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救済のアポストロス  作者: ただのいぬ
第一章 東京事変
11/19

保守派の苦悩

 こんにちはこんばんはおはようございます。

 本日もお読みいただきありがとうございます!

 午前の終了を告げるチャイムが鳴る。


「それじゃあ、午前の授業はこれで終わりだ。各自好きに昼休みを過ごしておくれ」

 

 そう言って秋葉と如月が出ていくと、生徒たちは一斉に大きく息を吐いた。

 強張っていた表情には明るさが戻り、年相応の若々しさが蘇る。

 教室はすぐに和気あいあいとした雰囲気に包まれた。


「一花ちゃん、ランチどう?」

「はい、是非」


 隣の席の神無月(かんなづき)里美(さとみ)に声をかけられた(みどり)一花(いちか)は落ち着いた様子でそれを承諾し、2人は食堂へと向かう。




 学院の食堂では、学院と提携した複数の飲食チェーンがそれぞれのブースで販売をし、利用者は共有スペース内にある席に購入したものを持ち運んで食事をするという、ショッピングモールなどの大型施設で見られるようなフードコート形式を採用している。

 しかし学院設立時は、専属の調理師が生徒の注文に応じて調理、提供するという一般的な学食形式だった。

 というのも、当初は生徒のQOLクオリティ・オブ・ライフを向上させるための一時的な企画として年に数回のみ行われていたものだが、生徒たちの――実際は教員の――熱い要望により、20年ほど前にフードコートが常設化されたのだ。

 今では学術都市内にもレジャー施設が多数設置され、QOL向上という観点から見れば不要なものであるように思えるが、学院としても敢えて廃止する理由もないのだろう。


「おっ待たせ~!」


 先に注文を終えていた一花のもとに、10分ほど遅れて里美が合流する。


「遅かったですね――――ってなんですかその量!?」

「え……?」


 一花が驚くのも無理はない。

 里美は両手に2枚、各前腕部に1枚ずつ――持つというよりも載せるようにして合計4枚のトレーを持ってきた。もちろん、その上には別々のブースで購入したであろう色とりどりの料理が載せられている。

 周囲を見渡すと、当然ながら彼女のように複数のトレーを持ち歩いている生徒はいない――別の意味で目立っている生徒が一名いるのだが、目の前の少女には劣るだろう。

 里美以外の生徒は基本的に一枚のトレーしか運んでいないし、料理も一品しか購入していない。


「…………美味しそうだからたくさん買ってきちゃった!」

「と、とりあえずそれを置いてください!」

「そんなに焦らなくても落としたりしないから大丈夫だよ~」


 その心配もあったが、一花としては周囲から注目を浴びているということの方が心配だった。これで里美が「腹ペコ娘」のような変なあだ名を付けられては、彼女の家柄に泥を塗ることになる。

 しかし残念ながら、当の本人にそのような危機感は存在しないようだ。



「そういえば、一花ちゃんは先生のこと、どう思ってるの?」

「どう、というのは?」


 唐突な質問に、一花は思わず聞き返してしまう。

 しかし、乙女の会話において異性のことをどう思うのかという問いは、実に様々な意味を持つだろう。そういう意味では、一花の行為は正確な回答をする上での必要な工程だったと言える。

