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救済のアポストロス  作者: ただのいぬ
第一章 東京事変
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勧誘

 こんにちはこんばんはおはようございます。

「着いたよ」


 僕が足を止めたのは、周囲と何ら変わらない、この学院で過ごしていればいい加減見慣れたであろう扉の前だった。

 一つだけ違うのは、『生徒会』という文字が彫られた看板が吊り下げられていることくらいだろう。看板に刻まれた年季は、そこを占有する者たちの威厳を表しているようにも感じられる。


 扉の前に立つと、2人の緊張が背中越しに伝わってくる。自分たちが何のためにここに来たのかを理解したのだろう。


「入るよ」


 真面目な白銀君ならノックもせずに入ろうとする僕を止めるだろうと思っていたけど、そんな余裕は無かったようだ。


「お待たせ」

「いや、ちょうどよかった」


 そう言って僕たちを部屋のど真ん中で迎え入れたのは、この部屋の()()()()支配者である生徒会副会長、瀬戸(せと)ライザだ。

 僕がノックをしなかったことに関しては、咎めるつもりはないらしい。

 僕がそういう人間であると理解しているからなのか、それを理解した上で諦めているからなのかは分からない。


「もう説明はしてあるのか?」

「説明もなにも、僕は連れて来いと言われただけで何をするかは聞かされていないよ」


 僕が言い訳じみた――ライザからしてみれば言い訳でしかないのだろうけど――ことを言うと、ライザはどこか呆れたような表情を浮かべる。


「私が指示した時に聞かなかった時点で、おおよその察しは付いていただろ」

「僕から説明するよりも、君の口から直接説明した方が良いだろう?」


 ライザの考えていることはおおよそ見当が付く。「気の利かない魔術馬鹿が」と彼女は言いたいのだ。それは彼女の口癖であり、僕はことあるごとにそんな罵倒を浴びせられてきた。

 けど、新入生の手前副会長としての威厳を保とうとしたのか、彼女はそれ以上を口にしなかった。

 昔の彼女を思えば、本当に成長したと思う。


「まあいい……それで、そこの2人がそうなんだな?」

「うん」


 そうしてライザの視線が、僕から後ろの2人に移る。


「「っ……!」」


 背後から恐怖を嚙み潰す音が聞こえてくる。


「ライザ、視線が怖いよ」

「あ、ああ、すまなかった」


 これはライザの悪い癖だ。いや、癖というよりも本能と言った方が的確だろう。

 ライザはたしかに人間だけど、中身の本能的な部分は野生の獣そのものだ。初対面の相手と接した時、立場も年齢も関係なくそれが生命であるならば、ライザは何よりも先に相手の力量を測る。蟻だろうが赤子だろうが関係ない、それは文字通り彼女の本能なのだ。

 そして、彼女がその時に放つ視線は、形容し難い恐怖を相手に植え付ける。そう、今の2人のようにだ。


「2人とも、これは彼女のちょっとした習性のようなものだ。べつに敵意があってのことじゃないから、気にしないでおくれ」

「…………は、はい」

「承知、しました……」

 

 打ち解けるのには、少し時間がかかりそうだ。


「で、ライザ、2人に説明してくれるかい?」

「そうだな」


 そう言って、ライザは2人に生徒会副会長としての、威厳に満ちた眼差しを向ける。


「既に察しているとは思うが、我々はお前たち2人を生徒会の一員として受け入れたいと考えている。

 もちろん、強制ではない。お前たちにも事情があるだろう、特に白銀は次期御三家当主としてやるべきことが多いはずだ。翠も、御三家に名を連ねる者としての責務はあるだろう」


 実際のところは知らないけれど、御三家の次期当主ともなれば魔術以外にも学ぶべきことはたくさんあるはずだ。次期当主でなくとも、御三家の一員である以上、ある程度生活を縛られるのは目に見えている。

 生徒会だってただここに詰めているわけではない。毎日のように処理すべき事案が発生するし、新学期が始まっていないというのに、ライザ以外のメンバーは忙しそうにコンピュータのディスプレイと睨みあっている。

 正直、僕が2人と同じ立場だったら即刻断っていただろう。


「だが、ここでの経験は必ずお前たちの将来に役立つはずだ。私を含め、ここに集まるのは各学年のトップ。我々と過ごす日々は、今後国を背負うお前たちにとって貴重なものとなる筈だ…………どうだろうか?」


 話し終えたライザの表情からは、彼女の必死さが伝わってくる。

 ライザから提示できるものは、それが全てだ。

 僕としてはどちらでもいいけど、ライザとしては今後の生徒会のためにも、せめてどちらか片方だけは確保しておきたいところなのだろう。新入生の主席と次席から断られたともなれば、生徒会の威厳に傷が付くというものだ。

