108、異形と異様
乱入者を捕らえよ。
その王命に従い、騎士たちは動く。
「老人とは言え、かつて城で仕えた魔法使いだ! 油断するな!」
メリナも張り切っている。
あたしと戦っていた時に使っていた杖ではなく別の短杖を顔の近くで構え、ジリジリとその距離を詰めていく。
構えだけ見ると、あの有名な殺し屋のものに似ている。カーシステム、だっけ? あれって杖でも有効なのかな?
「これが最後通牒だ。大人しく捕まれ」
「フェッフェ……断る。我が復讐を邪魔するのであれば、女とて容赦はせぬぞ?」
「フッ、女だからと見くびらないでもらおう……撃てッ!」
メリナの号令により、騎士たちの杖から魔力が撃ち出される。色とりどりの光球がゲートルに殺到するが、光球は目標に当たる前に霧散していく。
「なッ!? 魔力が打ち消されているだと!? 防御魔法か!」
「ワシが何の準備もなく、この場に現れるわけがなかろう」
「ならば! その防御の上から落としてくれる!」
メリナの構えた杖から白銀のレーザーが予備動作もなく放たれる。
拡散も威力減衰もせずに繰り出された魔法は、そのままゲートルを貫くはずだったが、やはり当たる前に霧散した。
「フェッフェッフェ、無駄じゃよ。お前たちのような低俗な魔法使いに、ワシを捕らえることはできん」
「低俗だとぉッ! その口を閉じろ、罪人ッ!」
そんな安い挑発にも見事に引っかかってくれるメリナが少し心配になってくる。勝負の場で冷静さを失えばどうなるのかなんて、考えなくても分かるのに。
激昂したメリナは、そのまま攻撃を続ける。
周りの騎士たちも魔力弾を撃ち続けるが、どうしてもゲートルに当てることは出来ない。
「卑怯だぞ! そのような防御魔法で身を守るなど!」
「では、1人相手に多数が攻撃をするのは卑怯ではないのか?」
攻撃が当たらないことに苛立つメリナだが、流石に今のはこのおじいちゃんの言う通りだね。
戦いに卑怯もクソもない。使えるものは何でも使って勝利をもぎ取る。それが戦いだ。多分、このおじいちゃんは、今この瞬間のためにかなりの労力を使ったんだと思う。
「それに、お前たちは何か勘違いをしているようじゃが、これは魔法ではない」
そう言って、ゲートルは遂にローブを脱ぎ捨てる。
ストンとローブが床に落ちると、その姿に騎士たちは愕然とした。
「な、なん、なんなのだ、その体は……」
上は何も着ていない上裸で、下はゆったりとしたニッカポッカのようなズボン。
そして、晒された上半身は枯れ木のような細さではあるのだが、おぞましいのはそこではない。
ゲートルの体の至る所に、人間の皮膚ではないものが縫い付けられていたのだ。
見た目でしか判断出来ないが、それら皮膚は蛇や魚から始まり、毛皮や昆虫のようなツルツルとしたものまで、多岐に渡る。
まさに異形にして異様。
おおよそ人の所業ではないのだろうが、そこまでする理由がこのおじいちゃんにはあった、ってことでもある。
「魔法を打ち消しているのはかの有名な魔法殺し、ヒュドラ・ザ・マナロードの鱗じゃ! そして、エルダートレントの木皮により、霧散した周囲の魔力は我が内へと吸収される。その魔力によってスティング・ビートルとバイト・アントの甲殻がワシをより強固にするのじゃ!」
上半身に人間の名残は少ない。
この感じだと下半身も魔獣の素材を縫い付けているんだと思う。
とりわけ、魔法を打ち消してしまう皮膚を縫い付けているなんて、魔法使いの天敵ではなかろうか?
魔法を無効化出来るのであれば、恐らくほとんどの敵を完封させることが出来るはずだ。ただ、どこまで魔法が無効化出来るかが分からないから何とも言えない。
例えば、身体強化魔法を無効化出来ないなら、強化された肉体から放たれるパンチやキックなどで致命傷を負うことに……って、だから昆虫の甲殻で肉体の強度を上げたのか。
と言うことはバフ系は無効化出来ないとみた。
それで言えば、きっと自身に向かって放たれた魔法を無効化するだけ、って事になるよね?
腕を組んでムムムと唸りながら眉間に皺を寄せたあたしに、ミーナさんが不思議そうに小首を傾げた。
「どうなされたのですか?」
「いや、どうやって倒そうかと」
「戦うおつもりですか!?」
「え? ダメ?」
「モカ様がお強いのは先の決闘を見て知っていますが……勝てるのですか?」
「勝てるよ? でも、どうやって勝つかが問題なの」
それだけ言えば、賢いミーナさんなら意図を汲んでくれるはずだ。
だからミーナさんは、ほんの少しだけ思案顔をしてから、パッと理解の表情を浮かべた。
「なるほど。確かにメリナ様からすれば要らぬ手助けに烈火の如くお怒りになりそうです」
「しかも、2回もあたしに負けてるからね。下手したら顔に塗った泥をさらに全身に塗り広げるようなものでしょ? だから、あんまり波風立てずに、どうにかしたいわけ」
「それは……些か無理難題が過ぎるのでは?」
「でしょ? だから困ってるわけ。はぁ……都合良く、みんなが気絶してくれないかなぁ」
あたしのボヤきに、ミーナさんは可愛らしい微苦笑を浮かべた。
そんなやり取りをしている最中に、ゲートルと対峙していたメリナは何故か勝ち誇ったように笑い始める。
「いくら魔法を無効化しようと、いくら守りを固めようと、貴様には攻撃手段がないではないか! 我ら騎士の甲冑には攻撃魔法を軽減する力が付与されている! 並大抵の魔法では我ら騎士は膝をつかぬ! それとも、その縫い付けられた皮膚で攻撃が出来るのか? 牙や爪があるようには見えないが?」
メリナっては煽り耐性も煽られ耐性も弱いよね。あと、フラグ建てるのがうまそう。一級フラグ建築士の称号をあげちゃおう。
そして、当たり前というか当然というか、ゲートルは失笑して、大きく腕を掲げて見せる。
「お主はいったい何を聞いておったんじゃ……その耳は飾りか? それとも単に記憶力がないのか?」
「何だとッ!」
「言ったじゃろ。ワシが何の準備もなく、この場に現れるわけがないと。そして、それはこの皮膚の話に限ったことではないわッ!」
ゲートルが掲げた手を顔の前で静かに合わせる。
バチバチと黒い稲妻が奔り、ゲートルの隣に浮いていた杖の自転が早くなった。
そのまま杖の回転が高速となり、黒い稲妻を吸収し始めると、杖はその形を変える。
それはもはや杖ではなく、巨大な黒い鍵だ。
ゲートルはそれを手に取ると、メリナへと突きつけた。
「我が研究の到達点を見るが良い!」
不敵な笑みを浮かべたゲートルを、騎士たちは緊張感を持った表情で睨みつける。
「嘘でしょ……あの黒い鍵、って……」
そんな中、あたしだけは大きく目を見開いて、おじいちゃんの持つ黒い鍵をジッと見つめていた。
この世界の医療や医術はあまり進歩していません。
回復魔法に頼りきりです。
例え足が千切れようとも魔法1つで元通りになるので、まぁ、それに頼りますよね。
なので、火傷で皮膚を失っても皮膚を移植する……なんて事もありません。
ですが、このゲートルは違います。
いくつかの魔獣の皮膚が持つ再生能力に目を付け、それを人に移植したら、回復魔法を使わなくても再生する超人が出来上がる、と本気で思って研究していました。
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