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救済のアポストロス  作者: ただのいぬ
第一章 東京事変
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ホームルームⅡ

「ということで、改めてホームルームを始めたいと思う。と言っても僕から話すことと言えばこれからの予定くらいだ。それぞれ言いたいことはあるだろうけど、それは僕を雇った学長に言ってくおくれ」


 まあ、彼の意思決定に口を出そうとする人間なんているとは思えないけどね。

 そう考えると、教師としての僕の立場は彼の存在に支えられているといえる。今更だけど、僕の立場ってなかなかに複雑なものらしい。


「早速だけど、君たちには一ヶ月後の学内交流戦で活躍してもらわなければならない」


 学内交流戦――正式には学内魔術競技大会は、毎年5月に学院内で行われる、いわば運動会のようなものだ。ただ内容は完全に魔術師専用のものとなっており、一般的な学校で行われている和気あいあいとした運動会とは全く異なる。

 特に、この学院のような実力至上主義を掲げる場所では、生徒たちがその実力を証明する数少ない舞台となっている。


「一言で言えばただの運動会だけれど、最も重要なのはそこに学年間の区別が存在しないということだ。競技に出れば、当然のように上級生が君たちのライバルとして立ちはだかる」

「「…………」」


 教室内の空気が一気に引き下がる。

 入学一ヵ月でいきなり上級生と戦えと言われたんだ、気持ちは分からなくもない。

 けど、それでは困る。


「今から緊張していては先が思いやられるよ。少なくとも、2年のEクラス程度には勝ってもらわないと困る」

「Eクラス、ですか……?」


 そう呟いた白銀君の表情からは、どことなく不満のようなものが感じとれる。

 たしかに、Aクラスである自分たちが、上級生とはいえその学年の最下位クラスと比べられたとなれば気にもなるだろう。

 けど、別に彼らに気を使っている訳ではない。実際、それが最も現実的な目標なのだ。


「白銀君、たしかに君たちの才能は凄まじいものだ。けどね、国内最高峰の魔術師養成機関を舐めてもらっては困るよ」

「いえ、そんなつもりは…………」

「いや、その意識は今すぐに改めないといけない。ここでの1年は、君たちの思っている以上に価値のあるものだ。伊達に国内最高峰を名乗ってないのさ。才能の壁なんて、ここで半年努力すれば容易に覆る。もちろん、使徒は例外だけどね」


 使徒は例外だ。努力と環境でどうこうなる次元ではない。


「今の3年の代を覗いて、過去の交流戦では一度も1年生が上級生よりも上の順位に上がったことはない…………それでも、君たちの才能と僕の知識があれば、Eクラスくらいは1ヵ月でなんとかなるだろう、と僕は思っている」


 実際にはDクラスにも勝ってもらいたいけど、過度な期待を寄せてはプレッシャーを与えるだけだ。彼らの成長度合いで、今後の目標は変えていく。


「というわけで、早速明日から打倒Eクラスを掲げて授業を始めようと思う。異論があるのなら、今だけは受け付けるよ」

「なら、一ついいか?」


 そう手を挙げたのは、最前列の席に座るには大きすぎる巨体の少年だった。

 名前はたしか、獅子道(ししどう)剛毅(ごうき)君だったろうか。


「いいよ」

「異論というよりかは質問だ。先生の言うEクラスに勝つってのは、うちのクラスの誰かががEクラスの誰かに勝てばいいってことか?」

「いや、交流戦では各競技の個人の成績に応じて、クラスにポイントが与えられる仕組みになっているんだ。僕としてはそのクラスポイントで2年のEクラスを上回ってほしいと思っている」


 つまり、彼らは個人ではなくクラスとして戦わなければならないということだ。誰かが足を引っ張ればその分、打倒Eクラスへの道は遠くなる。

 誰かひとりが強いだけではいけない。全員が一定以上の働きをしなければ、Eクラスには勝てないのだ。


「べつに、EクラスだけといわずDクラス、Cクラスに勝ってくれてもいい。あくまでEクラスは最低ラインと考えておくれ」

「「…………」」


 少し脅しすぎただろうか…………いや、自信なら今後の授業の中で付けてもらえばいい。

 明確な目標設定は、教育する上で最も重要なことだ。それができたのだから、成果としては十分だろう。


「というわけで、明日から本格的な授業が始まる。僕のクラスでは基本的に全ての科目を僕が受け持つことになるから、聞きたいことがあれば僕に聞いておくれ」

「全ての科目って、専門科目もですか?」

「そうだよ」


 魔術にも、色々な種類がある。そしてその種類にも、色々とあるのだ。


 この学院では基本系統魔術に関する授業を通常科目、それ以外の系統外魔術に関する授業を専門科目として扱っている。

 基本系統魔術とは、特に適性がなくとも魔術師であれば誰もが使用可能な魔術のことだ。それに対して系統外魔術は、適正がなければ使用することのできない、高等魔術のことを指す。