 もちろん、彼女がそこまで考えていたかといえば、そんなことはない。ただ瞬時に質問の意図が理解できず、反射的に聞き返してしまっただけだ。


「べつに変な意味は無いよ? ただ、先生が本当に使徒なのか。そうだとして、信用できる人なのか。一花ちゃんはどう考えてるのかなって」

「……私は、先生は本物の使徒だと確信しています」

「それはなんで?」

「…………先生は、私の命の恩人なんです」


 そう言うと、一花はどこか安心したような表情を浮かべた。

 母親の腕に揺られながら、ゆっくりと眠りに落ちる赤子のような――そんな愛らしさを感じさせる。


「3年前、先生は危機に瀕した私を救い出してくださいました。当時の事は今も鮮明に覚えています。

 ……あれは正真正銘、使徒の所業です。

 もちろん、こんなことで信じてもらえるとは思っていません。ですが私は――――私だけは、先生を信じ続けます…………!」

「ふうん、まあ他の人が信じるか信じないかはさておき、私は一花ちゃんを信じるよ。だから、先生のことも信じる」

「……私が国の機密保持のために、嘘を吐いているのかもしれませんよ?」

「だとしても、一花ちゃんが昔のことを思い出してる時のあの表情は、嘘だとは思えないな」

「――――!?」


 瞬間、一花の白く滑らかだった肌が、一瞬にして淡い赤に染まった。


「わ、私……そんな変な顔してました、か…………?」

「変というよりかは、可愛かったかな」

「だからどういうことですか!?」


 フードコートは生徒たちの和気あいあいとした喧噪で溢れかえっている。

 だから、一花たちが特段目立っていたわけではない。皆それぞれの会話に夢中だ。

 しかし、一花は先ほどの自分の表情が見られていないかと必死に周囲を見渡し、視線を彷徨わせていた。


――それが余計に自分を目立たせていることも知らずに


「大丈夫だよ、誰も見てないから」

「でも、もし誰かに見られていたら…………」

「フフ、男子だったら一花に恋しちゃってたかもねぇ」

「もうやめてください!」


 そろそろ一花の羞恥心が限界だと察した里美は、仕方なく話題を変える。


「まあそれはさておき、授業はどうだった? 私はちょっと難しかったな。そもそも魔術の基礎理論から説明されても研究職じゃない私たちにはさっぱりだよ」

「…………そ、そうですね。私も、正直完全に理解できたとは言えません。ですが、先生も仰っていましたが、日本の魔術師の質が世界と比べて劣っている理由が魔術という現象そのものに対する理解が遅れているからというのは、あながち間違いではないと思います」


 赤みを帯びていた一花の肌は、気付けばもとの滑らかな白に戻っていた。


「それはなんで?」

「私は中等部時代に一か月だけブリテンの魔術学校に留学したことがあるんです。そこで行われていた教育と現状日本で行われている教育は、はっきり言って全く異なるものでした。簡単に言えば、実践を主においている日本に対して、ブリテンでは座学を主においた教育が行われていたんです」

「……たしかに、この学院もそうだけど、日本では『実践こそ正義!』みたいな風潮があるよね」

「はい。ですが、ブリテンでは座学がカリキュラムの8割を占めていました」

「そんなにぃ!?」


 予想以上の比率に、里美は思わず声を荒げてしまう。

 とはいえ、里美でなくとも日本で魔術を学んだことがある者ならば、全く同じ反応をするだろう。

 一花もそれが分かっていたからか、もしくは以前にも経験したことがあるからか、里美の反応を当たり前のように眺めていた。


「使徒戦力こそ日本は世界最強ですが、それ以外に高名な魔術師はほとんどいません。強いて言えば、工藤少佐くらいでしょうか……」

「あの第一部隊の?」

「はい、あのお方は別格です。実力も功績も、世界に認められています。ですがやはり、それ以外となると…………」

「そうだね、工藤少佐以外じゃ御三家の当主の人くらいしか分からない。なのに、ブリテンとかアメリカとかだとすっごい思いついちゃう……」


 これは今に始まったことではなく、既にメディアでさえ取り上げているような周知の事実だ。昨日の入学式では、秋葉も同様の話題に触れていた。

 使徒戦力に頼りすぎではないか、という声は日に日に高まり続けているのだ。


「……つまりはそういうことなのだと思います。この現状が、教育方針の違いによる魔術師の質の差を証明しているのではないでしょうか」

「でも、それくらいのことならとっくのとうに誰かが気付いてるんじゃない?」


 その指摘に、一花は苦い顔をする。


「どうしたの?」

「いえ、思い当たる節がありまして…………」


 すると何かに気付いたのか、里美の表情もだんだんと一花と同じ不快感に染まっていく。


「良い意味でも悪い意味でも、この国は伝統主義的な側面が強いです。ですから――――」

「間違いを認めたくない人たちはいっぱいいるだろうね。うちの当主だってそんなかんじだし」

「わたしも、です…………」


 翠家も神無月家も、魔術師社会に生きる者ならば誰もが知る名家だ。

 そして両家とも、保守派の筆頭として知られている。


 こと魔術界において彼ら保守派の影響力は計り知れない。

 現に日本魔術協会の現会長は、神無月家の当主。里美の祖父である。


 国立魔術学院は通常の教育機関と同様に、文部科学省の承認を得なければカリキュラムを実行することができない。

 それ自体は制度上仕方のないことなのだが、問題は文部科学省が魔術協会に審査を委託しているという点だ。

 前述の通り、現在の日本魔術協会は保守派に支配されていると言っても過言ではない。そのような組織が審査をするということは、革新的な教育を学院が行えないということになる。

