106、鬼人族のメイドさん
王様が提示した褒美は、まさかのものだった。
「天剣の……情報?」
思わぬ流れに、あたしは跳ね上げるように顔を上げて、王様を見上げる。
「そうだ。お前は天剣を探しているのだろう?」
それはそうだけど……どこでその情報を? あたし、こっちに来てから誰にもその話をしてないはずなんだけど?
「そう不思議そうな顔をするな。仮にも俺はこの国の王だぞ? 俺が知りたいと言えば、すぐに分かるのだ」
自慢気に話してるけど、それってプライバシーの侵害じゃない? あぁ、でも異世界にそれを求めるのも酷な話か。
っていうか、密偵とか諜報員みたいなのがそこら中にいるって事だよね?
うん、他意はないけど、もう少し普段の生活や言動を改めるとするか、他意は無いけどね。
「で? どうだ? この褒美では不満か?」
「いえ、それで良いです」
考えるのが面倒になったわけじゃ無いけど、これ以上考えても欲しい褒美なんて思い浮かばないから、あたしは頷いた。
「よし、では立つが良い。改めて2人とも、大義であった」
王の言葉に、貴族たちから拍手が巻き起こると、すぐに王はそれを制する。
一瞬で静かになった会場で、王はよく通る声で呼びかけた。
「では、晩餐会を始めよう」
その一声で、それまで空気だったオーケストラが穏やかで落ち着きのあるクラシックのような音楽を奏で始め、給仕たちも水を得た魚のように活発に動き回り、ものの数分で豪華な晩餐会の会場が整えられる。
見たことないような長い机に敷かれた、これまた見た事ないような綺麗で手触りの良いクロスの上には、豪華な料理が次々に運び込まれては並べられていく。
どうやらバイキング形式のようだが、どの机にも必ずメイドさんが整列しており、貴族たちは自分の食べたいものをメイドに注文して取り分けてもらっていた。しかも魚の骨を取ってもらったり、パンに乗せたチーズを炙ってもらったり、食べやすいサイズに切ってもらったりしている所を見るに、これが普通のサービスなんだろう。
にしても見たこともないご飯ばっかりだ。
動いたばっかりだからお腹が空いて仕方ないから、がっつりとご飯を食べたいね。
そうなるとやっぱりお肉かな?
ウロウロしながら料理を見ていると、ナイスバディなメイドさんの1人と目が合い、ニコリと微笑まれた。
焼き立てのパンのように綺麗な焦茶色のショートボブで背の高い女性だ。しっかりと背筋が伸びていてキリリっとした印象があるんだけど、何よりも目を引くのはその額から生える2本の角だ。
そう言えば、こっちの世界に来て出会った亜人と言えば、ドワーフのオルゲンさんとエルダードワーフのベルムッドさんくらいだな。やっぱりドワーフ以外の亜人もいるんだね。
アレク爺さんからはエルフの話を聞いているから、エルフもいるんだろうけど……まだ出会ってない、と思う。
「鬼人族を見るのは初めてですか?」
話しかけられてしまった。
ジロジロ見たつもりは無いけど、やっぱりそういう視線はすぐに気付かれちゃうよね。
「す、すみません、不躾でした」
「いえ、お気になさらず。慣れておりますので」
優雅な所作で頭を下げてくれる鬼のメイドさん。
だけど、慣れているからといって、そういう視線を向けられれば誰だって嫌な思いをするものだ。
「慣れているからって、それに鈍感になっちゃダメですよ」
まさかあたしからそんな事を言われると思っていなかったのか、メイドさんはポカンとした顔をした後、くすりと可憐な笑みを溢した。
「そう言っていただけるのは嬉しいです。私は後宮付きメイドのミーナと申します。お申し付け頂ければ、何でもお取りいたしますよ?」
いつの間にか手に取っていたトングをカチカチと鳴らす、少しお茶目なメイドさんにあたしも笑みを溢して肉料理を指差す。
「じゃあお肉! ご飯前の良い運動をしたんで、お腹ペコペコなんです」
「畏まりました。お待ちください」
そう言ってミーナさんはいくつかの肉料理をバランスよくお皿に取り、彩りの野菜を添え、ソースをかけ、最後に1口大に切られたフルーツを乗せてくれる。
「どうぞ」
差し出されたお皿には、男の子だったら手放しで喜びそうなくらいたくさんのお肉が乗っていた。
こんがり焼かれたものから、ミディアムレアなもの、そしてじっくりと煮込まれてトロトロになったものまで、多種多様なお肉が夢の共演をしている。
そしてその脇には野菜とフルーツがあって完璧だ。
「ありがとうございます」
お皿を受け取り、テーブルの上のカトラリーボックスからフォークを手にして、そのままお肉に齧り付く。
「ところでモカ様?」
「ふぁい? なんれふ?」
もぐもぐと口いっぱいに頬張ったお肉を咀嚼して飲み込む。
流石は王様の誕生日会。お肉が美味い。
こっちのお肉も楽しみだ。どれどれ、このトロトロのお肉はどんなお味かなぁ?