 基本的に系統外魔術は、基本系統魔術よりも強力だ。

 適性のない魔術師が系統外魔術を扱うことはできない。技術や経験ではなく、単純な才能によるものだからだ。


「しかし、使えない魔術を教えるというのはいくら使徒とはいえ難しいのでは……?」


 言っていることは間違っていない。

 理論は説明できても、使えなければ実演ができないし、実演ができなければただ本に書いてある知識を教えるだけの、退屈で無意味な授業になる。


「僕に使えない魔術は無いよ」

「は?」


 当然の反応だ。

 白銀君だけでなく、他の生徒も信じられないという表情で僕を見ている。

 しかし、事実として僕には使えない魔術が無い。

 僕は無数に存在する全ての系統に対して適性を持っている。

 いわゆる【エレメントマスター】というやつだ。


「そんなはずがありません、個人の魔力が全系統に対する適性を持つなど、理論的にはありえないでしょう」


 適性とは、魔力の質のことだ。

 魔力が特定の系統に適応したものであり、その系統の魔術を一度でも行使することができれば、その系統に対して適性有りということになる。

 適正がゼロの人も居れば、十や二十の適正を有している人も居る。要は、それも才能の一部ということだ。

 現代において最も評価されるのは魔力量だけど、その次に目を向けられるのは適正の量だ。多くの適性を持つ魔術師は運用幅が広く、軍では重宝される。もちろん、何に対して適性を持っているのかも重要だけどね。

 しかし、全系統に対する適正を有しているのは、今のところ僕くらいだろう。

 世界のどこかには居るのかもしれないけど、僕の知る限りはまだ存在しないはずだ。


「じゃあ、入学式の時の凡人発現はなんだったんだよ」


 実に鋭い意見だ。たしかに、エレメントマスターを凡人というのはあまりにも無理がある。けど、事実として僕は凡人だった。


「あらゆる魔術に適正があったとしても、魔術を発動できなければそれは宝の持ち腐れ以外のなにものでもないだろう?」

「どういうことだよ?」

「僕の魔力量では基礎レベルの魔術しか使えなかったってことだよ」


 教室が静まり返る。

 使徒が基礎レベルの魔術しか使えないとなれば、誰だってこんな反応をする。

 僕の場合はそれに加えて、「こいつは本当に使徒なのか?」という疑念も湧いてくるだろう。

 けど、いちいち説明していたら時間がいくらあっても足りないので、今回は割愛させてもらう。


「もちろん、今は違うよ。それについても授業の過程で話す予定だから、楽しみにしておいておくれ。信じられないのなら、今から君の言った魔術を全て使ってみせるよ。もちろん、規模の大きいものはここでは使えないけどね」


 はったりではない。魔術大全に掲載されている魔術を端から端まで徹底的に試し尽くしたんだ。

 今の僕が使えない魔術があったとしたら、むしろ喜ばしいことだろう。それは、人類が新たな力を手に入れたということだ。


「まあ、そんな面倒なことをしている時間はないんだけどね」


 気付けば時刻は正午を回っていた。授業時間は残り10分、実に微妙な時間だ。


「少し早いけど、今日はこのくらいにしておこう」


 一応今日予定していたことは全て済んだ。

 彼らも疲れただろうし、10分くらいはおまけしてあげてもいいだろう。


「先生! この後みんなでお昼を食べようと思うんですけど、よかったら先生もどうですか!」

「すまない、今日は遠慮しておくよ。また今度誘っておくれ」

「了解しました!」


 別に、理由もなく断ったわけではない。


「白銀君と翠さんは少し残っておいてもらえるかな」

「私は大丈夫です!」

「僕も問題ありませんが、何かあるんですか?」

「それは僕も分からない」


 僕の回答に白銀君は不信感を抱いたようだけど、知らないものは知らないのだ。

 けど、生徒会副会長であるライザが学年の主席と次席を生徒会室に招いたと考えれば、大体の察しはつく。


「そういうわけで、2人は一旦借りていくよ」


 せっかくのクラスメイトとの交流を邪魔するわけにはいかない。何事も最初が肝心だからね。それに、御三家である2人は特に浮きやすい立場にあるだろうから、できるだけ早くことを済ませて帰してあげないといけない。


「オッケーです!」


 既にクラスの中心的ポジションに就いたのであろう桃色髪の陽気な少女は、そういって僕にサムズアップをしてみせた。

 彼女ならば、今後も上手くクラスをまとめてくれるかもしれない。


「それじゃあ今日は解散だ。みんな、改めてよろしくね」


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