114、3人集まれば
翌日のことである。
あたしが泊まる『銀の瞳の猫亭』の部屋には、なぜか3人の客人がいた。
「モカ様、朝でございます」
1人目はあたし専属のメイドさんとなった鬼人族のミーナさん。
「いつまで寝てんのよ、小娘!」
2人目はとんがり帽子がトレードマークのAランク冒険者のメルツェナさん。
「モカお姉様、待ちきれなくて来てしまいましたわ」
3人目はどうしてここにいるのか分からない侯爵令嬢のカティナちゃん。
そして、この部屋の主人であるあたしは、寝起きで髪の毛ボサボサ、意識はまだ夢の中、まだまだ重い瞼といった状況で、何にも状況を飲み込めていない。
鍵は閉めていたはずなのに、どうしてこの3人があたしの部屋にいるのか、そこまで考えが回らず、ミーナさんの手によって開けられたカーテンから差し込んでくる朝の日差しに、思わず顔を背けて再び毛布を被ってベッドに潜り込もうとした。
「モカ様、起きてください」
「こら小娘! 二度寝すんな!」
「モカお姉様、早く行きましょう!」
なのにこの3人はあたしが夢の世界に行くのを必死で止めようとしてくる。
メルツェナさんがあたしから毛布を引き剥がし、カティナちゃんがあたしを起こし、ミーナさんが毛布を綺麗に畳む。
「うぅ〜ん……あと5分……」
とろんとした目を擦りながら、あたしは座ったままぼけーっとしていると、いきなり頭上から水が降ってくる。
「うわぅ!? ちょっと! なにするんですか、メルツェナさん!」
水を掛けてきた元凶を睨みつけると、澄まし顔でタオルを投げつけてきた。
「早く顔洗って、支度なさい! 今日はギルドに西の山の件の追加報告に行くわよ!」
「……初耳なんですけど」
「そりゃそうよ。あんたが陛下の誕生祭に出ることになったから、それが終わったら報告に行かせるってマスターがギルマスに言ったのよ。で、誕生祭はもう終わったわよね? だから行くのよ!」
メルツェナさんの有無を言わせない勢いは、寝起きのあたしにはかなり辛い。うるさいし、声でかいし、やかましい。
朝なんだからもっとお淑やかに話してくれないかな。
と、顔を顰めていると、その間にカティナちゃんが割って入ってくる。
「ダメです! モカお姉様は私と一緒にドレスを買いに行くのですわ!」
ねー? と可愛らしく同意を求めてくるけど……あれ? 約束したの、3日後じゃなかったっけ?
「カティナちゃん、ドレスを買いに行くのは3日後だよ……」
「知っていますわ! でも、それはそれ、ですわ! 今日はドレスを買う下見なのですから! 別に下見に行っちゃいけないなんて言っていないですわよね? だから色んな衣装を見に行きたいんですの!」
この子も朝から元気一杯だねぇ……この無邪気さは、お姉さんには眩しすぎるよ。あと、普通にメルツェナさんに対抗しようとして声がデカくなっているから、止めて欲しい。こんな変な人の真似なんてしなくて良いからね。カティナちゃんはそのままでいてくれる方があたしは嬉しいよ。
と、まだまだ顔を顰めていると、最後にミーナさんが割って入ってくる。
「モカ様はこれより登城し、王宮図書館に行く予定ですので、お2人の予定はまだ後日とさせてください。それに、ギルドへの追加報告は、ギルドが西の山の異変が解決したかどうかの調査が終わってからでも良いのでは? あと、カティナ様。あまりわがままを言ってモカ様やお父様を困らせてはなりませんよ? それと、その行動力はカティナ様の美点ではありますが、何も言わずに出掛けるのはお父様が心配を……あぁ、来ましたね」
ミーナさんはそう言って、扉を見た。
「こらカティナ! あまりにも起きてこないから寝室を見に行ったら藻抜けの殻で心配したんだぞ!」
勢いよく入ってきたのは侯爵さんだった。
「すまん、娘が迷惑を掛けたようだな。ほら帰るぞ!」
嵐のようなスピードで、侯爵さんはカティナちゃんを抱き抱えてすぐにいなくなった。
遠くから「モカお姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と迫真の雄叫びが聞こえてくる。
