109、支配の鍵と杭
黒いローブを纏った謎の人物こと元王宮士官の老人、ゲートル。
その肉体は枯れ木か流木と言っても過言ではないのだが、特筆すべきはその皮膚だ。彼の皮膚は様々な魔獣のそれを貼り付け縫い付け、おおよそ人としての割合は約2割、と言ったところか。
そして、どうやらゲートルは自身に移植した魔獣の皮膚から、その魔獣の特性ともいうべき力を得ているようで、恐らくこの場にいる騎士たちでは太刀打ちが出来ないだろう。
とは言え、あくまで魔獣の皮膚から得られるのは守りや自身の強化といった受動的な能力であり、攻撃に関してはゲートル自身が行わなくてはならない。
だというのにゲートルは攻撃魔法を使うことをせずに、自身の持つ杖の形状を変化させただけ。
メリナを始めとする騎士たちは、その黒い鍵のような杖に目を奪われ、あるいはその杖から感じる異様な雰囲気や生理的な嫌悪感に顔をしかめている。
「嘘でしょ……あの黒い鍵、って……」
そんな中で、あたしだけはみんなと違う驚きに目を見開き、息を呑んでいた。
「モカ様? どうなさいました?」
あたしの驚きを如実に感じ取ったのか、ミーナさんが顔を覗き込みながら心配そうにそう言ってきたけど、あたしは答えることが出来ない。
「あれって……山にいた双頭蛇の頭に突き刺さってたやつ、だよね?」
頭の中には、記憶に新しいあの西の山での出来事がフラッシュバックしている。
確か……王都に来た時に、グレイグさんたち『黒金の雷雨』のみんなから教えてもらったんだよね?
西の山に異変が起きていて、色々と王都の雰囲気が悪い、と。
その後、『黒金の雷雨』のみんなとメルツェナさんと共に西の山に入った。
メルツェナさんが受けた依頼を合同で受注した形だったけど、西の山の異変の原因であった双頭蛇を見つけ、その額に刺さる黒い鍵のような杭を破壊したんだよね。
その結果、蛇さんはなんか大人しくなってあたしに懐いてくれた訳なんだけど……控えめに見てもおじいちゃんが持っている杖はその双頭蛇の額に刺さっていたものと瓜二つだ。
ともすれば、アレは大いに危険なものだ。
「そう言うことだったんだね……」
ゲートルと王様のやり取りを思い出す。
『我が研究が完成すれば、魔獣はもう脅威では無くなる』
『魔獣を支配し、周辺諸国を蹂躙すれば、すぐにでも世界へ覇を唱えられる』
この言葉が示すのが、あの黒い鍵のような杭だった、というわけだ。
きっと、その杭を突き刺した魔獣を支配し、自由に操れる魔法……いや、魔道具なのかな? とにかく、そういう類のもので間違いない。
双頭蛇の頭に刺さっていたものから伸びていた黒いモヤが様々な魔獣に繋がっていたことを考えると、双頭蛇に刺さっていたのは、今ゲートルが持つ杖の複製品か、子機のようなものだろう。
「あの杖が親機で、支配した魔獣たちを自由に操るための指揮棒って感じかな?」
そうだとすれば、あの杖に出来るのは黒い鍵のような杭が刺さった魔獣への指示くらいだと思うけど……それをここで出した、ってことは、それ以外にも何か能力があると見て間違いないね。
でも、もう意味ないの知らないのかな?
双頭蛇の頭に刺さってた杭は、もうあたしが斬り伏せて壊してあるし、なんならその残骸があたしのアイテムボックスに入ったままだ。
それを知ってか知らずか、ゲートルは黒い鍵の杖を掲げ、声高らかにその杖の力を語り始める。
「この杖こそ、我が積年の研究の集大成にして、最高傑作、最終到達点じゃ! 名を『支配鍵』という! この杖と対になる『支配杭』を突き刺した魔獣を意のままに操ることが出来るのじゃ!」
あぁ、やっぱりそう言うことか。答え合わせありがとうございます。
それにしても、今そう言う話をするって事は、攻撃手段は魔獣ってことになると思うんだけど、もしかして呼び寄せるんじゃなくて喚び出すのかな?