 つまりは、この結論に至った2人はこれ以上なく複雑な立場に居るということだ。


「これは、私たちがどうこうできる問題ではなさそうだね…………」

「…………です、ね」


 2人はまだ16歳の少女だ。家族のことを悪だと断言する勇気は無いし、現実を直視できるほど心は成熟していない。


「一番の問題はさ、先生の方針をクラスのみんなが受け入れてくれるかどうかだよね」


 意図的な行為であったかはともかく、そうして里美が話題を変えたのも彼女たちの立場上仕方のないことだ。


「そういえば神無月さんは、先生のやり方に抵抗は無いんですか?」


 これまで里美が自分と同じ価値観を持っていると勝手に思い込んでいたが、そもそも彼女は保守派の筆頭である神無月家の出身だ。

 今更ではあるものの、その疑問は至極真っ当なものだった。

 表向きは話を合わせてくれていただけで、本心は違っていたかもしれない。普通に考えればそちらの方が在り得る話だろう。


「完全に無いとは言えないよ。私だって、まだ先生が完全に正しいとは思ってない。けど、なんかこっちの方が楽しそうじゃない?」

「楽しい、ですか?」

「うん、楽しい。正直、今の日本ってなんか退屈というか、見ててつまんないんだよね。

 特に私たちみたいな保守派の家系はさ、伝統とかなんとか言って新しいものを嫌うじゃん? でも、それってつまんなくない?

 何十年何百年も同じことを繰り返して、結局評価されるのは私たちじゃなくて使徒。学習能力がないというか、そもそも国を救おうっていう意志が感じられない。そんなのが名家とか言ってもてはやされるのって、ほんとに見ててつまんないし退屈。…………だから、私は先生についていった方が楽しいんじゃないかって思うの。

 退屈な現状維持よりも、何が起こるのわからない未来のために変革を起こす方が、まだマシだって思うんだ!」


 そう語る少女の瞳には、一切の混じり気のない純粋な希望の火が灯っていた。それ以外が入り込む余地は、存在しなかった。

 しかし、覇気のない表情で呆然とこちらを見る一花に気付くと、その希望は急速に熱を失っていく。


「…………」


 希望に満ちた眼差しから一転、その瞳には絶望と失望が入り混じった暗い霧が立ち込めていた。


「…………そうだよね。神無月の女がこんな考え方してるの、おかしいよね」


 その俯いた瞳から希望が零れ落ちていくように一花が感じたのは、彼女の気の所為ではないだろう。


「いえ、おかしいとは思いませんよ。むしろすごいことだと思います。周囲の空気に流されず、自分が正しいと思ったことを貫き通す神無月さん、いえ里美さんの在り方は、尊敬に値すると思います――――!」


 なにも一花は、里美の真意を聞いて失望したわけでも、軽蔑したわけでもなかった。

 ただ、驚いていただけなのだ。自分と同じ保守派の人間が、それもあの神無月家の人間が、まさか自分と同じ価値観を持っていたことに。

 それはあまりにも奇跡的なことで、一花が現実感を失ってしまうのは仕方のないことだった。


――尊敬に値する


 それを聞いた瞬間、里美の表情に再び熱が浮かび上がる。


「――――!? …………まさか、翠の人にそう言われるなんて思わなかったな」

「それはこちらもですよ。まさか神無月のご息女が里美さんのような革新的な考えをお持ちだとは思いませんでした。里美さん、改めてよろしくお願いします!」

「…………うん! よろしくね、一花ちゃん!」


 そうして2人の少女は固く握手を交わす。

 永遠の友情を確かめ合うように、それは数十秒もの間続いた。


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回は女の子2人を中心とした内容となりました。

 正直一人称からいきなり三人称に切り替えるのはどうかとも思ったのですが、いかがでしたでしょうか?

 あと、前回から一話あたりの文字数が倍近くになってしまったのですが、これも悩みどころです。

 これまではなんとか分割できていたのですが、前回以降はどうしても分割するのが難しくなってきてしまいました。皆様にはパッと短時間で読んでいただきたいので、今後はそこらへんも意識してみようと思います。


 本編の内容に戻りますが、前回と今回の話の間では秋葉による授業が行われています。何故カットしたかというと、ほとんどが秋葉による解説になってしまうためです。論文のような内容になってしまうので、流石にそれを皆様にお届けするのは憚られました。

 自分自身そういうのは書いていて面白いのですが、それはもう完全に趣味の領域ですので、心の内に収めておくことにします。

 次回はまた違った視点から秋葉について考えてみよう、みたいな内容になります。


 それでは、また次回お会いしましょう。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

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