105、褒美
どうしてこのような事になったのだ。
澄まし顔をしながらも、俺の頭の中はぐちゃぐちゃと考えが巡っていた。
頭を抱えなかった自分を褒めてほしい……いや、あとで我が愛する妻によしよししてもらおう。うん、そうしよう。
などと考えてから、改めて、自分の騎士であるメリナと、ただの冒険者であるモカが決闘するに至った原因に考えを飛ばす。
事の発端は3日前。
キャリオークに入れ知恵をしたという冒険者、この時代には珍しい剣を使う少女、そんな少女に興味を持った俺は、キャリオークに「会ってみたい」と言った。もちろんキャリオークは渋ったが、一応俺はこの国の王だからな。無理矢理命令してやり、招待状も渡した。
が、その場にメリナがいた事が問題だったのだろうな。
メリナは、俺が興味を示したその冒険者を見定めるとか言ってキャリオークについて行った。
執務を終わらせる頃には帰ってくるだろうと思っていたが、その日、メリナは帰って来ず、姿を見せたのは翌日の事だった。
そこで何があったのかを聞けば、卑怯な手で負けた。あんな野蛮な者を城に入れるなど自分は反対だ、と烈火の如き怒りと共に熱弁をしてきたのだが、逆にそれは俺の中のモカへの興味をさらに引き立てる事になる。
そして、さらにその翌日。
メリナは俺の考えを変えられないと知ると、誕生祭で彼女と決闘させてほしいと言ってきた。
次こそは勝ち、卑怯で下劣な野蛮人を這いつくばらせてやると大いに意気込んでいて、こうなったメリナはもう何を言っても聞いてくれない。
魔法の腕もそれ以外も、とてつもなく優秀な人材だが、どうにも選民思想のようなものがチラチラと顔を覗かせるのが唯一の欠点だ。
まぁ、これは彼女が、と言うよりサンメイル家を含む一部の貴族の特徴だな。
とまぁ、そういう流れを経て、今回のメリナとモカの決闘が成ったわけだが、流石に国内最強とまで言われたメリナを打ち負かすとは微塵も思わなかった。
しかも、潔く負けを認めるなんて、それこそ欠片も感じなかったのだが……これを機に、少しでも自分を見つめ直してくれると嬉しいんだがなぁ。
「どうされたのです、陛下」
「ん? 何でも無い」
俺の傍で、何事も無かったかのように振る舞うメリナを一瞥し、俺は気づかれないように溜息を吐いた。
はぁ、俺は今日の主役だぞ?
だと言うのに、どうしてお前らは俺ではなく、モカに群がっているのだ。
恨めしい視線を、人だかりの中心であたふたしている剣士の少女へ向ける。
見慣れぬ異国の蠱惑的なドレスは、先の決闘で所々に焦げ跡や穴が空いているのが見て取れるが、それでもそれが彼女の魅力にもなっているのを見れば、さらに不思議な少女だと感じる。
「なぁメリナ」
「はい」
「あの少女を貴族として遇すると言うのは有りだと思うか?」
「ご冗談を。アレが貴族として生きていけると、本気でお思いで?」
「だよなぁ……」
もう何度目になるかも分からない溜息は、誰にも気付かれることは無かった。
決闘を終えたあたしは一瞬で人だかりに囲まれてしまった。
しかも話しかけられる内容は3つしかない。
「仕える気は無いか?」
「ドレスはどこで買えるのか?」
「息子と結婚しないか?」
言葉遣いや言い回しは違えど、この3つがマシンガンのように飛んでくる。
しかも助けを求めようにも王様もメリナもあたしから距離を置いて、傍観しているし、キャリオーク子爵に至っては
「あのモカは私がグリザークで見出した凄腕の冒険者なのです! 彼女のおかげで魔獣のスタンピードは未然に防がれ、魔獣の素材によって領内はかつて無いほどに潤っているのです!」
とか何とか鼻の穴を膨らませながら自慢気に語っていた。
