課外学習Ⅱ
こんにちはこんばんはおはようございます。
本日もお読みいただきありがとうございます!
パチッと指を鳴らすと、そこはバスの車内だった。
いや、言い方を変えよう。
僕たちはいつの間にか、バスの車内に居た。
生徒たちはそれぞれ座席に、姫子は運転席に座っており、僕は通路の先頭に立っている。
「「――――え?」」
このように彼らが間抜けな声を出してしまうのも仕方のないことだ。
「これから僕たちは、陸軍の第三訓練場に向かう。その後は――――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「…………どうしたんだい、白銀君?」
あんまり時間は無いのだけど、まあ、あっちを待たせるだけだから少しくらいは良いだろう。使徒をこき使った代償だと思えばいい。
「今のって、転移魔術……ですよね…………?」
「そうだけど、それがなんだい?」
とは言ったものの、彼の言いたいことは分かる。
そしてそれは彼自身が全て説明してくれる。
「転移魔術とは、対象の物体の座標を書き換えて、指定した座標に瞬間的に転移させる魔術、ですよね…………?」
「そうだよ」
「そ、その対象物が自分自身に限定されるというのも、現代魔術では常識の筈……ですよね?」
「たしかに、一般的にはそれが常識とされているね」
「…………じゃあ、今のはなんなんですか――――?」
つまりはそういうことだ。
彼らが驚いているのは僕が転移魔術を使ったことに対してではなく、自分たちが強制的に転移させられたことに対してだ。
白銀君の言ったことをもう少し掻い摘んで話すと、そもそも転移魔術とは自分自身を転移させる魔術なのだ。
魔術大全などでは「対象の物体を」とか言ってるけど、結局その対象というのは自分自身でしかない。
では、僕が使ったのが転移魔術ではないんじゃないかと言うと、実はそうでもない。
「古来より転移魔術は魔術の最高峰とされてきた。その対象が自分自身と定義されたのは、半世紀前に確立された現代魔術からのことだ。それまでは転移魔術の対象はあらゆる物体とされていた」
魔術はおおまかに『現代魔術』と『原始魔術』に分類される。
先ほども言ったように、現代魔術が原始魔術に取って代わったのは半世紀ほど前のことだ。
二つの特徴は明確に異なる。
現代魔術の利点は、主に発動速度だ。
対して原始魔術は発動速度こそ現代魔術に劣るものの、威力や応用の幅はそれを遥かに凌駕する。
一見して原始魔術の方が優れているように思えるけど、話はそう単純ではない。
現代魔術を修得するのに1年かかるとしたら、原始魔術の修得にはざっと50年ほどかかる。
要するに、難易度が高すぎてほとんどの人が魔術師であるのに魔術師になれなかったのだ。
だからこそ、人類は魔術の単純化に力を注いだ。その結果生まれたのが現代魔術だ。
多くの制約が発生してしまったものの、現代魔術が誕生したことで人類の魔術師戦力は大幅に強化された。
おそらく現代魔術が無ければ、人類はとっくに滅亡していただろう。
「要するに、僕が使った転移魔術は原始魔術に由来するものということだ」
と言っても、今の簡略化された説明では理解できないだろう。
「つまり先生は、原始魔術を使えるということですか?」
「そうだけど、べつに現代魔術も使っているよ。要は良いとこどりってことさ」
そろそろ出発しなくてはいけない。
「姫子、出して」
「了解しました」
話はここまでだ。
「隣、失礼するよ」
「は、はい!」
女子生徒の隣に座るのはどうかとも思ったけど、空いている席がここしか無かったので仕方がない。
約1時間、少々気まずい時間が続く。
もう少しキャパに余裕のある車両を用意してもらえば良かった、と今更後悔しても遅かった。
「先生、それなんですか?」
「酔い止めだよ」
「それが酔い止め、ですか……?」
彼女の視線の先には、僕の手にのせられた山盛りの錠剤がある。大体30錠はあるだろうか。
「そんなに飲んで大丈夫なんですか?」
「質より量だよ」
よく不思議がられるけど、我が柊家ではこれが普通だ。
効かなければたくさん飲めばいい――それが父さんの口癖だった。
「…………」
「…………」
引かれただろうか?
