた、だったっけ?
だとしたら、思い上がるなよ! という戒めなのかもしれないな。
うーん、こうも情報を小出しにされると気になっちゃって眠れなくなっちゃうよ……しかも気になることばっかりだから、めちゃくちゃ効果的だ。
「はぁ……情報が足りないから余計に色んな想像が出来ちゃうなぁ……」
「モカ様。そろそろ夕刻となりますが、まだ続けますか?」
テーブルの上の読み終わった本を片付け始めたミーナさんの顔には「帰りましょう」と心の声がはっきりと見てとれる。
「そうねぇ……お腹も空いてきたし、今日はこれでおしまいで良いんじゃない?」
2人にそう言われてしまえばあたしも首を縦に振らざるを得ない。それにメルツェナさんの言う通り、お腹すいた。
腹が減っては何とやら、って言うし、疲れた脳には糖分が必要だ。
「そうですね、一朝一夕で終わるとは思ってないんで、根気よく頑張ります」
あたしもミーナさんのお片付けを手伝い始める。
こう見るとかなりの量の本を読んだけど、蔵書の数からするとまだまだ先は長そうだ。1%にも満たないのかも。
「メルツェナさんも手伝って下さいよ!」
「私は良いのよ、ほら」
ぐでー、っとテーブルに突っ伏したメルツェナさんはだらしなく指差した方を見れば、木の人形がせっせと本を片付けていた。
「むぅ、ずるっこだよ、それ……」
「あーはいはい、あんたもテキパキ働きなさい。そしたら夕食は奢ってやるわ」
「言質取りましたからね!」
「ふん。こちとら小娘の胃袋を満たすくらいには稼いでんのよ。無駄口叩かずに働きなさい」
しっし、と手を振るメルツェナさんは放っておいて、さっさと本を片付けちゃおう。
「ミーナさん、こっちの本ってどこから持ってきたんですか?」
「これらは……あぁ、あちらの棚ですね」
「ありがと」
本を抱えて図書館内を歩き回って抜かれていた場所に本を戻していく。
それを3往復くらいすれば、テーブルの上の本はあっという間に片付いた。
あとは見つけた2冊と、メルツェナさんの人形が運ぶ最後の本の塔だけ。
「あの人形が本を返し終えたら終わりですね」
「そうだね。長々と付き合ってもらってありがとうございます、ミーナさん」
「いえ、私も貴重な体験をさせていただきましたので、楽しかったです。それと、その本ですが……この王宮図書館は持ち出し禁止ですので、司書の方に預けるのがよろしいかと」
「え!? 貸し出し出来ないの? ちぇ、寝る前に読もうと思ってたのに……」
「必要なら書き写しますが……」
「え!? いや、良いですよ。そこまで迷惑はかけられませんって」
「そうですか。もし必要となれば、いつでもお申し付け下さいね?」
そうこうしていると、最後の本を片付けた人形が戻ってきた。そのままメルツェナさんのマントの中へと帰っていき、億劫そうにメルツェナさんが立ち上がると、あたしたちは受付エントランスへと向かった。
そこで司書さんに見つけた2冊を渡して、取り置きしておいて欲しいと伝えて、王宮図書館を後にしたのである。
その後、あたしとミーナさんはメルツェナさんに夕食を奢ってもらい、締めのデザートを食べに行って、メルツェナさんおすすめの雑貨屋で今日のお礼に木彫りの小さなペンダントを2人にプレゼントしてあげたら、思いの外2人とも喜んでくれた。
そして2人に宿まで送ってもらったあたしは、お風呂に入ってベッドに倒れ込む。
忙しい1日が、今日も終わりを迎える。
翌日の事である。
あたしが泊まる『銀の瞳の猫亭』の部屋には、なぜか3人の客人がいた。
「モカ様、起きてください」
1人目はミーナさん。
「あんた、昨日もそうだったけど、朝弱いのね!」
2人目はメルツェナさん。
「モカお姉様、今日こそは遊びにいきましょう!」
3人目はカティナちゃん。
「………あれ、あたし……もしかしてタイムリープした?」
あまりにも昨日と同じ光景に、あたしの脳はパンク寸前。デジャヴを疑いたくもなる。
昨日と同じく、あたしは確かに部屋に鍵をかけたはずなのに、どうやってか3人は部屋の中にいる。うーん、不思議だ。もしかしたら、この『銀の瞳の猫亭』の7不思議の1つなのかもしれないね。
なんて考えながらボケーっとしていると、カティナちゃんがあたしの隣にぽふんと腰を下ろした。
「今日はお父様にきちんとおでかけを伝えてありますわ。しかも、このお2人も今日は私の好きにしていいと仰って下さいましたので、今日はモカお姉様と一緒におでかけですわ!」
あー、良かった。タイムリープも死に戻りもしてなかったようだ。笑っている陽炎も見当たらないから、多分大丈夫でしょ。
妙にホッとしたあたしを不思議そうに見ていたメルツェナさんとミーナさんは合わせたように首を傾げた。
「ですから、早く準備してくださいませ! 今日はモカお姉様のドレスを作ってくれた方の所に行くんですから!」
「ちょっと待って、カティナちゃん。アースラーさんのとこに行くのは明日じゃなかった?」
「覚えておりますわ! でもでも! その前にお友達になっておけば、緊張しなくて済みますわよね?」
貴族の子女というのはこうもアグレッシブなのか、はたまた侯爵さんの娘だからなのか……ま、どっちでもいっか。
そんなカティナちゃんの勢いに押されたのはあたしだけでなく、2人も驚いた顔をしているのだから、きっと彼女の性格なのだろう。
「若さが眩しいよ……」
ポツリと呟けば、メルツェナさんに頭を叩かれた。
「馬鹿言ってないでさっさと支度なさい! 私たちは下で待ってるから、二度寝するんじゃないわよ!」
「はーい」
こうしてあたしの、忙しい1日が始まるのである。
しかもこの1日が王都を襲う未曽有の事件の前哨戦だとは、あたしを含め、まだ誰も知らなかった。
再び3人襲来!
今回はカティナちゃんがモカを独り占め! の、はずなのだが……?
モカ「あたし、本当に疫病神に取り憑かれてるのかな……?」




