107、必要ない
予約投稿です
わいわいガヤガヤと食事と歓談に花を咲かせていた会場の大扉が開いた時、その脇に控えていた騎士は、料理の追加が運び込まれてきたのだと思っていた。
だというのに、入ってきたのは黒いローブを身に纏い、深々とフードを被った謎の人物である。
歩行の補助も兼ねた大杖を突きながら、開け放たれた大扉の勢いとは真逆で、ゆっくりと会場に足を踏み入れた。
しかしその人物は料理の乗ったトレイを持っていたり、カートを押しているわけでもない。
その様子を訝しんだ騎士は反対側の騎士に話しかける。
「おい、何か聞いてるか?」
「いや、何も聞いていないぞ?」
そのやり取りに、足を止めた謎の黒ローブは何も持たない左手を掲げると、妙なことが起きた。
「「なッ!?」」
謎の黒ローブの左手の動きと連動して、騎士たちの体が浮いたのだ。そして、そのまま黒ローブは乱雑に腕を振るうと、騎士たちは抵抗も出来ずにそのまま開け放たれた大扉に勢いよく叩き付けられる。
気を失った騎士たちが床に落ち、ぐったりとして動かない。
その一連の流れを見ていた入り口近くの給仕や、宝石を自慢していた貴族の女性が、お手本のように綺麗な叫び声を上げた。
「きゃぁああああああああああああッッッッ!」
だが、そのおかげで謎の黒ローブは、僅か数秒とは言え混乱に固まった会場で、自由に動ける時間を得る。
そして、その時間で謎のローブは大杖から手を離し、両手を大きく広げた。
大杖は倒れる事なく、ゆっくりとその場に浮いて留まっており、緩やかに自転を始める。
そのまま黒ローブが大仰な動作で両手を振り下ろすと、会場にある全ての窓に黒いモヤのような帳が覆った。
さらに大扉を含む全ての扉がひとりでに閉まり、同じように黒いモヤによる帳が覆う。もちろん、秘密の通路や王族用の脱出路に至る扉も全て、だ。
この時点で、会場に配置された騎士や訓練された戦闘メイドたちが謎の黒ローブの元へ集結しており、全員が杖を抜き、黒ローブを取り囲んでいた。
それと並行して、訓練されたメイドたちは貴族たちを会場の奥へと避難させていて、不測の事態に備えている。
「招待状を持っているようには見えないが……顔を見せよ!」
謎の人物を取り囲む騎士の中にメリナもいて、冷たい目付きで杖を突きつけていた。
「少しでもおかしな真似をすれば、我らは一斉に攻撃をするぞ。分かったら、ゆっくりとローブを脱げ」
良く通るメリナの声を聞きながら、貴族たちに揉みくちゃにされたあたしは、良く見える位置に移動する。
「モカ様、こちらへ」
ミーナさんに腕を引かれたと思ったら、見やすい位置まで連れていかれた。
おぉ、ここからなら見やすいね。それにしても、あの黒いローブの人、誰なんだろ?
「ミーナさん、知ってる?」
「まだ顔が見えないので何とも言えませんね……あ、フードを脱ぎますよ」
謎の黒ローブの人物はローブに手を掛けて、後ろに振り払う。
そしてその顔が白日の下に晒された。
パッと見た印象としてはハゲタカのような老人、である。
ボサボサでゴワゴワな白髪、ツルツルの頭頂部、痩せこけた顔に鉤鼻、窪んで飛び出ているように見える目、そして、深い苦悩を表すように刻まれた皺の数々。
齢にして80を超えているような見た目だ。
「あの方は……前王の時代に王宮に勤めていた魔法使い、だと記憶しております」
「前王? 今の王様の前だから……王様のお父さんってこと?」
「そうです。私が後宮付きになった年に、現王陛下が解雇しました。近くで見ておりましたので良く覚えております」
ふーん、なるほどね。ってことは、まぁ……順当に考えれば不当解雇に異議を唱えに来た、って感じかな? 理由は何でも良いんだけど、そういうのは2人きりでやってくれないかな? 巻き込まれたこっちの身にもなって欲しいんだけど。
「そんな人がどうしてここにいるの?」
「理由は分かりかねますが……あまり良い理由でないのは確かですね」
「まぁ、メリナたちが何とかしてくれるでしょ」
と、あたしは何も考えずにフラグを立ててしまった。
「名乗れ!」
劈くようなメリナの声に、ハゲタカのような老人は、やはり老人のように笑った。
「フェッフェッフェ……最近の若者は、老人に敬意を示そうともせんのか……嘆かわしいもんじゃな」
「おい! 勝手に喋るな! 聞かれたことだけに答えろ!」
おーおー、カリカリしてるな、メリナ。あんまり怒ると皺が増えちゃうよ?