だからあたしは
「冒険者だし、夢があるので今はどこにも仕える気はありません」
「アースラーさんに作ってもらったので、詳しくはそっちに聞いてください」
「今はまだ誰とも結婚するつもりはないですので、丁重にお断りします」
だけで切り抜けた。
そして、それを繰り返していると、次の話題は貴族たちによる剣自慢が始まった。
「我が屋敷には、特注で作らせた水晶の剣が飾ってある」だの「先日、純金で大きな剣を作らせた」だの、おおよそ実用的ではない話ばかりを聞かされ、あたしのストレスは徐々に高まっていく。
剣を作らせる、と言うのは貴族にとって贅沢を表すステータスのようだ。
それもそうか。
無駄な物にお金を掛けられると言うことは、裕福な証拠でもある。
だけど、使われなくては意味が無い。
観賞用として産み出されたのが可哀想だと、どうしても思っちゃうんだよなぁ。
そんな乱雑した会場に、チリーンと鈴の音が響き渡る。
何事かと貴族たちが一斉に音の方へと振り返ると、そこにはガラス製のハンドベルを掲げて鳴らすメリナの姿があった。
「皆様、熱中するほどの決闘を見届けていただきまして、ありがとう存じます。式次第とは異なりますが、ここで陛下より、皆様にご挨拶を頂きたいと思います」
そう宣言し、1歩を下がったメリナに代わり、王が1歩を踏み出す。
「近年稀に見る良き戦いであった。我が騎士メリナ、そして冒険者モカ。2人に褒美を与える。望みを口にするがいい」
王様がそう言うと、恭しく跪いたメリナが慣用句のように言葉を口にした。
「私のような者が陛下より褒美を賜るなど――」
「配下の無欲は、時として主を不快にすると知れ、メリナ」
しかし、それを遮った王の言葉にメリナは口を閉じ、しばしの逡巡を経て、再び口を開いた。
「でしたら、この者に王城への入城許可証をお与えください」
「……は?」
思わずあたしの口から溢れた音に、メリナがギラっと睨みつけてくる。
「この者が王城へと来られるようになれば、いつでも戦う事が出来ます。先ほどの決闘では不甲斐ない結果となってしまいましたが、今度こそ、我が極光を届かせて見せましょう!」
ちょ、ちょいちょーい! どうしてそうなるの!? って言うかそれって、ただあたしにリベンジしたいだけでしょ!? あたしに何のメリットもないじゃん!?
「ほぅ、良かろう。後で用意させる」
いやいや、ちょっと待ってよ! え! 決定!? これ決定なの!? やだよ! なんでこんな面倒な奴の相手をしなくちゃいけないのよ!?
「ではモカよ。お前の望みを聞かせてもらおう。何でも良いぞ。金か? 地位か? それとも宝物庫にある剣か?」
っぐ、くっそぅ……どう足掻いても拒否権は無さそうだ……はぁ、仕方ない。メリナからの誘いは何かしら理由を付けて断ろう。
それにしても褒美か……そうだなぁ……お金も地位も別に興味ないけど、宝物庫の剣には惹かれるなぁ。
なんて考えていると、王はさらにぶっ込んできた。
「いや、お前にはそんな物よりも、さらに価値のある褒美があったな」
ん? なんだろ? もっと価値があるもの?
「我が王宮の図書館への立ち入りを許可しよう。そこなら、お前の探す天剣についての記述がある本があるやも知れぬ」
それは、あたしにとって喉から手が出るほどに欲しい褒美だった。
コルベス王は愛妻家です。
現在42歳で息子が2人、娘が1人います。
しかも、後妻がおらず、王妃ただ1人を真摯に愛しています。
が!
当の王妃は、政治的にも夜の営みの回数的にも、もう2人くらいは後妻を増やしてほしいと思っていて、最近は体がダルいし腰が痛いと、メイドたちに愚痴っています。