◇◇◇
「到着しました」
「ご苦労様」
そうして1時間弱の旅の末、僕たちは目的地に到着した。
途中生徒たちから転移魔術のことについて質問攻めにされたけど、生憎それらに答える余裕は無かった。
「隊長、トイレはあちらです」
一足先にバスを降りていた姫子は、そう言ってトイレの方を指さす。
「だ、大丈夫…………じゃないみたいだからみんなを任せたよ――――!」
誰にだって弱点はあるだろう。
僕が戻ると、生徒たちは綺麗に整列していた。
姫子の指示によるものだろうか。
「おぉ! やっと来たなこの魔術馬鹿めー!」
そんな老いよりも陽気さが目立つ耳障りな声の主は、生徒たちの向く先に居た。
見た目は40から50くらいの、ところどころ白髪が目立つ初老のおじさん。中身は陽気な中年おじさん。その実は、何故か軍のトップに立ってしまっている七光りおじさん。
その常時放出されている――というかしている――馬鹿らしさのせいで、本来の地位や実力が見ただけで察せられなくなっている。
おそらくというか絶対に意図した結果ではないだろうが、相手を油断させるという意味では、彼のそういう所は大いに役立っているのだろう。
そんな彼がこちらに手を振ったことで、生徒たちも一斉に僕の方を向く。
まるで僕が部外者みたいじゃないか。
「よくもまあ、大人気もなく生徒たちの前でそんな姿を見せられるね」
「褒めても何も出ないぞ~」
今のを褒めとして受け取ってしまう彼の純粋無垢さ加減には常々驚かされるばかりだ。
一体どこで羞恥心というものを失くしてしまったのか。彼の名誉のためにも頼まれればどこへでも探しに行ってやるつもりだが、それは無謀かつ無意味な果てしない長旅になってしまうだろう。
しかし不思議なことに、彼の子供たちにはしっかりと羞恥心というものが備わっている。よほど奥さんがしっかりしているのだ。
「お父さん、そろそろ帰ってください!」
この場の誰よりも子供らしいおじさんにそう言い放ったのは、翠さんだ。
黙っていれば無関係であることを装えただろうに、彼女の心意気には常々感動させられる。いやもう本当に。
「彼女の言うとおりだ。これ以上恥をかく前にさっさと消えてくれ」
「ちょ、みんな揃いもそろってひどくない~!?」
「僕としては君の名誉のために言ってあげているつもりなんだけどね」
「先生もああ仰られていることですから、さあ早く帰って!」
翠さんがああも強引な態度を取るのは少々意外だ。
普段は温厚で、淑女の鏡のような彼女からは想像もできないような剣幕が今の彼女にはある。
「分かった分かった。ちゃんと総司令官してればいいんでしょう、はいはい分かりました分かりましたよぉ~」
なんかムカつくのは、きっと翠さんも同じだろう。
「達郎殿、ご無沙汰しております」
そう司令官殿に挨拶をしたのは、白銀君だった。
御三家の子息としては当然の行動かもしれないが、それでも1人の人間としてこんなのに丁寧な態度を取れるのは尊敬に値する。いやもう本当に。
「おお、井吹んとこの坊ちゃんじゃないのー。まあこれまた立派に育って、ご苦労さんなこったあ。
なに、お父さんは元気? 最近アイツ口聞いてくれなくてさ~、ちょっち伝言頼まれてくんない?」
「あ…………」
「お父さん!」
「おっとぉ、はいはい分かってるってぇ」
これには白銀君も苦笑するしかないらしい。
気持ちは分かるので、助け舟を出してあげることにしよう。
「達郎、そろそろ自己紹介をした方が良いんじゃないのかい? と言っても、大体の子たちは察しがついてるだろうけどね」
「おお、そうだなそうだよなぁ…………よし!」
ほんの気持ちだけ服の皺を整えて、ピシッと生徒たちの前に立つ。
さっきまでの無為無能さはこれっぽっちも消えていないが、彼にしては頑張って取り繕ったと褒めてあげよう。
「遅くなってすまなかった。俺は陸軍総司令官並びに御三家翠家当主をしている翠達郎だ。まあ硬くなる必要はない、司令官やら達郎おじさんやら好きに呼んでもらって構わねえ。なんならたっちゃんって呼んでくれたら喜んじゃうから、特にジェーケーから呼ばれちゃったらもうおじさんうっきうきだから、せいぜい仲良くしてくれや」
これが最強の魔術師の1人と言われているのだから、世の中不思議なこともあるものだ。
ちなみに生徒――特に女子生徒――からの申し出があれば、法廷では先ほどの一部始終をあますことなく、寸分の狂いもなく一言一句完璧に証言するつもりだ。
正直こんなのに自分たちの生活が守られていると考えると、日本脱出も視野に入ってくる。
けど、実力はたしかだ。彼が若かりし頃の功績は使徒に並ぶほどと言われている。
本当に、この世の中は不思議でいっぱいだ。
「てことだから、今日は彼の好意で演習場を貸してもらえることになった。感謝をするなら彼以外の人にするといい」
「「はい!」」
いい返事だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は陽気な中年おじさんが登場しましたね。
彼、本当はめっちゃ強いんですよ。それはもう使徒を除けば国の最高戦力とか呼ばれたりしちゃってるんですよ。
人望はともかく、実力だけは確かな魔術師です。
けど実際、一花ちゃんの気持ちを考えると笑えなくなる自分もいます。僕も今回の彼女と同じような経験がありますので。
まあ、彼女ほどではないかもしれませんけどね!
ということで、また次回お会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました!




