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救済のアポストロス  作者: ただのいぬ
第一章 東京事変
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課外学習Ⅳ

 こんにちは、こんばんは、おはようございます。

 本日もお読みいただきありがとうございます!

「入学早々実戦訓練とは、案外お前も鬼畜だなあ」


 生徒たちが出発した後、僕と達郎は第三演習場の応接室に来ていた。

 壁に取り付けられた大型のディスプレイには、姫子を先頭に森の中を進む生徒たちが映っている。

 それを見ながら、達郎は憐れむように零す。


「あくまで現状の実力を確認するためのテストだ。君の娘や白銀君はともかく、今の彼らにC級の悪魔を倒せるとは思っていないよ」

「じゃあなんだ、戦闘はあの嬢ちゃんに任せるってことかよ?」

「任せるというよりも、そうせざるを得ない状況になったらそうしろとだけ言ってあるよ」


 そうせざるを得ない状況とはつまり、生徒たちに危害が及びそうになった時だ。


 ここに収容されている悪魔は調教されているから、万が一にも人を殺すようなことはしない。けど、それはべつに彼らの本能が綺麗さっぱり消滅したというわけではないのだ。

 あくまで人を殺さないだけで、軽い骨折くらいは日常茶飯事と聞く。

 一応世間の目もあるので、教師としては生徒たちが怪我を負ってしまうことはできるだけ避けたい。

 姫子が付いている限り、ここの悪魔では毛の一本とて生徒たちに触れることはできないだろうけど、リスクが付いている限り僕から不安が消えないのもまた事実だ。


「お! 早速遭遇したみたいだぞ……」

「お手並み拝見といこうか」


◇◇◇


同刻


「皆さん、お気を付けください」

「っ…………!」


 先頭を歩く姫子の足が止まる。

 彼女の正面には、体長2メートル強の熊型の悪魔が佇んでいた。

 それは微動だにせず、姫子の前に立ちふさがっている。


「…………どうやら先手は譲ってくださるようです。どなたか攻撃してみてはいかがでしょう?」


 とは言うものの、彼女の背後に隠れるほとんどの生徒たちは恐怖で体が震えていた。

 しかし、どこにも例外というものはいるようだ。


「俺にやらせてくれ!」


 そう言い放ったのは、最後尾に佇むクラス一の巨躯の持ち主だった。


「では獅子道様、どうぞ」


 最後尾から駆けてきた獅子道に先頭を譲ると、姫子は呆然としたまま立ち尽くした生徒たちの横に移動する。


 獅子道の身長は、熊型の悪魔には遠く及ばない。

 しかし獅子道の方が肉厚な分、フィジカルは彼の方が優っているように見える。

 当然、そのように見えるというだけで、彼もそれ以外の者も本気で人間が熊型の悪魔に身体能力で勝るとは思っていない。

 しかし人間は、どうしようもない理不尽を覆すための術を磨いてきた。


「ワリいな、最初から本気でいかせてもらうぜ」


 そう言うと、獅子道は地面に拳を突き刺す。


「【(ラッピング)(・ロック)】」


 2級に分類される地系統魔術の【岩纏】は、手で触れた土や岩石を成形し、鎧のようにして肉体に装備する魔術だ。

 地系統に適正を持つ魔術師でも、この【岩纏】は滅多に使用しない。

 理由といえば、獅子道のような馬鹿げた身体能力を持つ魔術師にしか使用できないからだ。普通の人間では、その身一つで大地の重さを支えることはできない。

 一応、身体強化術式を併用するという手もあるにはある――――が、であれば他の魔術を使った方がマシだ。対悪魔戦は消耗戦に発展することが珍しくないため、【岩纏】のように諸理由で消耗が激しい魔術はあまり好まれないのだ。