なんとも手際が良い。さすがあたしのメイドさんだ。
このままメルツェナさんも同じように追い払って、そのままミーナさんも帰ってくれれば嬉しいんだけどな。
「メイドの分際でなかなかやるわね」
「メルツェナ様、今日はどうかお引き取りを」
「あんたこそ。本なんていつでも読めるのよ? でも追加報告は早ければ早いだけ異変解決の宣言も早くなるんだから! こっちの方が大事でしょ!」
「王宮図書館の蔵書は膨大でございます。目当ての本を見つけるのにはかなりの時間を要しますので」
うーん、メルツェナさんの言い分ももっともだ。
でも正直なところ、今日は図書館に行きたいと思っていたから、今更予定を変更したくはない。ではどうするか? 2つともこなしちゃえばいいのだ。
「あー、じゃあ、午前中は追加報告をして、午後から図書館に行く、と言うことで1つ……手を打ちませんか?」
あたしの提案に、メルツェナさんもミーナさんも互いの顔を見合わせた。
2人とも納得はしていないが、折衷案としてはそれなりに受け入れやすいのか、かなりの間を空けてから、渋々ながらに頷いてくれた。
カティナちゃんには悪いけど、ここ数日は色んなことがあったからたまにはのんびりしたい。
「しょうがないわね。それじゃあさっさと支度をしなさい、小娘」
「では、お手伝いさせていただきます、モカ様」
「メイドに着替えさせてもらうなんて良いご身分じゃない」
「流石に着替えくらいは自分で出来ますよ。それより、なんであたしの部屋にいるんです? どうやって入ってきたんですか?」
メルツェナさんからもらったタオルで濡れた髪や顔を拭いたあたしは、びしょびしょになってしまったベッドから起き上がる。
あーあ、下着までびしょびしょだ。
あたしはアイテムボックスから替えの下着を取り出す。
アースラーさんのお店で可愛い下着が売ってて良かったね。しかもデザインがいっぱいあって見ているだけでも楽しかったな。
「よいしょ、っと……」
あたしが濡れそぼったシャツを脱ごうとした瞬間、その腕をメルツェナさんとミーナさんに掴まれて止められた。
「ちょっとあんた! バカ小娘! 何してんのよ!」
「そうですよ、モカ様! このような場所でいきなり脱ぐのはお止めください!」
ん? あれ? なんでそんな剣幕なの? ここで着替えるのってダメなことなの?
そんなあたしの思考が顔に出ていたのか、メルツェナさんは呆れたように、ミーナさんは困ったように肩を竦めた。
「あのねぇ……女が自分から脱ぐ姿を見せるのは、お風呂に入る時と、ベッドの上だけなのよ!」
「その通りです、モカ様。湯浴みをするのでなければ、それは求愛の行動と見なされるのです」
それってつまり………
「今、あたし、2人を……その……誘った、ってこと?」
あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤になったのが分かる。あまりの熱さにおでこで目玉焼きが出来ちゃうかもしれない!
「あんた……本当に気をつけなさい? 男どもにそういう隙を見せるんじゃないわよ!」
「モカ様はもう少し恥じらいと言うものを学んだ方が宜しいのではないでしょうか?」
「でも、ミーナさんは着替えの手伝いをしてくれるって……」
自分で言っていて気付く。
着替えの手伝いって、服を脱がせるだけじゃなくて、着せることも含まれていることに。
そして、1人じゃ着られないドレスなどがあったり、手の届かない背中にある紐を結んでもらったりすることがあるではないか、と。
「……はい。以後、気をつけます」
結局、どうやって3人があたしの部屋に入ってきたのかは、聞けず仕舞いだった。
意外とモテるモカちゃんですが、色恋には全くと言っていいほど興味がありません。
恋愛感情なんて一時の気の迷い。精神病の一種だという有名なセリフを聞いたときに大いに賛同するくらいには興味がありません。
もちろん、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者にも興味はありません。
自分は異世界人なのにね。