 しかし、癖とはいえ初対面での失態はこの交渉に大きく影響する。ライザには悪いけど、僕だったらこんな上司と働くのはごめんだね。


「僕は、是非先輩方にお世話になりたいと考えております」

「私もです!」


 即答だった。


「そうか、そう言ってもらえて助かる。ならば早速――――」

「ライザ、手続きは僕がやっておくから、2人を解放してあげてはくれないかい?」


 驚きはしたものの、2人の答えは即答だったことも含めて、不思議と納得のいくものだった。

 あとは、教師として彼らの勇気ある決断を支えるだけだ。


「別に構わないが、お前にしては珍しいな」


 そう言うライザの目は、驚きに見開かれていた。

 たしかに、彼女の知っている僕ならば他人の面倒ごとを引き受けるなんてことは天地が覆ってでもしなかっただろう。

 けど、今の僕は2人の教師だ。他人ではあっても赤の他人ではない。


「人は変わるのさ。2人とも、みんなと合流しておいで」

「はい、それでは失礼します」

「ありがとうございます」


 最後に、扉の前で深いお辞儀とともに「これからよろしくお願いします」と挨拶をして、2人は部屋を後にした。


「あんたの生徒にしてはよくできてるじゃない」


 と僕の肩をポンと叩いたのは、これまで見守り役に徹していた少女だった。もちろん、彼女もここにいる以上、生徒会の一員だ。


「誉め言葉として受け取っておくよ、華蓮」


 少女の名は(いずみ)華蓮(かれん)。僕とは中学時代からの同級生という間柄だ。と言っても、僕よりも僕の妹の方が彼女とは仲がいい。2人はいわゆる親友というやつだ。


愛衣(あい)は元気にしてる?」

「僕よりも君の方が詳しいんじゃないのかい?」

「ふふ、まあそうね」


 なんというか、妹は反抗期なのだ。

 あんまり口をきいてくれないので、僕よりも彼女の方が妹に詳しいというのはありのままの事実なのである。

 認めたくはないけどね……


「それじゃあこれ書類だから、あんたがサインしておいてよ」

「分かった、明日渡しに来るよ」

「べつに、そんなに急がなくてもいいんだけど…………」


 そう言いながら華蓮は、僕の足元から頭頂部にかけてサッと視線を走らせた。


「どうしたんだい?」

「いや、なんかまた成長したなって」

「そうかい? そういう君は…………うん、あんまり変わってないようだね……」

「あんた今どこ見て言ったのよ!?」


 ここだけの話、華蓮は昔からそのポコッと僅かに膨らんだ胸にコンプレックスを持っている。親友である妹の成長が順調だったことがほとんどの原因を担っているのは、僕だけが知るところだ。

 表向きは一切そういうことに興味がなさそうに、あくまで才色兼備、文武両道の優等生を装っているけれど、実のところはコンプレックスの塊なのである。


「何がとは言ってないだろう? ほら、みんな見ているから、落ち着いておくれ」


 僕の言う通り、ライザを含めた生徒会のメンバー全員が、微笑ましいと言わんばかりの温かな視線を華蓮に送っていた。


「うぅ……お、覚えておきなさいよ…………」


 覚えていても仕方がないので、忘れておくことにしよう。


「そこら辺にしておけ秋葉。お前もやるべきことがあるだろう、もう戻れ」

「そうさせてもらうよ――――」


 そう言って、僕は転移魔術で生徒会室を後にした。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 さて、今回はライザが新入生の2人を生徒会に勧誘する、というお話でした。

 ですが、本来それは副会長のライザではなく顔である生徒会長自身が行うのが筋というものでしょう。

 入学式Ⅲで一度だけ言及されていましたが、生徒会長も使徒です。ライザの上に立つんですから、当然と言えば当然かもしれません。

 彼は現在北の方で激戦を繰り広げておりまして、なかなか現地を離れることができないそうです。そもそも4人しかいない国の最高戦力のうち2人を学院でのさぼらせていること自体が少々おかしいのですが、それはそれ、これはこれ。秋葉もライザも本来であれば高校生の年頃です。倫理的配慮というものでしょう。

 要するに、生徒会長が頑張ってくれているおかげで2人が学院に居られるということで、その代償としてライザは不向きな勧誘という仕事を背負わされたというわけです。

 ライザも、勧誘される側の2人も運が悪かったですね。

 北の方が落ち着けば戻ってきてくれると思いますので、彼に関する話はここまでにしておきましょう。


 それでは、また次回お会いしましょう。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

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