115、追加報告は頭痛の嵐
メルツェナさんとミーナさんを引き連れて冒険者ギルドに顔を出せば、どうしてかモーゼが海を割ったように人混みが割れていく。
そこかしこから「おい、あいつ……」だの「あれが例の……」だの「メルツェナ様を顎でこき使ったって……」だの「隣のメイドさんは誰だ!? めちゃくちゃタイプなんだが……」だの聞こえてくると思えば、それがどんどん酷いものに変わっていく。
「1人でワイバーンを喰い殺したんだとよ……」とか「双頭蛇をヘッドロックで締め殺したらしい」とか……根も葉もない噂が1人歩きしているようで、頭が痛い。
しかもあたしが視線を向けると、冒険者たちはサッと顔を逸らしてしまうので、余計にタチが悪い。
「ねぇ、メルツェナさん? 少し顔を出さない間に、すごい変な噂が広がってますけど……」
ぷくく、と笑いを堪えているメルツェナさんに、まさかな? と思って聞いてみると、さすがのメルツェナさんもあたしじゃないと首を振る。
「どっちかと言えば、私はあんたの変な噂を訂正してやっただけよ。戦闘狂で森の魔獣を絶滅させる勢いで狩っていった、ってね」
「語弊しかないですよ、それ! あと、戦闘狂じゃないですからね!?」
「どの口が言うのかしら、どの口が! それに安心なさい。ワイバーンと双頭蛇に関する公式な情報はあたしたちとギルマスしか知らないから」
あぁ、なるほど。
だからみんな、倒したと勘違いをしているのか……どうにも不思議だったんだよね。王様も討伐したとか言ってたから、ギルマスが広めるべきじゃないと判断して嘘の報告をしてくれたのかな?
「モカ様は有名なのですね……」
冒険者ギルドに足を踏み入れるのは初めてなのか、ミーナさんは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「そうよ。この小娘は私のマスターにちょっっっっとだけ気に入られて、1人でワイバーンと双頭蛇を倒したんだから! それがどれだけすごいことか、あんたに分かる?」
「私もモカ様の実力は存じておりますが……まさかここまで騒ぎになるほどとは思ってもいませんでした」
違うんだよ、ミーナさん。これはそういうやつじゃないんだよ。
どっちかというと、問題児っぽい騒がれ方なんだよ。
あたしは何も言う気になれず、諦観を抱えたまま歩みを進める。
人混みが割れてくれたことで歩きやすいし、目当ての人物もすぐに見つかった。というか、待ってた。
腕を組んで仁王立ちをしているモンドギルマスは、偏屈な老人をそのまま体現したような雰囲気であたしたちを睨みつけている。
「遅かったじゃねぇか……」
よく見ると、そのツルツルのこめかみには青筋がヒクヒクと浮かんでいた。
「来い。話すことが山ほどある。いや、山じゃ足りねぇ。大陸ほどある」
有無を言わせず、顎をしゃくったモンドギルマスに先導され、あたしたちはギルマスの執務室へと連行されたのである。
モンドギルマスの執務室は、意外にも豪華絢爛で様々な美術品や絵画が飾られていた。
良く言えば、王都のギルドマスターという地位に相応しい。
悪く言えば、成金趣味が行き過ぎていて下品に感じられる。
とは言ってもモンドギルマスにそういった印象を受けないから、恐らくはここを訪れる貴族たちのためにこうしているのだろうというのがありありと分かった。
「まぁ座れ」
応接用のソファに腰を下ろしたモンドギルマスに勧められ、あたしたちもソファに座った。
すごいふかふかでお尻が雲に包まれているような感触に思わず感動してしまう。王都のギルドマスターともなれば、こういうソファに座れるのか、と素直に驚いていると、「んんっ!」とモンドギルマスが咳払いをしていた。
「メルツェナや『黒金の雷雨』の連中からも報告書は提出されているが、どうして肝心なお前からの報告書がまだないんだ?」
開口一番、そう言われたあたしはこてんと首を傾げた。
「どうして、って……そんな時間、無かったですし……」
考えてみてほしい。
西の山から帰ってきたら変な冒険者に絡まれて、解体場に魔獣を卸しに行って、モンドギルマスと話し合いがあるから待ってたら子爵が突然やってきて、王様の誕生祭に出ることになって、ドレスを買いに行ったら新しいドレスを作ることになって、そのままメルツェナさんやユリシュさんとのマナー猛特訓が始まって、子爵が招待状を持ってきたと思ったらメリナとの決闘があって、ドレスが出来たから取りに行ったらそのまま試着とお直しが深夜まで続いて、夜が明けたと思ったらメイクと髪のセットが始まって、気付けば子爵が迎えに来てて、誕生祭に出たらまたメリナと決闘して、美味しいご飯が食べられると思っていたら変なおじいちゃんが乱入してきて一悶着あって、あたし専属のメイドさんが出来て、片付いたと思ったら侯爵さんの2次会に参加することになって、そこで侯爵の娘に懐かれて、へとへとになって帰ってきて、翌朝にどうやって侵入したのか分からないけどメルツェナさんとミーナさんとカティナちゃんがあたしの部屋にいて……そして今に至るんだよ?
