111、もう1つの褒美
会場は沈黙に支配されているようだった。
囁き合いも、衣擦れの音も、何もかも聞こえてこないから、空気が重苦しい。
戦意を喪失し、崩れ落ちたゲートルは虚ろな視線を地面に落としてピクリとも動かない。
王様のマントを羽織っているメリナも、困ったように眉を歪めてこの場の流れを窺っている。
王様は王様で、何か言いたげな目線をあたしに送っているけど、当のあたしはそんなの知らんぷりで腕を組み、仁王立ちで顎を上げ、太々しい仏頂面で辺りを睥睨した。
「こうなるって、分かってましたね?」
王様が口を開こうとした瞬間に、あたしは先手を取ってそう問いかける。
「……何のことだか」
「あっそ。まぁ良いけど……それより、このおじいちゃん、どうするつもり?」
「本来なら死罪となるが……色々と聞きたい事があるからな。捕らえて取り調べだ。おい、誰か! 封印錠を持ってこい。ゲートルにあらゆる魔法封印処理を施した上で隔離房へと連行しろ!」
本来ならこういう指示を出すのはメリナの仕事だと思うんだけど、その本人があんな状況じゃあねぇ。まぁ、大人しくしているみたいだから、こっちに矛先が向かない限り、大丈夫でしょう。
王様の指示によって騎士たちが自分の仕事をこなし始める。
ゲートルを連行する者、貴族たちの安否を確認する者、会場を整え直す者、騎士たちだけでなく、メイドさんや執事さんたちも、テキパキと動き回っている中、王様はあたしの側に立ったまま、その様子を眺めている。
「それにしても、モカ。お前、本当に強いのだな……」
「そりゃどうも。ってか、あたしもう帰っても良いかな? なんかパーティーもうやむやになっちゃったし。まぁ、ご飯をお腹いっぱい食べられなかったのが心残りだけど……」
「必要なら、メイドに包ませてやるぞ?」
「え! ほんと!? やった! じゃあお願い!」
「はははっ」
と、王様が気持ちいい笑い声をあげる。
「え? 何? あたしなんか変なこと言った?」
「いやなに。そんなフランクに俺と話す奴はいないからな。懐かしい気分だ」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの背筋が凍った。
これはやばい。
王に対する礼儀を失する。
これが意味するのは不敬罪。
つまり逮捕案件だ! いや、死刑案件だよっ!?
つい気を抜いた途端にこれだよ! あたしってほんと馬鹿!
「えぁ、ぅう……す、すみませんでしたーっ!」
「いや、気にするな。お前には危ない所を助けてもらったからな。西の山の異変を解決したのもお前だというのは聞いているし、強大な魔獣たちを次々に倒していったのも知っている………その顔、どこで聞いた? って顔だな」
っく、顔に出てたか……いや、それにしても、王にまで情報が行っていたのに、どうしてこのおじいちゃんは何も知らなかったんだろ?