「ワシのことを知る者は少なくなりましたなぁ、陛下。悲しいことですじゃ」
「久しいな、ゲートル。招待状を送った覚えはないが、祝いに駆けつけてくれたのか?」
「陛下! このような老人に声をかける必要はありません! この賊は招待状も持たず誕生祭に現れ、騎士を害したのです! 我々が捕縛いたします!」
無視されて王様と話し始めたのが気に食わないメリナは、ゲートルと呼ばれた老人と王の間に立ち、その視線を遮った。
「ゲートルとやら! 貴様は何者で、何故ここへ来た! 返答次第では捕縛ではなく殺害を前提とすることになるぞ」
隙なく杖を構えるメリナの肩に手を置いた王が、グイッとメリナを横へ動かす。
その行動に驚いてたたらを踏んだメリナは、すぐに体勢を整えて、すぐに動けるように王の隣に並ぶ。
「ゲートル。お前がここに来た理由は知らぬが、ここにお前の居場所はもうないのだ」
「フェッフェ。陛下、ワシを追放して、さぞや気持ちが良かったことでしょう。戦争もなく、小競り合いもない平和な時代に、ワシらのような兵器開発者は不要ですからなぁ……金食い虫を処分して浮いた金で贅沢三昧とは……恐れ入りますじゃ」
「貴様ァァァァァァ!」
そんな言葉を聞いて、メリナの顔が真っ赤に染まり、杖の先に光を収束させ始めた。
なんか……瞬間湯沸かし器みたいだね、メリナって。
あんなしょうもない煽りでこうなるなんて、配信者には向かないよね絶対。
そんなメリナを制した王は、一言だけ告げる。
「下がれ、メリナ」
「しかし!」
「2度の願いを俺に言わせたいのか?」
それは、今までに話してきた王様の印象とはかけ離れた、酷く冷たく、遠雷のような声だった。
「も、申し訳ありません」
メリナは見てわかるくらいにシュンと項垂れて、そのまま下がる。
「ゲートル。お前の最後の言葉を俺は今でも覚えているぞ。『研究が完成すれば、魔獣はもう脅威では無くなる』と言ったな」
「えぇ、言いましたとも」
なんだか、それだけ聞けば魔獣による被害が無くなる、みたいなニュアンスを感じ取れるけど、そうじゃないんだろうなぁ。
「ねぇミーナさん? あの人が何をやっていたのか知ってる?」
「いえ、寡聞にして存じません」
「そっか……」
まぁ、詳しい話はあの2人のやり取りを聞いていれば分かるだろう。
そう思って、あたしは2人のやり取りに集中した。
「さらにこう続けたな。『魔獣を支配し、周辺諸国を蹂躙すれば、すぐにでも世界へ覇を唱えられる』と」
「それも、覚えておりますよ」
ニタニタと愉悦に満ちた笑顔を貼り付けたゲートルに、王は溜息混じりの一言を投げ掛ける。
「……それの、どこに未来があると言うのだ?」
問われたゲートルの表情は一変し、正しく鬼の形相となって浮いていた杖を手に取り、ガンガンと床に打ちつけた。
「武による統治! それこそが前王陛下の夢だったはずじゃ! それこそ誉れあるコルベスの未来じゃ!」
「そうか……ならば、やはり……」
王は残念そうに肩を竦める。
「俺の統治に、お前は必要ない」
その一言が、戦いの始まりであった。
新キャララッシュですが、ゲートルさんはこの章だけの登場です、多分。
このゲートルさんは、魔法の研究者として前王にスカウトされた人物です。
専攻は魔獣の研究と魔獣が使う魔法などの兵器転用。
そして、テイマーと魔獣の関係性から、全ての魔獣はテイム魔法があれば支配出来るという考えに辿り着きました。




