110、老木は果てる
本当に、どうしてこうなったのか。
足元にいきなり魔法陣が出現したと思ったら、そこから漏れる光の奔流に飲み込まれ、あまりの眩しさに目を瞑った。
そして目を開けると、あたしは黒い雷がバチバチと弾ける魔法陣の真ん中――メリナとゲートルのちょうど中間で立ち尽くしていたってわけ。
「………え? あたし?」
さっきまで会場の奥でミーナさんと一緒にいたはずだったのに、どうしてこうなったのか。
まぁ、理由は分かる。
絶対にあたしのアイテムボックスに入っている支配杭とかいうものの残骸のせいだ。
こんなことならさっさと処分しておけば良かったな。
「な……こ、これは、これはどういうことじゃ!? 何が起こったのじゃ!? 我が魔獣は……双頭蛇はどうしたんじゃ!」
唖然とするゲートルは、錯乱したように頭を振り回し、地団駄を踏み、怒りのこもった視線をあたしに向けてくるけど、そんな顔されたってどうしようもないよ? あたしのせいじゃ……ないと思いたい。
いや? 間接的にはあたしが双頭蛇の杭を斬ったからこうなったとも言えるのか? うーん、だとしてもあたしに責任はないよね? 悪いことを考える方が悪いんだから。
なので、このおじいちゃんが何を言っても気にしないけど、問題はもう1人の方だ。
「まさか貴様もグルだったとはな……合点がいったぞ。あの恐ろしいまでの強さは、魔獣の力によるものか!」
あり得ないくらい明後日の方向に向かってあらぬ誤解をしまくっているメリナは、本当にそれだけで人を射殺せそうなくらいに鋭い目付きであたしを睨みつけている。
「え!? 違うって!? ちょっと待って! 勘違いだから!」
「うるさい、この逆賊がッ!」
そしてメリナが魔力に物を言わせて、大量の光球を出現させた。数えるのも億劫になりそうなほどの数に、思わず圧倒される。
しかも、その途中でメリナは懐から魔力回復ポーションを取り出して、蓋のコルクを噛みちぎるように外して、その中身を一気に煽った。
「まとめて処分してやる! 『速射化・白銀の矢羽』!」
魔力を回復したメリナは、後先も考えずに魔法を撃ち放つ。
無数の光球からは白銀の鏃が無数に撃ち出され、弾幕となってあたしとおじいちゃんを襲う。
有無を言わせないその剣幕に、あたしはアイテムボックスから直接抜刀した【理切】を構え、迫り来る魔法を迎撃することにした。
「ちょっと! 話を聞けってば!」
あたしは【理切】を振るいながら、的確に魔法を斬り落としていく。
反射速度と反応速度ならあたしは誰にも負けないし、これくらいの物量と速度であれば捌ききれる自信がある。何故なら、これよりも早くて激しい攻撃を、身をもって体験したからね。
ユリシュさんが使った魔法の方がもっと早くてもっと重かった。
だけど面倒な事に、あの光球から放たれる鏃は、メリナの魔力量に依存しているようで、定期的に魔力回復ポーションをがぶ飲みするメリナの姿が目に入る。そのため、魔法が途切れる気配がない。
「だぁっ、めんどくさい! いい加減に――」
弾幕を処理しつつ、その隙間を縫うように重心と体勢を移動して、弾幕の切れ間を見つける。
ダンッ! と地面を踏みしめ、あたしは【理切】を大上段に構えると、そのまま一気に踏み込んだ。狙うのはメリナが持つ杖だ。あれがなければ魔法は使えないでしょ!
「――しろッッッ!」
斬ッ! と【理切】が空気を引き裂きながら振り下ろされ、その軌道は見事なまでにブレず、メリナが持つ杖を叩き斬った。
「なッ! 貴様ァッ!」
杖を失ったメリナは何故か光に包まれて、それまで身に付けていた鎧が消え、上下お揃いのキャミソールとショートパンツというラフな服装になっていた。
「……え? なんで?」
あまりの出来事に思考が追いつかない。
「なんで、だと!?」
恥辱に塗れた表情のメリナは自分の身体を抱くようにして隠している。
「我が杖と鎧は王宮秘蔵の魔道具で、私が身に付けていた白銀の宝玉によって作られたものだ! それを破壊してみろ! 杖や鎧が解除されるに決まっているだろうがッ!」
えーっと、つまり?
