11、山の主と戦う
時は過ぎ、ヘビくんを倒してから1ヶ月が経つ。
今日も今日とて森で魔獣狩りに勤しんでいるんだけど、今日の目的はリベンジだ。
相手はズバリ、最初のヘビくんを倒した翌日に運悪く出会ってしまった4つ腕の熊の魔獣。
あの時はまだレベルが4でスキルも充実しているとは言い難い状況だった。まぁ、今も全盛期から比べれば全然少ないけど、それでももうちょっと戦えると思ってたんだよね。
その結果、あたしは危うく右腕を失いかけた。
あまりにも強い膂力と、4メートルを超える巨体だと言うのに素早く、しかも4本の腕を自在に扱い、フェイントや時間差での攻撃を放ってきた。
「多分、クマさんのレベルはかなり高いと思うんだよね」
初撃を毛皮で受け止められるとは思っていなかったから、きっとレベルは20を超えているだろうし、ステータスもかなり高いと思う。
油断していたわけじゃないし、回避に関してはかなりの自信があったけど、それでもクマさんの方が1枚上手で、フェイントと時間差の爪攻撃で右腕を抉られてしまった。
掠っただけだと思っていたら、二の腕から小指の付け根あたりまで抉り取られていて、本当にビビったよね。
このままじゃ勝てない! って感じてからは脱兎の如き勢いで敗走した。
村に治癒の魔法が使える人がいて良かったよ。
でも、レモーネに見つかって大泣きされてしまったけど。
わんわん泣きながら「モカ、死んじゃやだよ〜っ!」って大声で叫ぶもんだから村中の人が集まってきて大変だったな。
その後、あの4つ腕クマさんが山の主だと聞いて納得したし、絶対に倒してやると意気込んだりもした。
間近な目標があれば頑張れるしね。
だから当面の目標はクマさんを倒すことに決め、そのために翌日からレベル上げのために山へと入り浸り、現時点であたしのレベルは12まで上がっている。
ステータスは
体力:20
魔力:10
持久力:50
筋力:20
耐久力:10
敏捷:50
幸運:20
というスタミナと敏捷優先の育成だ。
そして、スキルは戦闘系、運動系、魔法系と必要に応じてアクティブにしてある。
取り分け目を引くのは、スキルレベルの最大値である10まで上げた、かつてあたしを剣神たらしめたスキル『居合術』と『抜刀術』の存在だ。
この2つは同じ効果を持つ別名のスキルで、その効果は「抜刀した初撃に攻撃力上昇の大幅な補正が入る」と言うものだ。
これのおかげで、森での狩りはだいぶ楽になった。
そして昨夜、4つ腕クマさんの目撃情報を聞いたあたしはスキル構成の最終確認をしてからすぐに寝て、朝早くに起きて準備運動をして、朝ごはんを食べて意気揚々と山に向かおうとしたらレモーネに泣きつかれて、何とか彼女を宥めて山に入ったってわけ。
そして今、4つ腕クマさんの目撃情報があった場所まで来てみれば、あの時と何ら変わらない姿の山の主がいた。
焦茶に似た光沢のある黒くて厚い毛皮、鋭く歪な螺旋形の爪、噛み合わせの悪そうな野蛮な牙。
まさに、この山での頂点捕食者だ。
そんな四つ腕クマさんがあたしに気付くと、王者の風格を匂わせながらゆっくりと立ち上がる。
そして4本の腕を広げ、威圧と殺気の籠った咆哮をあげた。
「悪いけど、あたしの旅立ちの祝砲となってもらうよ、4つ腕クマさん!」
腰紐から下げた剣を抜き放ち、上段に構える。
「さ、行くよ!」
腰を落として足に力を溜めて、一気に解放。
レベルが上がり、ステータスが上がったことで、現状で思い浮かぶ最善の戦い方が出来るのが嬉しくてたまらない。
敏捷とスタミナで縦横無尽に動き回り、敵の攻撃を回避しながら急所への一撃を織り交ぜながら、敵に致命傷を与え続ける。
これがかつての【剣神】たるあたしの基本的な戦い方だ。
歩幅は小さいが、確実にそこへ近づいているのが分かるのがとてつもなく嬉しい。
「ちょっと前のあたしじゃあ回避するのも一苦労だっただろうけど!」
クマさんの攻撃は単調じゃない。緩急、フェイント、時間差、野生の成せる技なのか、的確な攻撃ばかりだ。
でも、だからこそ。
「そう! だからこそ読み易い!」
自分で言うのも変だけど、あたしのプレイヤースキルは異常だと思う。もちろん、ゲームではステータスやスキルの力を借りているっていうのもあるけど、それでも放たれた銃弾を見てから避ける、なんて芸当は中々できるものじゃない。
逆に言えば、それが出来たからこそあたしは【剣神】になれたんだ。
「最強の一端を、少しだけ見せたげる」
クマさんと戦うまでに倒した魔獣たちは、いわゆる前座。
BLOで使っていた技術がこの世界でも使えるのか、あるいは再現出来るのか、そんな事を検証しながら戦っていたからね。
おかげで、この世界でもあたしは最強になれるって分かったよ。
「剣の角度、力、そして相手の力をも利用する」
側から見れば、それは死の舞踊に他ならない。鋼の刃が煌めくたびに血の飛沫が飛び散り、毛皮が濡れていく。
