第九話 お姉ちゃん頑張って ~お引っ越しを手伝ったら~
布団から起き出したお姉ちゃんですが、その格好を目にした中島さんは。
「どっ、どうして下着姿なんですかっ!」
布団に隠れていましたが、お姉ちゃんは下着しか身につけていないんです。
「服のままで寝たらしわになるやろ、今日も仕事やで」
「今日が何曜日だと思っているんですか」
「へっ?」
「不動産屋に行くのを昨日にしたのは、今日が土曜日だからでしょ」
「百歩譲って、服を脱いだまではいいとしましょう」
「ええんやったら、ごちゃごちゃ言わんと」
「たとえラブホテルでも、パジャマぐらいは置いてあるでしょ」
そう言いながら、自分も布団から出ようとした中島さんですが。
「どうして、僕までパンツ一丁なんですかっ!」
「あんたかて仕事や思うて、ウチが脱がせたからやろ」
まるで、気を利かせたかのように言っていますが。
下着姿のままで、堂々と向き合っているんですよ。
せめて、もう一度お布団に入ってはいかがでしょうか。
「なんしか、礼ぐらい言うてもらわな」
「お礼って、僕がですか?」
「ウチかて酔っとったのに、泥酔しとるあんたをここまで運んだんやで」
その行動の回避方法については、さっき中島さんから聞いたでしょ。
「体格のええあんたをベッドに寝かせた上、服まで脱がせたったんや」
自分の言い分は正しくても、微妙に分が悪いことに気づいた中島さんは。
「隠そうともしないで、そんな姿を僕に見られて恥ずかしくないんですか?」
「別に気にせぇへん、赤の他人なんやしもう会うこともないやろ」
それもそうだなって顔で納得しかけていますよ、中島さんっ!
「ぼちぼち起きへんか、十時ちょい前やで」
「十時って、起きていたならもっと早く起こしてくれても」
「どんだけ飲んだ思てんねん、ウチもフロントからの電話で起きたばかりや」
「フロントから、電話?」
「チェックアウトの時間や言うとった、早うせんとオーバーしてまうぞ」
「先に、鹿山さんが着替えてください」
「ええんか、ウチがここで着替えたら丸見えやで」
「風呂の脱衣場で着替えればいいでしょ、その間に僕もここで着替えます」
着替えを終えて部屋を出ようとすると、お姉ちゃんは。
「これで、大阪んときの借りはチャラちゅうことでええな」
よくも、そんなことが言えるわね。
ラブホテルを出て駅に向かっていると、前を歩いているカップルが数組。
「みんな、一斉にホテルから出てくるんですね」
「チェックアウトの時間やさかい、こないなるんやろ」
「へえ」
「ウチらかてそう見えとるっちゅうこっちゃ、腕ぐらい組んだろか?」
それを聞いた、中島さんのため息が聞こえてきそう。
「ここらは朝から飲める店も多いんや、どうせ休みなんやし一杯どや?」
「えっ、朝から飲むんですか?」
「ウチに、土曜日の朝から一人で飲んでこい言うんか」
「鹿山さんが飲むのは、確定なんですね」
「袖振り合うも多生の縁ちゅうやろ、暇なんやから付き合うたらええやん」
「朝から飲みたくはないけれど、話さなきゃならないこともありますしね」
渋々ながら、お姉ちゃんの後を歩いている中島さん。
心持ち肩が落ちているように見えるのは、気のせいではありませんよね。
繁華街に向かった二人は、こんな時間から営業中の居酒屋さんに入ると。
一人は渋々ながら、もう一人は喜々として飲み始めたんだけれど。
「ここはあんたのおごりでええな、昨日の飲み代はウチが出したんやし」
「昨日の分も僕が出しますよ、部屋探しのお礼で飲みに行ったんですから」
「ええ心掛けやな」
「そんなことより、もっと大事なことを話しませんか」
「なんや、大事なことて」
「もちろん昨日の夜のことですよ、ちゃんと責任は取りますから」
「昨日の夜てなんやねん、それに責任を取るて?」
「きちんとしたお付き合いをしましょう、鹿山さんが望むのなら結婚だって」
中島さんがそう言うのを聞いて、きょとんとしているお姉ちゃん。
「ちょい待ってみぃ、いったいなんの話をしとんねん」
「だから、前後不覚に酔っていたとはいえ鹿山さんをですね」
「ははぁん」
ようやく、中島さんが言わんとしていることを理解したようです。
「鼻で笑うことはないでしょ、こっちは真剣に話しているのに」