「あたしのせい、ってこと?」
「当たり前だッ! 1度ならず2度までも公衆の面前で辱めるとは……貴様はよっぽどの畜生だ! 鬼! 悪魔! う、うぅ……うわぁーん!」
その場に蹲るようにズルズルと崩れ落ちたメリナは、あろうことか大泣きし始めた。いよいよ感情の振れ幅が限界を超えて振り切れてしまったらしい。
そうなると、会場の空気は混乱を超えて混沌と化す。
半裸で泣きじゃくる女の子と、半裸にひん剥いた女の子。その傍らで流れについていけない老人。それらを見ている観客たち。
あまりにも摩訶不思議な空気となったところで、しかめ面の王がわざとらしい足音を鳴らしながら歩み出てくる。
「メリナ、お前は少し休むといい」
自身が羽織っていたマントでメリナを包み込んであげると、呆れたような表情であたしを睨みつけてきた。
げっ!? これ、あたしも疑われるパターンか!? 勘弁してよ! と内心で焦っていたのも束の間、王様が大きな溜息を吐いた。
「どうしてお前が召喚されたのかは分からんが、魔獣がこの王宮に召喚されなくて良かった」
およ? これは疑われていないパターンか? そうだと嬉しいんだけど……でも、ここで何か喋れば言い訳がましく聞こえちゃうかもだから、黙っているのが正解かな?
「それもこれもお前のおかげだというのは分かっている。そう心配そうな顔をするな」
それから王は厳しい視線をゲートルへと向けた。
「ゲートル。先ほど、双頭蛇はどうした、と言っていたな?」
「これはなんじゃ!? 何が起こっている! 我が魔獣が召喚されるはずじゃった! だのに! 現れたのはこんな妙ちくりんな小娘ではないか!」
「そういきりたつな。今から俺が説明してやる」
「なんじゃと!? 何を知っておる! ま、まさか! 転送の魔法陣を書き換えたとでも言うのか!?」
「いや、そうではない。お前が召喚しようとしていた双頭蛇は、そこにいるモカの手によって討伐されている」
いや、討伐してないです。
おかしくなった原因を取り除いたら懐かれて、多分元気に過ごしているはずです。
心の中でそうツッコむ。
王のその言葉に、ゲートルは目を見開き、ワナワナと体を震わせる。いや、ゲートルだけではない。話を聞いていた貴族たちも同じように驚き、ガヤガヤとうるさくなり始めた。
「ここにいる我が臣下たちよ! 心配などしなくて良い! ここ数ヶ月、西の山に異変を齎していた魔獣はここにいる剣士、モカが倒した! それによって異変はなくなり、山は日常を取り戻したと、冒険者ギルドから報告が上がっている!」
凛として良く通る声は安心感を齎し、貴族たちは安堵の溜息を吐いた。だが、その言葉を未だ認められないゲートルは激昂しながら、王に詰め寄る。
「あり得ん! あり得んぞ! そんなことは絶対にあり得ん! あの双頭蛇が! こんな小娘に負けるはずがないんじゃ! あの蛇を躾けるのにどれほど苦労したか分かっておるのか! 人間への憎悪を芽生えさせるために何度も何度も執拗に痛めつけ、傷つけ、支配したのじゃ! そのための『支配杭』じゃ! そんな剣ごときに壊せるはずがないッ!」
「そんなに言うなら、自分の目で確認したらいいじゃん! ほら、見せてあげるよ!」
あたしはアイテムボックスを開き、中から斬り伏せた『支配杭』の残骸を取り出し、ゲートルの前に放り投げる。
ボロボロと崩れていく残骸がゲートルの前に落ちると、ガシャガシャと耳障りな音と共に転がり、その破片がゲートルの足にぶつかった。
「ば、馬鹿な………ありえん……こんな、こんなことが……」
ゲートルは静かに崩れ落ちる。
その姿は年相応に小さく、本当に枯れ果てた老木のようだった。
これにてゲートルさんとの戦闘(?)は終了です。
めちゃくちゃになった誕生祭は一体どうなるのか!?
そして、衆人環視の前で半裸にひん剥かれたメリナの明日はどっちだ!?




