113、恥ずかしがり屋の末妹
あたしは今、王城の周囲に広がる貴族街の一角、その中でも群を抜いて大きな屋敷の大広間にいる。
ここはキャリオーク子爵の所属する保守派閥の長、コルベス王国の重鎮であり、王の懐刀とも称される侯爵、エーデルハイド・フロン・ド・アスミスの邸宅である。
その屋敷は煌びやかで、贅沢で、豪奢で、贅の限りを尽くしている……とは全く言えない。
むしろその逆で、まさに質実剛健を体現するような屋敷であった。
絵画や美術品、甲冑や彫刻など、世間一般的に想像する貴族の屋敷にあるようなものはなく、あったとしても必要最低限のものだけ。
しかしながら質素であるとか、貧しているとか、そういう印象を受けないのは一重にこの屋敷に働く使用人たちのおかげかもしれない。
この屋敷の使用人たちは全員が穏やかなのだ。しかも、ゆったりとしている。そのおかげで、この屋敷にはどこかまったりとした優しげな雰囲気だ。
だからか、大広間でのパーティーものんびりとした流れのままに進んでいる。
参加している貴族たちも、完全にリラックスをしているようで、朗らかな表情で談笑していた。
「カティナ……お前はどうして……はぁ……」
そんな立食パーティーの主催者である侯爵さんは、あたしの隣で娘さんのわがままに悩まされている。
目の前にいる西洋人形のように可愛らしい10歳の女の子の名はカティナちゃん。侯爵さんの1人娘だ。目に入れても痛くないほどに溺愛している最愛の娘がいきなり
「お父様、私もモカお姉様のような冒険者になりたいですわ!」
なんて言い出せば、心穏やかではいられないだろう。
その原因はまさにあたしにある。
「冒険者になれば、お姉様のような素敵なドレスが着られるのですわよね?」
そう。
カティナちゃんは、あたしのドレスを着たがっているのだ。
あたしの着ているドレス――恥ずかしがり屋の末妹であるこのドレスは、長女のチャイナドレスの血を受け継ぎつつも、その露出度は1番控え目である。
なるほど、確かに恥ずかしがり屋さんだね。
どこか清楚なワンピースのような作りになっているのだが、これはどうみてもチャイナ服ではなく、アオザイだ。
黒にも紺にも見えるほど深い紫色の生地は滑らかで、高級感が溢れている。刺繍や装飾はないのだが、そのおかげで縁取りされた白がよく映えていた。
ゆったりとした印象のあるこの子は、侯爵の屋敷の雰囲気と見事にマッチしていて、ほぼ全ての貴族の奥様たちが血走ったような瞳で群がってきた時は本当に怖かったよ。
これでまたアースラーさんのお店が繁盛することになるんだけど、あの人なら嬉々としてデスマーチを敢行してくれることだろう。
チャイナドレスを受け取りに行った時に見た、死人のようなスタッフたちに心の中で手を合わせて謝っておく。本当にごめんなさい。
そんなわけで、あたしのドレスは貴族女性たちの心を掴んで離さないくらいには衝撃的だったらしく、それは10歳のカティナちゃんも例外ではなかったというわけだ。
だからあたしは、これは冒険者として知り合った服飾の職人さんに作ってもらったんだよ、と優しく言ってあげたのだが、どうやらカティナちゃんは、冒険者にならないと作ってもらえないと勘違いをしてしまい、冒険者になりたいと言い出してしまったのである。
「ねぇ、お父様、良いでしょう?」
「ダメに決まっているだろう……それに、冒険者にならなくても、このお姉ちゃんにお願いすれば、その職人を紹介してくれるはずだ……紹介してくれるだろう?」
「紹介するだけなら良いですけど、あとから文句言うのはなしですよ?」
「あぁ、構わない。カティナも、それで良いか?」
「ありがとう、お父様! ねぇ、モカお姉様も一緒に来てくれますわよね?」
カティナちゃんにそう詰め寄られると、あたしはたまらずに侯爵さんを見た。助けて欲しいってSOSを送ったはずなのに、侯爵さんはカティナちゃんを後押しするかのようにあたしを睨みつけてきた。
「娘を頼んだぞ、モカ嬢。もし、万が一、カティナの身に何かあれば……分かっているな?」
やっぱり親バカだった。
そんな様子を1歩後ろで控えていたミーナさんは面白そうに眺めているだけで助け舟を出す気配もない。
くそぅ、ここに味方はいないのか!
