課外学習Ⅲ
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『悪魔』――それは、突如として地球上に現れた未知の生物。
最大の特徴は、その見た目だろう。
個体でも液体でも気体でもない霧状の物質で全身が構成されており、一つの形に囚われることなくあらゆる生物に擬態することができる。
空想上の生物――例えば竜などにも、彼らは擬態することができる。
基本的に擬態語の悪魔の強さは、擬態した生物の種類に左右される。
竜などの大型の幻想種に擬態すれば、ただの魔術師では太刀打ちできなくなる。しかし蟻などの昆虫類であれば、多少の衝撃で消滅するような雑兵に成り下がる。
また、彼らに知能は確認されていない。
この200年間、ただ本能のままに世界を破壊しつくしたのだ。
未だ彼らに関する謎は多い。
発生原因、構成物質、目的…………そのどれもが、推論する段階にすらない。
人類はあまりに無知すぎる。
◇◇◇
「この第三演習場は、地上での対悪魔戦を想定した仮想訓練施設だ」
通路を歩きながら、達郎は背後にいる生徒たちに向けて説明を始めた。
「仮想と言ってもニセモンなのは環境だけ。敵は正真正銘、本物の悪魔が用意されている」
彼の言う通り、この第三訓練場には魔術によって鎮静化された大小さまざまな悪魔が収容されている。
とはいえ回数を重ねるごとに訓練用の悪魔は消費されていくので、誰かが補充する必要がある。その大部分を担っているのが僕の第三遊撃部隊であることは、ここだけの話だ。
「まあ、悪魔っつってもせいぜいC級からB級の雑魚ばっかだから死ぬこたねえだろう。せいぜい致命傷が関の山だ」
それでも、生徒たちにとっては恐ろしいことだろう。
「大丈夫、場内にはしっかり指導官が同行するよ」
僕がそう言うと、背後から安堵するようなため息が聞こえてくる。
「使徒である先生が付いていてくださるのなら、安心ですね」
「いや、同行するのは僕じゃない」
「…………え?」
呆然とする我が娘を見て、達郎はハッハッハと耳障りな笑い声を上げる。
「こいつぁちと悪魔に嫌われててな、C級程度の雑魚じゃビビってとんずらこいちまうんだよ」
言い方はともかく、そういうことなのだ。
悪魔が怯えるなんていうのは変な話だけど、事実として僕は彼らの邪魔となってしまう。
「お父さん、それはどういうことですか?」
「まあ詳しいことは分からねえが、あいつらも本能で、戦っちゃいけねえ相手くらいは見分けられるってことだろう。あいつらに知能がねえのはたしかだが、そこらへんの分別はしっかりしてるんだなこれが」
基本的に悪魔には知能というものが備わっていない。予め植え付けられた”人間を捕食する”という本能のみによって、彼らの行動は決定されるのだ。
だから、いくら相手が強くても彼らはただただ無謀に突進していく。目の前で同胞がどのように蹴散らされようと、彼らの本能は止まることを良しとしない。
だからこそ、人類はここまで追い詰められてきた。一見無謀にも思われる猛攻も、永遠に続けば果てのない消耗戦となる。
有限という枷をはめられた僕たち人類は、そうして悪魔の餌食となってきた。
けど不思議なことに、ここに収容されている一部の悪魔は僕のことを嫌っているらしい。
理由は分からない。ただ確かなのは、僕を嫌う悪魔は例外なく僕自身が捕獲した個体であるということだ。
彼らの驚異的な本能も、トラウマには屈するということか。
「というわけで、僕が君たちに同行すればかえって邪魔になってしまう。だから、君たちには僕ではなく姫子が同行する」
「そう、ですか……」
「心配することはない。姫子には君たちに殺意を抱いた瞬間に死ぬ強力な呪いがかけられている。今日だけの限定的なものだけど、効力は日本一の呪術師のお墨付きだ」
やろうと思えば地球の真裏からでも相手を呪い殺せる化物だ。彼女なら、条件付きで人を殺すことくらい容易にやってのけるだろう。