「我が研究の果てに生み出された魔獣支配魔法により、西の山の双頭蛇を始めとする魔獣は既にワシの支配下にある! 魔獣の軍勢が、王都を蹂躙するのじゃ! 王都は滅び、然るのち、我が手によって生まれ変わる! 世界に覇を唱える魔獣の国としてなぁッ!」
既にゲートルの顔に理性など残ってはいない。
血走った瞳、興奮して浮き出た血管、愉悦によって半開きになった口元からは涎とも体液ともつかない粘ついた液体が滴っている。
何と言うか、移植系の話で良くある、意識が乗っ取られる……みたいな感じに見えるのは気のせいだろうか?
「フェッフェッフェ! では見せてやろう! 我が支配によって、殺戮の王となった魔獣を! 遠隔召喚陣起動!」
ゲートルの話に呆気を取られていたメリナたち騎士がハッと我に返ると、騎士たちは一斉にメリナを見た。
規律や規範が行き届いた良い騎士たちなのだろうけど、こういう場合においてはそれが足を引っ張る形となるのはいただけない。
「……はっ!? いかん! 止めろ! 詠唱をさせるな! こんな所に魔獣を召喚されては大事だぞ!」
メリナの焦燥感溢れる怒号に、騎士たちは一斉に飛び出して、ゲートルを捕らえようとした。
ある騎士は杖に魔力を纏わせて剣にし、ある騎士は杖から幾つもの魔力弾を撃ち出し、またある騎士は土の鎖でゲートルを捕えようとした。
焦っていた事もあるのだろうが、全員が自分の得意とする魔法で飛び出したためにそれらは全て徒労に終わる。
「第1から第5までの召喚手順を省略……フェッフェ、もう忘れたのか? ワシに魔法は通じんよ。召喚起点を支配鍵に変更……召喚対象を支配杭に変更……」
おじいちゃんに対し、魔法での攻撃を続ける騎士たちと、徒手空拳による攻撃をする騎士に分かれたのだが、いかんせん魔法攻撃が格闘戦を行う騎士たちの邪魔になっている。
だから戦いにおいては冷静さが必要なんだよね。
焦ったりパニックになれば、それだけで視野も思考も狭くなってしまうから。
そのせいでゲートルが少し位置取りを変えるだけでフレンドリーファイアが起きてしまう。
しかもゲートル自身の身体能力も高く、ただ回避に転じているので、捕まえることが出来ない。その間にもゲートルの詠唱は止まらない。
「来たれ廻る風の旅人よ! 旅の扉には我が糧を、旅の道程には我が憂いを、旅の終着には我が骸を! 木の葉を運ぶ古き風よ、芽吹きの種を飛ばす新しき風よ! 我が元に、汝の齎す恵みを与え給え!」
「させるかぁぁぁぁああああああああああああああああ!」
騎士たちが攻撃を続ける中、メリナだけはその場で魔力の収束を行っていた。
あたしと戦った時よりも巨大な魔力球が白銀の輝きを放ち、今にも暴発しそうなほどに脈動している。
それを見た騎士たちは、巻き込まれまいと一目散にその場から離脱をしていた。
「『聖天輝く終焉の極光』」
ゲートルが詠唱を完成させるより早く、メリナが杖を振り下ろす。
きっとメリナは極光が持つ怒涛の熱量をそのままぶつける気だ。
あの老人を蒸発させるほどのエネルギーであれば、魔法無効化の力を持つ蛇の鱗であってもその閾値を超えるかも知れない。
でもこれは分の悪い賭けだ。
「消え失せろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」
放たれた極光がゲートルの体を飲み込み、そのまま会場の壁をぶち抜く。
収束された光の一点照射により、人的被害は皆無と言っていい。ただ王城の堅牢な壁が撃ち抜かれたくらいか。
しかしながら、ゲートルは無事だった。無傷とはまではいかないが、メリナの放った攻撃を防ぎ切ったとはいえ、ほぼ死に体といったような状態である。
メリナは賭けに負けたのだ。
「フェッフェッフェ……危ないところじゃったが、ワシの勝ちのようじゃ。遠距離転送陣、起動!」
ゲートルの足元に、黒い魔法陣が現れる。
「来い、我が下僕!」
そして、黒い稲妻が弾ける魔法陣から召喚されたのは――
「………え? あたし?」
――チャイナドレスを身に纏った可愛らしい少女、モカであった。
西の山のワイバーンや双頭蛇をおかしくさせていたのは、このゲートルさんでした。
そして、ゲートルさんが呼び出したのはその双頭蛇……のはずが、何故かモカが召喚されてしまいました。




