表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

第九話 お姉ちゃん頑張って ~お引っ越しを手伝ったら~

 布団から起き出したお姉ちゃんですが、その格好を目にした中島さんは。

「どっ、どうして下着姿なんですかっ!」

 布団に隠れていましたが、お姉ちゃんは下着しか身につけていないんです。

「服のままで寝たらしわになるやろ、今日も仕事やで」

「今日が何曜日だと思っているんですか」

「へっ?」

「不動産屋に行くのを昨日にしたのは、今日が土曜日だからでしょ」


「百歩譲って、服を脱いだまではいいとしましょう」

「ええんやったら、ごちゃごちゃ言わんと」

「たとえラブホテルでも、パジャマぐらいは置いてあるでしょ」

 そう言いながら、自分も布団から出ようとした中島さんですが。

「どうして、僕までパンツ一丁なんですかっ!」

「あんたかて仕事や思うて、ウチが脱がせたからやろ」

 まるで、気を利かせたかのように言っていますが。

 下着姿のままで、堂々と向き合っているんですよ。

 せめて、もう一度お布団に入ってはいかがでしょうか。


「なんしか、礼ぐらい言うてもらわな」

「お礼って、僕がですか?」

「ウチかて酔っとったのに、泥酔しとるあんたをここまで運んだんやで」

 その行動の回避方法については、さっき中島さんから聞いたでしょ。

「体格のええあんたをベッドに寝かせた上、服まで脱がせたったんや」

 自分の言い分は正しくても、微妙に分が悪いことに気づいた中島さんは。

「隠そうともしないで、そんな姿を僕に見られて恥ずかしくないんですか?」

「別に気にせぇへん、赤の他人なんやしもう会うこともないやろ」

 それもそうだなって顔で納得しかけていますよ、中島さんっ!