右ストレートをヒラリと回避しながら、その毛皮を撫でるように斬りつける。
厚い毛皮といっても、同じ箇所を何度も何度も、体毛に沿って斬り続ければ傷は付けられるんだから、後はそれを実行すればいい。
ただそれだけだ。
そして、攻撃が当たらず、自分の腕や胴体に傷が増えていけば、4つ腕クマさんは苛立ち始める。
「でも、それは悪手なんだよね」
怒りに支配された4つ腕クマさんは力づくで腕を振るうけれど、苛立ちのせいでらしくもない大振りだ。
「隙だらけだよ」
充分に傷つけられた腕が、まるでバターを切るかのように簡単に切り落とされる。
それが3回続き、残る腕は1本だけ。
その頃には4つ腕クマさんの体力は風前の灯で、動くことすらままならない。
巨体が動くのを止め、跪くように膝をつくと、4つ腕クマさんは最後を悟ったのか、首を差し出してきた。
あまりにも異様な光景だけど、そこには主たる矜持に溢れている。
だから、苦しめたり辱めたりはしない。
「この山では1番強いのかも知れないけど、ごめんね? あたしは世界で1番強いんだ……」
一閃。
ただ一振りの内にその命を貰い受ける。
「……あたしの糧になってくれてありがとう」
べっとりと血に濡れた剣を振り、血を払うと、いつものように死体をアイテムボックスへと入れた。
「あれ、レベルは上がらなかったか……まぁ、これだけ戦えれば充分だよね?」
このレベルになるまでに山の魔獣たちを狩り回った。
ヘビくんを始め、オオカミさんとおサルさん、3尾のキツネさんにデカいクモ、正確な数は覚えていないけど、死と隣合わせの戦いが何度もあった。
でも、その度にあたしは強くなった。
今ではヘビくんも、ルフィデリアも、一撃で倒せてしまう。まぁステータスとスキルのおかげなんだけどね。
「そろそろ頃合いかな」
このままダラダラとレベル上げを続けていてもしょうがない。今のレベルでも4つ腕クマさんを無傷で倒せたのだから、旅に出たって問題ないと思う。
「明日にでもあの村を出ていくかな……」
納刀し、あたしは軽い足取りで村へと戻る。
毎日の日課となっている戦果報告は、過去最高の盛り上がりになった。
それもそうだよね。山の主と言われていた4つ腕のクマさんを討伐してきたんだから、当然だ。
その盛り上がりに乗じて、近いうちにこの村を出ていくと発表すると、それを聞いた村民たちは大いに嘆いた。
もっとここにいても良いんだぜ?
行っちゃやだよぉ!
寂しくなるな!
と悲しみの声とあたしを引き止めようとする声がほとんどの中、レモーネだけは優しい笑顔を浮かべて、あたしに歩み寄ってきた。
「レモーネ……あたし……」
どんな顔をすればいいのか、なんて声を掛ければいいのか、悩み、考えていると、レモーネの方から声を掛けてくれた。
「決めたんでしょ? 天剣を探す旅に出る、って」
「う、うん……そう。あたし、どうしても天剣を見つけたい。天剣を手にしたい。だから、行く」
「じゃあ、こんな所にいつまでもいる訳にはいかないね」
「うん。だから、あたし、行く」
「頑張って。モカならきっと出来るよ」
レモーネの言葉に、自然と目頭が熱くなる。
「あ、あの……今まで、本当にありがと……前にも言ったけど、あの時、あたしを見つけてくれて……助けてくれて、本当にありがとう。良くしてくれて、ありがとう。この恩はまだまだ全然返せないけど……いつか絶対に返しに来るから……」
「うん、待ってるよ。あと、モカが有名になったら自慢するからね。あの子は私が助けたんだ、って!」
2人して笑い合う。
「あはは、何それ! あいつはワシが育てたんじゃ、ってこと?」
「えぇ? 育ててないよぅ! 助けたって言ったじゃん!」
コロコロと笑い合う。
その時間だけは年相応の、友人と楽しく会話する女の子に戻った気分だった。
そして、1週間の準備期間を経て、鍛冶屋の老人から最後の調整を終えた短剣と剣を受け取り、レモーネからは村の人たちから厚意で用意された簡単な旅の荷物一式を受け取った。
それらをアイテムボックスへと入れて、最後の挨拶をする。
「皆さん、本当にお世話になりました。あたしを助けてくれて、一時だけですけど、受け入れてくれて、本当にありがとうございました。皆さんから受けた恩は一生忘れません」
深く頭を下げる。
見送りに来ているのは、この村の全員だ。
1ヶ月も過ごしていないが、それでも既にこの村は故郷で、そして全員が家族だ。
「それじゃあ、行ってきます!」
頭を上げて、そう宣言する。
頑張れよ!
いつでも帰ってきていいのよ!
そんな温かい言葉を背に、あたしは天剣捜索の旅の1歩を確かに踏み出した。
その後ろ姿を、ボロボロと大粒の涙を流しながらも
『やだ! 行かないで! いつまでも一緒にいたいよ!』
と、決して心の内を声に漏らさず、レモーネは静かに見つめていた。
ようやくモカが天剣探しの旅に出ました。
レモーネの出番は一旦終わりです。




