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救済のアポストロス  作者: ただのいぬ
第一章 東京事変
18/19

賢者の戯れ

 こんにちは、こんばんは、おはようございます。

 本日もお読みいただきありがとうございます!

 大賢者とは、史上最も優れた魔術師に与えられる称号だ。

 現状その称号は7人にのみ与えられており、それ故に彼らは七大賢者と呼ばれている。

 その力は使徒を優に上回り、かの大魔女にも並ぶとされている。


 彼らの共通点といえば、不老不死を実現させたことくらいだろう。

 それぞれがそれぞれの異なる方法で、理論上不可能とされている不老不死を魔術によって実現させた。

 それが、100年以上前のこと。

 以降、ただ1人を除いて彼らが歴史の表舞台に現れることはない。

 何故かと問われれば、それは彼らにしか知り得ないことだ。

 ただ誤解のないように言っておくと、彼らは決して人類の味方ではない。

 強いて言えば遊び人。

 人類救済などという些事にやっきになっている現代の魔術師とは全く異なる倫理観、価値観のもとで生きている彼らには、自らが人類の一員であるという自覚すら欠如している。


 もし彼らがその力の一端でも人類のために行使していたのなら、世界はもう少しマシになっていたかもしれない――――そう考えれば、彼らこそがこの絶望的な状況を作り出した加害者だと言われても、文句は言えないだろう。


――まあ、それは人類が被害者と課程した場合の話ではあるが。


◇◇◇


昨夜



 学術都市を包む大気は、静かな恐怖を告げていた。

 まるで息をひそめるように、闇は沈黙する。

 残されたのは、異様なまでの静けさだけだった。



「随分あの小僧を気に入っておるようじゃな、ダビド」

「その名で僕を呼ぶのは今やあなたくらいですよ、大賢者エレナ・ローゼン殿」


 国立魔術学院の最上階に位置する学長室。

 そこは不気味なほどの無数の本に囲まれた、一つの異界だった。


 机に置かれたランプの光の前で、ペンを片手に大賢者は目の前の少女へ微笑みかける。

 しかし、少女が返したのは突き刺すような眼光だった。


「私を前にしてかような雑事をこなす魔術師も、お前くらいじゃよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 大賢者エレナ・ローゼン――ソレは、七大賢者の一人にして人類最古の魔術師の一人。

 魔術出現当時から生きる彼女の一言は歴史そのものであり、国際連合でさえ無視できないものとなっている。


 月夜に浮かぶ彼女の瞳は、左右で異なる輝きを放つ。

 魔術師ならば誰もが知る、大賢者エレナ・ローゼンの2つの魔眼。

 おとぎ話にも語られる伝説の瞳は、瞬き一つで世界を書き換えると言われている。そして、彼女が二回目の瞬きを終えた頃には――――。

 ……当然、それはおとぎ話に過ぎない。一節で語られる彼女の伝説は、あくまで幻想に過ぎないのだ。

 しかし、彼女の底知れない危うさを帯びた瞳の輝きは、それが事実ではなくとも起こりえたことではないのかと思わせる魅力を秘めていた。


 そんな人物が突然目の前に現れたというのに、ダビドは最初の一度だけ視線を交わしただけで、それ以降は興味を失ったかのように意識を目の前の書類へと戻した。

 山のように積まれた紙の束にしか興味がないとでもいうように、ペンを止めることはない。


 同じ大賢者であっても、最古の魔術師であるエレナはダビドからすれば半世紀も前の人物だ。

 百年以上の付き合いがあるとはいえ、その態度は敬意に欠けていると言わざるを得ない。


「まるで私が来ることが分かっていたようじゃな」


 しかし、エレナはダビドの態度を気にしたそぶりを見せず、話を進めた。


「200年も付き合っていればいい加減慣れますよ。で、本題はなんですか?」


 あくまで作業のついでと言わんばかりに、視線は書類に固定する。


「…………柊秋葉についてじゃ」

「――――」


 瞬間、ダビデの手が止まった。

 その表情からは感情という感情が消え去り、残ったのは一国を背負う者のただただ冷酷な一面。

 それを見て、エレナはしてやったりという笑みを浮かべる。

 しかしそれは一瞬のことで、両者瞬きする間もなくいつも通りの表情に戻っていた。


「そろそろ教えてもらおうか、あやつの正体を」

「…………ご自分でお調べになったのではないのですか?」


 調べても分からないから聞いているのだ、と言えばダビドの思惑通りだ。

 相手の感情を煽り逆撫でることで怒りを抱かせ、相手の意識を別の対象へと誘導するのは、話術に長けたダビドの常套手段。たとえ彼の狙いが分かっていたとしても一度その口車に乗ってしまえば、彼のシナリオから抜け出すのは不可能となる。