「ぼちぼち起きへんか、十時ちょい前やで」

「十時って、起きていたならもっと早く起こしてくれても」

「どんだけ飲んだ思てんねん、ウチもフロントからの電話で起きたばかりや」

「フロントから、電話?」

「チェックアウトの時間や言うとった、早うせんとオーバーしてまうぞ」

「先に、鹿山さんが着替えてください」

「ええんか、ウチがここで着替えたら丸見えやで」

「風呂の脱衣場で着替えればいいでしょ、その間に僕もここで着替えます」


 着替えを終えて部屋を出ようとすると、お姉ちゃんは。

「これで、大阪んときの借りはチャラちゅうことでええな」

 よくも、そんなことが言えるわね。




 ラブホテルを出て駅に向かっていると、前を歩いているカップルが数組。

「みんな、一斉にホテルから出てくるんですね」

「チェックアウトの時間やさかい、こないなるんやろ」

「へえ」

「ウチらかてそう見えとるっちゅうこっちゃ、腕ぐらい組んだろか?」

 それを聞いた、中島さんのため息が聞こえてきそう。


「ここらは朝から飲める店も多いんや、どうせ休みなんやし一杯どや?」

「えっ、朝から飲むんですか?」

「ウチに、土曜日の朝から一人で飲んでこい言うんか」

「鹿山さんが飲むのは、確定なんですね」

「袖振り合うも多生の縁ちゅうやろ、暇なんやから付き合うたらええやん」

「朝から飲みたくはないけれど、話さなきゃならないこともありますしね」

 渋々ながら、お姉ちゃんの後を歩いている中島さん。

 心持ち肩が落ちているように見えるのは、気のせいではありませんよね。


 繁華街に向かった二人は、こんな時間から営業中の居酒屋さんに入ると。

 一人は渋々ながら、もう一人は喜々として飲み始めたんだけれど。

「ここはあんたのおごりでええな、昨日の飲み代はウチが出したんやし」

「昨日の分も僕が出しますよ、部屋探しのお礼で飲みに行ったんですから」

「ええ心掛けやな」

「そんなことより、もっと大事なことを話しませんか」

「なんや、大事なことて」

「もちろん昨日の夜のことですよ、ちゃんと責任は取りますから」

「昨日の夜てなんやねん、それに責任を取るて?」

「きちんとしたお付き合いをしましょう、鹿山さんが望むのなら結婚だって」

 中島さんがそう言うのを聞いて、きょとんとしているお姉ちゃん。

「ちょい待ってみぃ、いったいなんの話をしとんねん」

「だから、前後不覚に酔っていたとはいえ鹿山さんをですね」

「ははぁん」

 ようやく、中島さんが言わんとしていることを理解したようです。

「鼻で笑うことはないでしょ、こっちは真剣に話しているのに」

「えらい勘違いしとるで、自分」

 くすくすではなく、もはやげらげらに近い笑い方になっているお姉ちゃん。

「何ですか、僕が勘違いしているって」

「ウチとあんたが、酔うた勢いでエッチした思とるんやろ」

 あまりにもストレート過ぎる質問に、下を向いたままの中島さんが。

「そうですけれど」

「なんでウチが、ほぼ初対面のあんたとエッチせなあかんの」

「じゃあ、何もなかったんですか?」

 中島さんったら、地獄の淵から生還したみたいな安堵あんどの表情に。

「当たり前やろ、たとえしよ思ても泥酔しとるあんたに何ができるんや」

「は、ははは……」

「エッチしたら責任を取って結婚するて、いつの時代の話やねん」

「はは、はははは……」




 一時を過ぎたころ、ようやく帰ってきたお姉ちゃん。

 責任を取るとか結婚をするとか、あれだけ気まずい会話をした後なのに。

 二時間近くも、中島さんと二人っきりで飲んでいたのね。


 リビングには、お母さまと猪口さんと蝶野さんが待ち構えていますので。

 三人からの、激しい集中砲火を浴びることになりそうです。

 当然ですよね、朝帰りならぬ昼帰りをしたんですもの。

「連絡もしないで、ひと晩中どこに行っていたのっ!」

 まず口火を切ったのは、お母さまのバズーカ砲です。

「すんまへん、連絡しよ思たら携帯電話の充電が切れとって」

「朝帰りならぬ昼帰りって、鹿ちゃんたらどこで何をしていたのよ」

 続いて、猪口さんからの二の矢が。

「中島の部屋を決めた後に、二人で飲みに行ってん」

「それが、どうして昼帰りされるのですか」

 三の矢を放ったのは、蝶野さん。

「そのままラブホに泊まって、そこを出てから今さっきまで飲んどった」

 よくもまあ、そこまで赤裸々に話せるわね。

 この様子では、お姉ちゃんには隠すなんてつもりは一切ないようです。

「ほんまにあいつときたら、いきなり付き合うてくれやら結婚しようやら」

「付き合うとか結婚するとかって、ひと晩でどんな展開なのよっ!」

 さすがに、お母さまも血相を変えています。

「どないや言われてもウチかて聞きたいですわ、ほんま」

「で、鹿ちゃんは何て答えたのよ?」

 心配が先に立つお母さまとは違い、興味本位なのがありありな猪口さん。

「答えるも何も、そんなしょうもない話は無視したった」

「中島さんのどこが不満ですの、将来が有望な殿方で棚からぼた餅ですのに」

 半分は適切で、半分は不適切なアドバイスをする蝶野さん。


「なんでウチが、よう知らん男と結婚せなあかんの」

「だから、まずはお付き合いから始めるんじゃない」

 意外と乗り気なんですね、猪口さん。

「せやから付き合わん言うとるやろ、もう終わった話なんやで」

「でも、もったいないと思いますわ」

 自分のことのように残念がっている、蝶野さん。


 お姉ちゃんが、そこに至るまでの詳しい話をしないものですから。

 猪口さんと蝶野さんの心配、そしてちょっとしたわくわくは高まるばかり。

 気になるのは、お母さまが途中からだんまりを決め込んでいること。

 いつもなら、とっくに特大の雷が落ちていてもおかしくないのに。

 どうしたのかしら。




 これで幕切れにしたい、お姉ちゃんはそう思っていたようですが。

 誰が考えても、この問題がこんな曖昧な形で終わるはずもないわけで。

 早くも二週間後に、さらなる大問題へと発展するのです。


 十二月にならんとする金曜日、お父さまが。

「そういえば、明日は中島の引っ越しだって?」

 リビングにいる誰もが、これはお姉ちゃんへの質問だと思っています。

「さいでっか」

 それを知ってか知らでか、お姉ちゃんは気のない返事を。

「何も聞いていないのか」

「へえ、ウチには関係あらへん話やし」

「女手も必要だろうし行ってやれよ、あいつとはいろいろと縁があるんだろ」

「なんでウチが、縁やいうてもウチらのはすべて腐れ縁でっせ」

「そんなことを言わずに、あいつを助けると思ってさ」

「ウチの他に友達はいてへんのですか、中島は」

「すぐ近くなんだから、顔見知りのおまえが行ってやれよ」

「しゃあないな、大家さんにそこまで言われたら断れんか」

 それにしても、変ね。

 あんなことがあったのに、お母さまが止めようとしないのはなぜかしら?