「これのどこに報告書を提出できる時間があるんです?」
自分で言っててもさすがにバカすぎて笑えてくる。
そして、あたしの両隣に座る2人はドン引きの表情であたしを見つめていた。
そう言えば、この2人は今のあたしの行動の前半と後半しか知らないんだよね。
メルツェナさんからすれば後半の流れは初耳だろうし、ミーナさんからすれば前半の流れが初耳だ。
そんな2人がドン引きの表情をしている、ってことは、あたしのこの数日間の怒涛の流れが凄まじいものだったという証左ではなかろうか。
ともすれば、あたしに報告書を書いている時間なんてないという証明にもなる。
「だからあたしを叱るのはお門違いですよ、モンドギルマス」
「……そのようだな。というかお前、その、なんだ……もしかして疫病神でも憑いているんじゃないだろうな?」
なんて失礼な!
こんな美少女捕まえて疫病神が憑いているか、ですって!?
逆にあたしみたいな可愛い女の子に憑けるなら疫病神だって両手を上げて喜ぶでしょ!
全くもう、失礼しちゃうなぁ!
膨れっ面で睨みつけると、面倒くさそうに鼻を鳴らしたモンドギルマスが手を振って話を変えた。
「いや、良い、忘れろ。じゃあ、改めて追加報告をしてくれ。ここに他の奴らの報告書もあるから、出来るだけ詳細に思い出して話すように」
そう言ってモンドギルマスは指を鳴らすと、デスクにあった羽ペンと羊皮紙が1人でに動き出して、ギルマスの目の前でふよふよと浮かび、自動速記の準備が整う。
「よし、始めてくれ」
そう言われてあたしが話し始めると、羽ペンもそれに合わせて動き始めた。
おぉ、なんか魔法使いっぽいね。こういう魔法チックな光景って、そう言えば初めて見たかも。
そして、あたしの話にメルツェナさんが補足をしたり、『黒金の雷雨』のみんなの報告書から当時の状況を引っ張ってきたりしてくれれば、モンドギルマスはどんどん頭を抱え始める。
遂には、あたしがワイバーンを黒い鎖のモヤから解放したら懐かれてしまい、その背に乗って双頭蛇を見つけ、さらにその双頭蛇に刺さっていた支配杭を破壊したら双頭蛇にも懐かれてしまった、という部分に差し掛かると、本格的に頭を抱えてブツブツと口走り始めた。
支配杭に関しては、ミーナさんがしっかりと証言してくれたから助かるね。
そして最後、ワイバーンと双頭蛇があたしのために魔獣を狩ってきてくれたことを話すと、昇天したのかと疑うほどに放心してしまった。
というか、メルツェナさんや『黒鉄の雷雨』のみんなも、きちんとその部分の報告をしてくれたんじゃないのかな?
なんでこんな魂が抜けたような反応なの?
「――以上になります。えっと……モンドギルマス?」
あたしが声を掛けても反応しない。
「あーあ、これは当分使い物にならないわね……」
メルツェナさんの一言は、羊皮紙に書き込まれることなく、執務室に埋もれていった。
こう見ると、結構なスピードで事件に巻き込まれていますね……
主人公の宿命というやつですな。
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