 故に、エレナは自らの質問に対する答えを得るまで、彼との会話を拒絶し続ける。


「合衆国や帝国は既に動き出している。このまま使徒の情報を隠し続ければ、あやつらが何をしでかすか分からんぞ」

「あなたが心配しているのは、日本ではなく国際社会の秩序でしょう」

「2年前の犠牲を忘れたとは言わせん。5人の使徒を失ったのならば、より他国との協力関係を強固なものとするべきだ…………」

「情報を開示したところで、彼らが我が国に協力する保障はありません」



 その光景は、一見して矛盾していた。

 エレナの外見は10代前半の少女のものとなっている。

 もちろんそれが彼女本来の姿である筈がない。

 不老不死といえど、それはあくまで魂の老いを停止させたにすぎない。肉体の劣化を阻止することなど、それこそ時の魔術師たるダビドでなければ不可能なことだ。

 故にそれは、仮初めの肉体。

 さぞ腕のいい人形師を雇ったのだろう。もしくは自らの手で数百年かけて創り上げたか。

 どちらにしろ、ダビドには関係のないことだ。

 問題は、200年を生きた魂と、せいぜい10年程度の歴史しかない肉体が生みだす、矛盾だ。

 エレナの放つ剣幕は、少なくとも幼女の見た目から放たれるべきものではないし、放たれてよいものではない。

 その光景は、世界に矛盾というひびを入れる。

 その結果世界の在り方は不安定となり、彼女は限られた絶対権限を手に入れてしまうのだ。

 


 彼女が放出した魔力は大気を変質させ、部屋の中は人間の生存領域からは程遠い環境へと変容する。膨大な魔力が、空間そのものの許容量を超えたことで起こった拒絶反応だ。

 しかし、自然環境に影響を及ぼすまでに放出された魔力は、大賢者エレナの魔力保有量からすれば微々たるもの。

 このまま魔力を放出し続ければ、学院全体、ひいては学院の置かれた学術都市にまで影響を及ぼしかねない。


 しかし、ダビドは顔色一つ変えずエレナと視線を交わし続ける。不老不死の偉業を成し遂げた大賢者にとって、周囲の自然環境は生存条件に含まれていない。それはエレナも同様だ。

 もはや2人の間で行われているのはただの我慢比べにすぎない。

 鎖に繋がれた番犬どうしが、互いに牙が届かない距離で威嚇し合っているのだ。


「「――――」」


 2人の目的は、同じ『人類の救済』、または『人類の生存』に他ならない。

 しかし1つの情報の欠落が、2人の思想にこれほどの差異を生み出している。


「――――知りたければ、あなた自身の手で解き明かせばいい。もちろん、僕は静観を貫きましょう」


 先に譲歩したのはダビドだった。

 しかしエレナがそれに驚いた様子はなく、むしろダビドがそうすると分かっていたかのように、彼が口を開くのと同時に魔力の放出を止めた。


「悪いが、あやつを相手取るのに周りの雑兵を気に掛ける余裕はないぞ?」

「あなたにはなくとも、彼には大いにあるでしょう」


 それは単なる事実に過ぎない。

 もちろん、秋葉の力を知り得ないエレナからすれば、ただの嫌みでしかないのだが。


「そこまで言うのならば、こちらも手段は選ばんぞ」

「だから、ご自由にすればいいと言っているのです」


 既に、ダビドの意識は目の前の紙の束へと戻っていた。

 もう、その視線が目の前の少女に注がれることはない。


「後悔しても知らんぞ…………」


 そんな捨て台詞も、ダビドの意識には届かない。

 チッ、という舌打ちとともに、少女の姿は月光をも呑み込む闇の中へと消えていった。


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 本日は前回の「課外学習Ⅲ」から少し時間を遡りまして、その前日のお話です。

 以前から大賢者という言葉はダビドを中心に登場していましたが、しっかりと焦点を当てられたのは今回が初めてかもしれません。

 大賢者とは、簡単に言えば昔から生きてる頭のおかしい人たちです。割と常識というものがあの人たちには通じません。魂の劣化は防げても、頭の劣化は避けられなかったのでしょう。

 とはいえそれぞれが使徒を優に上回る力を持っています。彼らの行動次第で物語の行く末が180度変わってもおかしくはないくらいには、作中における彼らの影響力は強大です。

 その中でも、今回登場した2人はマシな方と言えるでしょう。まあ、都市一つを壊滅させかけてはいるんですけどねw……結果的に何もなかったので良しとしましょう。


 それでは、次回から再開される「課外学習」シリーズをお楽しみください。

 また次回、お会いしましょう!

 最後までお読みいただきありがとうございました!

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