「はぁ……分かりましたよ。連絡してくれれば一緒に行きますよ……」
「ありがとう存じます、モカお姉様!」
きゃっきゃと年相応にはしゃぐカティナちゃんは、そのテンションのままメイドさんを引き連れて、他の貴族に自慢しに回り始めた。
その様子を見守りながら、侯爵さんは申し訳なさそうに肩を竦める。
「娘が無理を言って悪いな、モカ嬢」
「いえ、大丈夫ですよ。でも、本当に良いんですか? あたしと一緒で」
「どう言う意味だ?」
「いや、どうせなら一緒に行って、色々とプレゼントしてあげれば良いじゃないですか」
あたしがそう言うと、侯爵さんは気まずそうに視線を泳がしながら明後日の方向に固定した。
「いやぁ……もし俺が一緒にいけば、その店ごと買い取ってしまいそうでな……」
親バカも極まると迷惑極まりないのだと、この時初めて知った。
だったらあたしが行って、ドレスの1着で満足してもらった方が安上がりだね。
ん? 待って? でも、侯爵なんだからお金はたくさんあるんじゃないの? この屋敷だって贅沢していないとは言え、派閥のトップなんだから、お金なんて湯水の如く使えるに決まってる。
ということは、そんな事よりも大事なお金の使い道がある、って事だよね?
「お金ならたくさんあるんじゃないんですか?」
思ったことがついそのまま口から溢れてしまった。
「曲がりなりも侯爵家だからな、それは当然だ。だが、金というのは溜め込むだけでは意味がない。世に出て初めて意味を成すのだから、世に流すのが正常だろう」
国とは民であり、民が富めば国も富む。
その考えの元、侯爵さんは様々な事業に出資し、王国の成長を促してきたらしい。
街道の整備、新たな流通網の開拓、教育や娯楽などの施設の建築など、多岐に渡る事業を推し進めてきた結果、いつの間にか侯爵さんに賛同する者たちが増え、一大派閥となったというわけだ。
その中には孤児院の経営というのも含まれており、王都のみならず、主要な都市には必ず孤児院があるのだとか。
それだけ聞くと聖人君子のような人だね、侯爵さんって。
「そのおかげで国は富んでいるのだが……どうにもそれを面白く思わない輩というのもいてな」
いつの時代も大変なんだね、政治家って。
自分が頑張るより、他人の足を引っ張る方が簡単なのは分かるけどさ。
「どうにも貴族の中には自分の既得権益にしか興味がない奴らが多い。足並みを揃えて国を栄えさせる気があるなら良いんだが、酷い奴は他国に通じていたりするから厄介なのだ」
ここまで来るとコメントに困るよね……簡単に頑張って、なんて言える雰囲気じゃないもん。
「まぁ、直接的な害が無ければ今はそれで良い。いずれ大きく事が動いた時に、どう対処するかは陛下がお決めになるからな。いや、こんな話はどうでもいい。それよりも、カティナと出かける日程の相談をしよう。いつなら空いている?」
「え? あ、えーっと……そうですね、じゃあ3日後でどうですか? 明日はお城に行って図書館を見ようと思ってるので」
「そうか、では3日後の昼にまたここへ来てくれ。昼食をご馳走しよう。そのまま買い物に行って、夕方に帰ってきてくれればいいな」
「分かりました」
「頼んだぞ」
こうして、あたしはカティナちゃんと一緒にショッピングすることが決まったんだけど、どうやらこの話がフラグになっていたようで、あたしはまた事件に巻き込まれてしまうんだけど、この時のあたしはまだそれを知らない。
恥ずかしがり屋の兄弟は、末妹のアオザイでした!
アオザイ……良いよね。
初めて見た時の衝撃は凄まじかったのを覚えています。
こんな可愛らしい衣装があるのか!? と、雷に撃たれたような衝撃でした。