と、あたしがトロトロプルプルのお肉を頬張った瞬間に、ミーナさんの爆弾発言が炸裂した。
「王の第二夫人にご興味はありませんか?」
「ぶふぉっ!? ん、ゴホッ!? ゲホッ、ゲホッ! ちょ、ちょっと! いきなりなんて話するんですか!?」
あーあ、お肉吹き出しちゃった。もったいない……ってそうじゃない!
「第二夫人!? あたしが!? いやいやいや! ないです! あり得ないですよ! 興味ないです!」
「そうですか。もしご興味がありましたらご連絡くださいね」
そんな素敵な笑顔で話す内容じゃないでしょ……ほら、周りの貴族の人たちがすごい顔してこっち見てるじゃん。
「うふふ、申し訳ありません。モカ様の反応が可愛くてつい……ほら、お口の周りが汚れておりますよ」
どこからともなく取り出したハンカチで口の周りを拭かれながら、あたしはジトッとミーナさんを睨みつける。
「そんな怖い顔をしていてはいけませんよ?」
「誰のせいだと思っているんですか、全く」
プンスカ怒りながら、皿に残るお肉を頬張る。
「ところでモカ様?」
また来た。
この入り方は碌な事にならないのは今学んだばかりだ。
「………」
だからあたしは敢えて返事をしない。
「そちらのドレスはどこか違う国のものですか?」
「………」
「メリナ様との決闘で汚れてしまったり、穴が空いたり、糸がほつれていたりしますけれど……」
「………」
「先ほどから、多くの殿方がモカ様の脚線美に見惚れておりますよ?」
あたしはバッと皿から顔を上げて周囲を見渡す。
すると、何人もの貴族の男がすごい勢いで顔を背け、素知らぬ顔で皿を突いたり、仲間内での会話を始めた。
「し、知ってたなら早く教えてくださいよ!」
あたしは顔が真っ赤になっているのを自覚しながら澄まし顔のミーナさんに詰め寄る。
「決闘中に色々と動き回っておられた時に、色々と丸見えになっておりましたので、そういう趣味をお持ちなのかと……」
「んなわけないでしょ! えっ!? ってか、み、みえ、見えて、た? う、嘘でしょ!? あたしのパンツ、見えてたの!?」
「えぇ、それはもうバッチリと」
「な、なん……なんて、こった……あ、あはは、お、終わりだ……もう、終わったんだ……」
乾いた笑みのまま、あたしは壊れたロボットのようにその場にズルズルと崩れ落ちた。
最悪だ……あたしの人生はもう終わりだ。
こんな公衆の面前で下着を見せながら戦っていたなんて……あっ、そうだ。ここにいる全員を1人残らず斬れば目撃者はいなくなるよね。
そうだ、それでいこう。
あたしのパンツを見た者死すべし、慈悲は無し!
そう思ってアイテムボックスから再び【理切】を抜き放とうとした時である。
バタンッ! と勢いよく会場の大扉が開かれ、黒いローブを身に纏い、深々とフードを被った謎の人物がゆっくりと入ってきた。
鬼人族メイドのミーナさん、初登場です。
綺麗でナイスバディで時折可愛らしい一面を見せる素敵なお姉さん。(年齢非公開)
後宮付きということで、王妃様のお世話係をしています。
今日は王宮メイドのお手伝いのついでに、王妃様から第二夫人候補を探してくるように、と密命を受けていました。