「気になるか?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる王様に、あたしは訝しげな視線を送る。
「そんな目をするな。ちゃんと教えてやる」
そして王様は、事の成り行きを教えてくれた。
「西の山に異変が起きていたのはもちろん知っていた。調査を命じたのが俺だからな。そして、どうやらその裏でコソコソと動くネズミがいるのが分かったんだが、まぁこれがなかなか尻尾を掴ませない。そこで山の異変は冒険者ギルドに対応を任せる事にして、俺はそのネズミを捕まえる方に力を入れた。そのおかげで王都で蠢く謎の組織の存在が見えてきたわけだが……」
王様はフゥ、と静かな溜息を吐いた。
「これがまた面倒だったのだ。構成員は完全に区画分けされていて、下っ端を捕まえても一向に幹部連中に辿り着けん。そんな時、騎士団や冒険者連中が手こずっていた草原の魔獣たちの討伐が完了したと報告があった。調べてみれば、まだ若い少女がやったというじゃないか。しかもその少女は西の山に入って魔獣の素材を取ってくるつもりだという。ならばそのまま異変を解決してもらおうとギルドマスターに圧をかけてやった。それと同時に、Aランク冒険者たちを招集して、一気にネズミたちのアジトを襲撃して一網打尽にする計画を立てた。これは時間との勝負だったから、すぐに実行させてもらった。作戦は上手くいって、構成員は全員捕え、待望の幹部連中も数人だけだったが逮捕した」
ドヤ顔の王様が、チラッとあたしを見る。どうやら褒めて欲しそうなようだ。
「へぇ、すごいですね……」
某リズムゲームの筋肉記者会見のような返事をすると、王様はムフゥ、と満足げに頷いた。
これで良いんだ……安上がりな王様だこと。
「とは言え、首謀者まで繋がる情報が無かったから、罠を張る事にしたのだ。わざと誕生祭の情報と警備計画を流す事で、俺を狙いやすくしてやった。ついでに、冒険者ギルドに西の山の異変解決は事が収まるまで口外禁止、と箝口令を敷かせた。まぁ、ギルドもお前の報告を簡単に信じず、調査隊を派遣して、解決したかの調査を行うつもりだったからな、ちょうど良かった」
「あぁ、なるほど……それでメルツェナさんが途中合流だったってわけね。確かにあの時、徹夜でハードワークを片付けてきた、とか言ってたのはこのことだったか。ん? じゃあメルツェナさんにあたしのことを聞いたんですか?」
「いや、メルツェナ嬢ではない。その師であるユリシュ=ダブラ殿だ」
げっ、ここでその名前が出るのか。
なんか変なことになっていないだろうな?
「かの魔法使いが、珍しく饒舌にお前のことを話していてな。お前ならば異変を解決し、何ならその先にある事件でも役立つと言っていたが……まさかこんな事になるとは思っていなかったがな。まぁ、いい。これで事件は終わりだろう」
王様は、ようやく肩の荷が降りたかのようなホッとした顔で自虐気味な笑みを浮かべる。
「最善手ではなかったが、これが1番効率が良かったのだ……いや、今ここで愚痴るのは止めておこう。後で妻に慰めてもらうさ……」
王様の疲れ切った声に、あたしは何も言えない。
きっと色んなことがあったのだろうけど、部外者であるあたしには何も言う資格はない。
「それより、だ。モカ、お前にはゲートルを止めてくれたことに対する礼をしたい。とは言え、お前はあまり金銭や地位に興味が無さそうだからな。そこで、先に与えた褒美に付随し、我が王宮の禁書庫へと立ち入りを許可しよう。どうだ?」
禁書庫、ってことは……もしかして、天剣とかの情報が載っている本があったりするのかな? だったらめちゃくちゃ嬉しいけど……
「あたし、本読むの得意じゃないです」
「そうか、ならば1人お前につけてやろう。そうだな……さっき仲良く話していたメイドはどうだ?」
「メイドって……ミーナさん?」
「そうだ。俺の妻に仕えるメイドだが、許してくれるだろう。どうだ?」
ミーナさんなら気心も知れているし、堅苦しくもないから大歓迎だ。是非ともお願いしたい。けど、ミーナさんの気持ちも聞いてみないとね。
「ミーナさんが良いならお願いします」
あたしがそう言えば、王様は辺りを見渡して、ミーナさんを見つけると、大声をあげて呼びつけた。
「ミーナ、来い!」
その声に、ミーナさんはビクッと背筋を伸ばして作業を止め、駆け足であたしたちの元にやってくる。
「お呼びでしょうか、陛下」
「お前を後宮付き侍女から、モカの専属メイドとする。これは命令や願いではない。お前が断るならそのまま妻に仕えてくれて構わない。どうだ?」
いきなり過ぎて目をパチクリさせているミーナさんは、しばらく無言であたしを見つめていた。そして、緩やかな笑みを浮かべて、ゆっくりと頷き、綺麗で優雅な礼をする。
「そのお話、謹んでお受けいたします」
その笑顔は可憐で美しかった。
こうしてあたしに、生まれて初めて専属メイドさんが出来たのである。
これにて一件落着……だと良いですね。
そして、ミーナさんがモカの専属となりました。
と言うことはつまり……?
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