「えらい勘違いしとるで、自分」
くすくすではなく、もはやげらげらに近い笑い方になっているお姉ちゃん。
「何ですか、僕が勘違いしているって」
「ウチとあんたが、酔うた勢いでエッチした思とるんやろ」
あまりにもストレート過ぎる質問に、下を向いたままの中島さんが。
「そうですけれど」
「なんでウチが、ほぼ初対面のあんたとエッチせなあかんの」
「じゃあ、何もなかったんですか?」
中島さんったら、地獄の淵から生還したみたいな安堵の表情に。
「当たり前やろ、たとえしよ思ても泥酔しとるあんたに何ができるんや」
「は、ははは……」
「エッチしたら責任を取って結婚するて、いつの時代の話やねん」
「はは、はははは……」
一時を過ぎたころ、ようやく帰ってきたお姉ちゃん。
責任を取るとか結婚をするとか、あれだけ気まずい会話をした後なのに。
二時間近くも、中島さんと二人っきりで飲んでいたのね。
リビングには、お母さまと猪口さんと蝶野さんが待ち構えていますので。
三人からの、激しい集中砲火を浴びることになりそうです。
当然ですよね、朝帰りならぬ昼帰りをしたんですもの。
「連絡もしないで、ひと晩中どこに行っていたのっ!」
まず口火を切ったのは、お母さまのバズーカ砲です。
「すんまへん、連絡しよ思たら携帯電話の充電が切れとって」
「朝帰りならぬ昼帰りって、鹿ちゃんたらどこで何をしていたのよ」
続いて、猪口さんからの二の矢が。
「中島の部屋を決めた後に、二人で飲みに行ってん」
「それが、どうして昼帰りされるのですか」
三の矢を放ったのは、蝶野さん。
「そのままラブホに泊まって、そこを出てから今さっきまで飲んどった」
よくもまあ、そこまで赤裸々に話せるわね。
この様子では、お姉ちゃんには隠すなんてつもりは一切ないようです。
「ほんまにあいつときたら、いきなり付き合うてくれやら結婚しようやら」
「付き合うとか結婚するとかって、ひと晩でどんな展開なのよっ!」
さすがに、お母さまも血相を変えています。
「どないや言われてもウチかて聞きたいですわ、ほんま」
「で、鹿ちゃんは何て答えたのよ?」
心配が先に立つお母さまとは違い、興味本位なのがありありな猪口さん。
「答えるも何も、そんなしょうもない話は無視したった」
「中島さんのどこが不満ですの、将来が有望な殿方で棚からぼた餅ですのに」
半分は適切で、半分は不適切なアドバイスをする蝶野さん。
「なんでウチが、よう知らん男と結婚せなあかんの」
「だから、まずはお付き合いから始めるんじゃない」
意外と乗り気なんですね、猪口さん。
「せやから付き合わん言うとるやろ、もう終わった話なんやで」
「でも、もったいないと思いますわ」
自分のことのように残念がっている、蝶野さん。
お姉ちゃんが、そこに至るまでの詳しい話をしないものですから。
猪口さんと蝶野さんの心配、そしてちょっとしたわくわくは高まるばかり。
気になるのは、お母さまが途中からだんまりを決め込んでいること。
いつもなら、とっくに特大の雷が落ちていてもおかしくないのに。
どうしたのかしら。
これで幕切れにしたい、お姉ちゃんはそう思っていたようですが。
誰が考えても、この問題がこんな曖昧な形で終わるはずもないわけで。
早くも二週間後に、さらなる大問題へと発展するのです。
十二月にならんとする金曜日、お父さまが。
「そういえば、明日は中島の引っ越しだって?」
リビングにいる誰もが、これはお姉ちゃんへの質問だと思っています。
「さいでっか」
それを知ってか知らでか、お姉ちゃんは気のない返事を。
「何も聞いていないのか」
「へえ、ウチには関係あらへん話やし」
「女手も必要だろうし行ってやれよ、あいつとはいろいろと縁があるんだろ」
「なんでウチが、縁やいうてもウチらのはすべて腐れ縁でっせ」
「そんなことを言わずに、あいつを助けると思ってさ」
「ウチの他に友達はいてへんのですか、中島は」
「すぐ近くなんだから、顔見知りのおまえが行ってやれよ」
「しゃあないな、大家さんにそこまで言われたら断れんか」
それにしても、変ね。
あんなことがあったのに、お母さまが止めようとしないのはなぜかしら?
