訪問者Ⅰ
こんにちはこんばんはおはようございます。
時刻は午後4時。
授業や部活の始まっていない今日に限っては、ほとんどの生徒が既に帰宅していた。
「――――と、いうことだ。明日からよろしく頼むよ」
「お疲れさまでした、隊長」
「お疲れ」
ミーティングルームを後にした僕は、校舎の正面玄関へと通じる無駄に長い廊下を歩いていた。
物資の搬入も一通り終わったことで、つい一か月前までそこかしこに段ボールやらなんやらが散乱していたこの廊下も、今やもぬけの殻となっている。
(初めて見る顔だな…………)
と、部屋を出てから少し歩いたところで、前方を見知らぬ女性が歩いていることに気付いた。
生徒にしては大人びていて、教員にしては背格好が整いすぎている。
彼女は、少なくとも教職員ではないだろう。
僕の記憶が正しければ、学長を含む全教員が出席した職員会議に彼女はいなかった。
ならば事務員や清掃員かとも思ったけど、そういうわけでもない。事務員ならば職員であることを示す名札を付けているはずだし、そもそも清掃員はスーツを着ない。
それ以外でこの学院に立ち入ることができるのは、政府の関係者くらいだ。
そもそもここは政府の運営する教育機関だ。政府の役人が視察のために訪れることは珍しくない。入学式の後であれば、来賓として来た役人が散歩がてら校舎の中を視察することもあるだろう。
と、すれ違う寸前、女性の視線が僕に向けられた――――と思えば、女性はビシッと立ち止まり、こちらにサッと体を向けた。
咄嗟のことに、僕も思わず彼女の方を向いてしまう。
「もしかして、使徒の柊秋葉殿でありますか?」
訂正しよう。彼女は政府関係者ではなく、軍の関係者だ。さらに言えば情報部の人間だろう。
根拠は、僕の顔を知っているということ。
「そうですが、何か御用でしたでしょうか?」
「いえ、そのようなことはございません。ただ、使徒殿に挨拶もせず立ち去るのは失礼かと思い、お声を掛けさせていただいた次第です」
よくよく見てみれば、体付きは軍人のそれだ。
スーツ越しにも分かるほどの洗練された肉体は、彼女が過酷な訓練を耐え抜いた精鋭であることを物語っている。情報部に配属されるほどのエリートであることを鑑みれば、軍の中でも上位に入る実力者だろう。
とはいえ、細かい仕草や口調からはまだ初々しさが抜けきっていない。それをなんとか外見でカバーしようとしているのも見え見えだ。
「申し遅れました、本官は陸軍情報部第二課所属、来栖中尉であります!」
「陸軍第一軍団所属第三遊撃部隊隊長、柊秋葉。使徒であります」
敬礼を交わす。
と言っても、彼女の洗練された敬礼とは違い、僕のは見様見真似だ。
軍に所属していると言っても、僕は軍人としての教育をほとんど受けていない。使徒というだけで部隊を任されただけの、置物のようなものなのだ。
だから正式な階級も与えられていない。先ほど彼女に名乗ったように、使徒という地位が僕の階級のようなものなのだ。
「学長に御用がおありなのでしょう? 引き留めるのも悪いですから、僕はこれで失礼しますね」
「――――あ、はい! お時間をいただきありがとうございました!」
常識的に考えて、ここの学長であり日本軍の総司令官でもあるダビドに用が無ければ、国の運営する機関とはいえ、軍の人間がいち教育機関にすぎないこの場所を訪れるとは考えられない。
その推測は当たっていたようで、何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべると、来栖中尉は忙しない様子で学長室へと駆けていった。
まあ、どう見ても彼女は新人だ。ダビドと会うことに対する緊張のさなか、使徒である僕と鉢合わせてしまえば、冷静さを失うのは仕方のないことだ。そこでミスの一つや二つ犯したところで、誰も責めはしない。
つまり、誰だってああなるということだ。
◇◇◇
学院の校舎は、学院の設立以前から魔術に関する研究が盛んであった学術都市の中心部に位置している。生徒のほとんどは校舎から半径3キロメートル以内の居住区にある寮などでの生活が義務付けられており、昨年度まで生徒であった僕も例外ではない。
ただ、僕が住んでいるのは寮ではなく、ごくごく普通の一軒家だ。これに関しては使徒の特権と言っていいだろう。
とはいえ、一軒家で1人暮らしというのは贅沢が過ぎるというものだ。そこまでするほど使徒の地位に甘えているわけではないし、1人が好きなわけでもない。
僕がここに住んでいるのは、妹のために他ならない。
ここに住んでいるのは僕と、僕の双子の妹だ。学院の二年生で、もちろん僕とは同学年。
名前は愛衣。昔から人見知りで、引きこもりがちだった。学院の生徒となった今も、登校せずにこの家に引きこもっている。
けど、魔術に関しては紛れもない天才だ。使徒には届かないものの、才能も実力も、今年のAクラスの誰も彼女には敵わないだろう。
ただ、不登校なだけなのだ。根は良い子だし、日々訓練を怠っていない。
ただ、やりたいことをしているだけなのだ。
僕はそれを否定しないし、むしろ応援している。
「ただいま」
と言っても、帰宅した僕を出迎えてくれる人は居ない。
今に始まったことではないし、それを悲観するほど僕に人間らしさがあるわけでもない。
両手に握られたビニール袋に入っているのは、一週間分の食料だ。
これでも家事は得意な方だという自覚はある。
忙しいときは学院が運営する宅配サービス――この学術都市は学院が管理運営しているため、ほとんどの公共サービスは学院から提供されているものだ――を利用するけど、滅多なことがない限りは自炊している。
もちろん、愛衣の食事も一日三食欠かさず全て僕が作っている。
それは、僕が買い込んだ食材を整理していた時だった。
ピンポーン、とチャイムが鳴る――――
最後までお読みいただきありがとうございました。
このお話に関しては次回まで続きますので、是非次回もお読みいただけると幸いです。
では、またお会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました!