とはいえ、それでも生徒たちの不安は拭いきれないようだ。
背後からは、行き場のない不安が生み出すどんよりとした沈黙が返ってくるのみ。
僕としてはこれを機に姫子と仲良くなってもらいたいんだけど、元死刑囚という過去は想像以上に重いらしい。
「…………それに、場内であれば常に君たちの様子を監視カメラで把握できるようになっている。いざとなれば僕が駆けつけるから、安心して学習に励むと良い」
そんなおまけ程度のおまじないが彼らに届いた様子はないけど、まあなんとかなるだろう。
16歳とはいえ、命を賭して国を守ろうと誓った子供たちだ。
ここは彼らの決意を信じよう。
「――――の前にだ、少しばかし講習を受けてもらうぜ。一応規定なんでな」
◇◇◇
「姫子、みんなを頼んだよ」
「もちろんです、隊長」
この第三演習場は、東京区の壁外東部に設置された国内最大規模の訓練施設だ。
東西に約20、南北に約15キロメートル広がる敷地は、そのほとんどが密林に覆われている。
平常時は敷地を囲う分厚い壁の中に設置された収容施設に悪魔が封印されており、訓練時はそこから悪魔を無作為に放出することで、より実戦に近い環境を構築する。
仮想訓練とは言ったものの、敵が悪魔である時点でそれは仮想でもなんでもない。
とはいえ生徒たちには言わなかったけど、基本的にここの悪魔は人を殺せないように調教されている。
姫子に施されている呪いとはまた違ったものだけど、仕組み的には同じものだと思ってもらっていい。
要するに、殺そうとすればあちら側が勝手に死ぬのだ。
だから、どうしたって死ぬことはない。致命傷を与えることすら、彼らの死の条件に含まれている。
そう考えれば、ここでの訓練など実戦とは程遠いだろう。
「秋葉、やっぱり俺も行かせてくれ」
そんなことを言い出したのは、ただの親馬鹿だ。
「一応聞くけど、なんでだい?」
「一花ちゃんが心配だから」
「却下だ」
「っ…………じゃあ俺もお前の生徒になるから、みんなと一緒に行かせてください。ね、先生?」
「君は中でおとなしくしてろ」
「ちょ、俺だって心配なん――――」
うるさい馬鹿は転移魔術で退場させるのが一番だ。
「さて、みんな。それぞれ不安があるだろうけど、ここは実際の戦場ではない。
こう考えてみよう。ここは、君たちが乗り越えるべき最初の壁だ。この程度のことに臆していては、実戦なんて夢のまた夢。けど、ここを乗り越えれば、君たちは一つ目標に近付ける」
緊張のせいか、生徒たちの僕を見る目はいつにも増して真剣だ。
なんだか、昔の自分を思い出すようでむず痒い。
「僕が入学式で言ったことを覚えているかい?
僕はかつて凡人だった。誰も見向きもしない、陰にすらなれなかった凡才。……そんな僕が使徒になるまでの軌跡を、君たちは今、辿っているんだ。
その始まりの場所こそ、この演習場に他ならない。
――――さあ行っておいで。
僕に君たちの力を、存分に見せておくれ」
「「はい!」」
うん、いい返事だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
さて、後書きでは本文中で言及されていた悪魔の討伐難易度について少し補足していきたいと思います。
C級やB級など、何の説明もなしに当たり前のように使用されていた単語ですが、あれらは悪魔の討伐難易度を示しています。
階級は一番下からE、D、C、B、Aとなっています。
討伐難易度とはいったものの、単純に悪魔の強さと考えていただいて構いません。
詳しい話は本編で語られると思いますので、そういうのがあるということだけ覚えていただければいいかと思います。
それでは、また次回もお会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました!