渋々ながらも、朝から中島さんのマンションに来ているお姉ちゃん。
「あれ、他の人たちはどこにいるんですか?」
「引っ越し屋やったら、作業が終わった言うから帰らせたで」
「完了のサインは?」
「ウチがしといた」
勝手に業者を帰らせちゃうなんて、一体ここは誰の家なんですか。
「それにしてもなんやねん、あの引っ越し屋は」
「確かにそうですね、不動産屋といい今日といい」
「最初から最後までずっと、ウチのことを奥さんて」
このシチュエーションだと、誰が見てもそうとしか見えないからでしょ。
「大阪から届いた荷物て、これで全部なん?」
独身男性のお引っ越しとはいえ、意外に少ないんだもの。
「古い家電や家具は、大阪で処分してきたんです」
「ほんなら、持ってきたんは?」
「冷蔵庫と洗濯機に掃除機、それとオーディオぐらいですかね」
「足らんものだらけやな、どないすんねん」
「こっちで買おうかと」
「家電やと、電子レンジと炊飯器にテレビっちゅうとこか」
「家具だとリビングに置くソファーやテーブル、それにベッドですかね」
「鍋やフライパン、食器もなかったようやけど」
「それも処分してきたんで、買わないと」
「泥縄の極みやな、普通やったら引っ越す前に買ぉとくもんやろ」
「向こうではいろいろと忙しくて、こっちに来てから買うことにしたんです」
「ほな行こか、調理器具や食器は帰ってきてから地元でそろえればええやろ」
「買いに行くって、今からですか?」
「ベッドもなしにどこで寝るんや、片付けよか先に買わなあかんやろ」
「引っ越しはしましたけれど、僕がここに住むのは来週の木曜日からですよ」
さっき、お引っ越しの前に中島さんが言っていたでしょ。
「仕事をしながら買いに行こ思とる時点であかんやろ、ちゃっちゃと行くで」
ターミナル駅まで家電と家具を買いに来た、お姉ちゃんと中島さん。
まずは、大型家電量販店へ。
「電子レンジと炊飯器を選ぶのは、鹿山さんにお任せしたいんですが」
「なんでウチが?」
「僕は、テレビを選んできたいので」
「それぐらい待てんのか、意外といらちやな」
「調理家電なら、女性の目で選んでもらった方が確かでしょ」
「こだわりや希望はあるんか?」
「レンジはオーブン兼用で、スチーム機能の付いているタイプを」
「炊飯器は?」
「五合炊きで、内釜がしっかりしていて火力の強いものがいいです」
「そないこだわるんやったら自分で買うたらええやん、予算はなんぼや?」
「レンジが七万円で炊飯器が三万円、合わせて十万円ぐらいです」
「選んだら電話するさかい、売り場に来ぃや」
「決まったら購入していいですよ、お金は渡しておきますから」
三十分ほどして、お姉ちゃんがテレビ売り場に行くと。
「ずいぶん早いですね、もう買ったんですか?」
「ああ、テレビは決まったんか?」
「これを勧められているんですけれど」
「小さいんとちゃうか、あのリビングやったらせめてこんぐらいは」
「僕にも、予算ってものがありますので」
「三万円ちょいの差やで、電子レンジと炊飯器で二万円ほど浮いとるさかい」
「二万円も、どうして?」
「型落ちになりたてのモデルがあったんと、ウチが値切ったった分や」
さすが、大阪育ちね。
中島さんが、初めて尊敬のまなざしでお姉ちゃんを見ているわ。
「こいつにしよや」
「浮いた二万円を足しても、少し足りないかな」
「なんぼ足りひんねや、ウチが値切ったる」
すべてワンランク上の製品を買えたことで、中島さんは満足そうに。
「やっぱり、鹿山さんと一緒に来て正解でしたね」
そう言われて、まんざらでもないって顔をしているけれど。
こんなことでしか評価されていないのに、お姉ちゃんはそれでいいの?
Copyright 2026 後落 超