「オラァ――――!」


 巨大質量を纏った獅子道の拳が、ここを狙えとでも言うかのように堂々と開かれた悪魔の胸部に直撃する。


「「…………」」


 それはもう、見ただけで心窩部に痛みが走るような一撃だった。

 獅子道の腕を覆っていた鎧は、魔術を解除したことによってだんだんと形を失くしていく。

 獅子道の表情には、勝利の確信と、それによって生じた抑えきれない高揚が感じ取れる。

 悪魔といえど、あれほどのクリーンヒットを喰らえばただでは済まないだろう。


「おしっ!」


 意識を失ったのか微塵も動かない悪魔を前に、獅子道は大きくガッツポーズをする。

 しかし、それはあまりにも浅はかな確信だった。


「獅子道様、お下がりください」

「え……お、おう…………?」


 そうして姫子と獅子道の立ち位置が入れ替わる。


「どうやら、この個体は皆さんの手に余るようです」


 姫子のその一言に不満を露わにしたのは、獅子道だった。


「……どういうことだ? もうそいつは動けねえぞ」

「でしょうね。動く必要が無いのですから」

「はぁ…………?」


 と、姫子が一歩踏み出した途端、これまで微塵も揺れることのなかった悪魔の巨体がいきなり姫子に覆いかぶさるようにして襲い掛かる。


「あぶねえぞ――――!」


 そんな獅子道の警告も、既に手遅れだった。

 悪魔の牙が姫子の頭を呑み込む。

 生徒たちは、その絶望的な瞬間から逃れるために瞼を閉ざした。


 しかし、そんな緊迫した状況を他所に、姫子の冷酷な声が森に響く。


「不慣れな得物ですが、ご容赦ください――――」


 瞬間、サッと何かが切れる音がする。


 例えば、一流の剣士が数百年生きた大樹を一刀両断する時、その一振りは如何なる音色を奏でるのだろうか――――それは、その謎に対する答えだった。


 無音の一太刀。

 あの美麗な音を鳴らしたのは、あくまで押し出された空気だった。

 その刃が肉を切り裂くまで、世界は沈黙していた。

 それが一瞬のこと過ぎて、その後に鳴った音と重なったように感じられたのだ。


「な――――」

「なんと、お美しい…………」


 ゴトン、と岩のような音を鳴らして熊型の悪魔の頭が墜ちる。

 そこに先ほどまでのような圧倒的な存在感はない。その代わり、至高の一太刀を前にした生徒たちの感嘆が周囲を包み込んでいた。


 既に骸となり果てたソレは、終わりへと向かうべくその輪郭を曖昧にしていく。

 そうして数十秒が経過した頃には、ソレを形作っていた漆黒の霧は僅かに漂うのみとなっていた。


「今のは初歩的な身体強化術式と、概念強化の併用です」


 そう語る姫子の右手には、そこら中に散らばっているのと同じ、細くて短い――彼女の腕の半分もない――木の枝が握られていた。


「概念強化は、枝に施されたのでしょうか?」

「そうです。規定上、私は武具を持ち運べませんので、こちらの枝を刀身として代用させていただきました。手刀でもよろしかったのですが、こちらの方が魔術師らしいかと」


 つまり、皆さんのために余計な一手間をかけさせていただきました、ということだ。


◇◇◇


「お、流石は獅子道の長男。度胸あるじゃねえか」

「君はどちらかといえば彼のような魔術師が好みだろう?」

「そりゃあいつみてえな太くてデケェ根性持ったやつはいつでも大歓迎だぜ!」


 獅子道君、君は厄介な人に目を付けられてしまったようだよ。


「だが、あの程度じゃあ悪魔には通用しねえわな」

「単純すぎるのさ、彼は」


 推測通り、彼の一撃は全くと言っていいほど効いていないようだ。

 しかし何を勘違いしたのか、画面の中の獅子道君は大きくガッツポーズをする。


「あいつ、悪魔が死んだら消滅するってのを知らねえのか?」

「忘れてるだけだろう」


 なにしろ初めて悪魔と対峙したのだ。

 今の彼が冷静であることはまずない。

 多少重要なことを忘れたところで、なにも不思議ではないだろう。


「それで、嬢ちゃんの出番ってわけか」

「そうだね、これ以上生徒にやらせるのは危険だろう」


 先手を譲るという行動は謎だったけれど、流石に我慢の限界だろう。

 一見まだおとなしそうに見えるが、その内に秘められた欲望は破裂寸前。

 きっかけさえあれば、一瞬にして1人が食われる。


 そんな僕たちの声が届いたのか、姫子が前に歩み出る。


「手刀でやるつもりか?」

「いや、枝でやるようだ」


 姫子の手には、いつの間にか一本の枝が握られていた。

 少しでも力を込めればすぐにでも折れてしまいそうな、細くて弱々しい見た目をした、()()の枝だ。

 

 そして、姫子が悪魔の正面に立った瞬間、悪魔が彼女に襲い掛かる。

 けど、それこそが彼女の狙いだ。

 欲望の爆発によって生じた単調な動きは、まさに姫子の狙い通り。

 悪魔の首が、姫子の正面に差しだされた――――その瞬間だった。


「――――アレァ!?」

「……まったく、設備の整備くらいしっかりしておくれよ」


 映像を移していたディスプレイは、最も良いところで眠りに落ちた。

 「NO SIGNAL」の文字だけが映し出された、寂しい光景が続く。

 音も何も発さなくなったその機械は、僕たちに諦めろと告げているようだった。


「ちょ、ちょっと待っとけよ~、すぐに部下に修理させるから……」


 なんたってこんな肝心なときによぉ~と愚痴を零しながら、達郎は壁に取り付けられた受話器を取る。


「――――てことだ、すぐに替えのやつを持ってきてくれ…………はあ!? 基地内のネットワーク設備が故障しただあ!? なんだよネットワーク設備って! んなわけわからんもん早く直してきやがれ!」

「…………」


 バシンッと受話器を壁に叩きつける。

 これが俗に言うパワハラというやつだろうか。


「まったく、あいつら俺が機械に弱いことを分かってよくわからん言葉を使ってくるんだよ。もう少しジジイに優しくしろってんだ!」


 こういう機械音痴は気にしない方がいい。この場合、周囲に追いつこうとしない方が悪いのだ。


「まあすぐに戻るらしいから、茶でも飲んでゆっくりしようぜ――――」


 と、言った矢先にディスプレイに再び光が灯る。


「お……」

「おぉ! 戻った戻った~。ほら、うちの部下は優秀だろ?」


 そう自慢げに話すパワハラ上司殿。


 たしかに、君とは違って優秀だ。


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 いよいよ課外学習(実力確認テスト)が始まりました。

 早速獅子道君が張り切ってくれましたが……結果はいまいちといった感じでしたね。

 正直今回に関しては相性が悪かったとしか言えません。

 狼型の悪魔であれば、同じC級でも獅子道君の力任せの攻撃は通じたでしょう。が、今回彼の相手となったのはフィジカルだけで言えばC級最強とされている熊型の悪魔です。力比べでは、どうしたって今の獅子道君では敵いっこありませんよ。

 逆に、動きが単調であるため姫子のような剣士には弱いです。

 とはいえ、相性が良いからといって簡単に倒せるような相手ではないのですが、これに関しては姫子が強すぎましたね。

 流石は元死刑囚といったところでしょうか。数多の魔術師を斬り殺してきただけはあります。


 では、また次回も楽しみお待ちいただけると幸いです。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

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