 渋々ながらも、朝から中島さんのマンションに来ているお姉ちゃん。


「あれ、他の人たちはどこにいるんですか?」

「引っ越し屋やったら、作業が終わった言うから帰らせたで」

「完了のサインは?」

「ウチがしといた」

 勝手に業者を帰らせちゃうなんて、一体ここは誰の家なんですか。

「それにしてもなんやねん、あの引っ越し屋は」

「確かにそうですね、不動産屋といい今日といい」

「最初から最後までずっと、ウチのことを奥さんて」

 このシチュエーションだと、誰が見てもそうとしか見えないからでしょ。


「大阪から届いた荷物て、これで全部なん?」

 独身男性のお引っ越しとはいえ、意外に少ないんだもの。

「古い家電や家具は、大阪で処分してきたんです」

「ほんなら、持ってきたんは?」

「冷蔵庫と洗濯機に掃除機、それとオーディオぐらいですかね」

「足らんものだらけやな、どないすんねん」

「こっちで買おうかと」

「家電やと、電子レンジと炊飯器にテレビっちゅうとこか」

「家具だとリビングに置くソファーやテーブル、それにベッドですかね」

「鍋やフライパン、食器もなかったようやけど」

「それも処分してきたんで、買わないと」

「泥縄の極みやな、普通やったら引っ越す前に買ぉとくもんやろ」

「向こうではいろいろと忙しくて、こっちに来てから買うことにしたんです」

「ほな行こか、調理器具や食器は帰ってきてから地元でそろえればええやろ」

「買いに行くって、今からですか?」

「ベッドもなしにどこで寝るんや、片付けよか先に買わなあかんやろ」

「引っ越しはしましたけれど、僕がここに住むのは来週の木曜日からですよ」

 さっき、お引っ越しの前に中島さんが言っていたでしょ。

「仕事をしながら買いに行こ思とる時点であかんやろ、ちゃっちゃと行くで」




 ターミナル駅まで家電と家具を買いに来た、お姉ちゃんと中島さん。


 まずは、大型家電量販店へ。

「電子レンジと炊飯器を選ぶのは、鹿山さんにお任せしたいんですが」

「なんでウチが?」

「僕は、テレビを選んできたいので」

「それぐらい待てんのか、意外といらちやな」

「調理家電なら、女性の目で選んでもらった方が確かでしょ」

「こだわりや希望はあるんか?」

「レンジはオーブン兼用で、スチーム機能の付いているタイプを」

「炊飯器は?」

「五合炊きで、内釜がしっかりしていて火力の強いものがいいです」

「そないこだわるんやったら自分で買うたらええやん、予算はなんぼや?」

「レンジが七万円で炊飯器が三万円、合わせて十万円ぐらいです」

「選んだら電話するさかい、売り場に来ぃや」

「決まったら購入していいですよ、お金は渡しておきますから」


 三十分ほどして、お姉ちゃんがテレビ売り場に行くと。

「ずいぶん早いですね、もう買ったんですか?」

「ああ、テレビは決まったんか?」

「これを勧められているんですけれど」

「小さいんとちゃうか、あのリビングやったらせめてこんぐらいは」

「僕にも、予算ってものがありますので」

「三万円ちょいの差やで、電子レンジと炊飯器で二万円ほど浮いとるさかい」

「二万円も、どうして?」

「型落ちになりたてのモデルがあったんと、ウチが値切ったった分や」

 さすが、大阪育ちね。

 中島さんが、初めて尊敬のまなざしでお姉ちゃんを見ているわ。

「こいつにしよや」

「浮いた二万円を足しても、少し足りないかな」

「なんぼ足りひんねや、ウチが値切ったる」


 すべてワンランク上の製品を買えたことで、中島さんは満足そうに。

「やっぱり、鹿山さんと一緒に来て正解でしたね」

 そう言われて、まんざらでもないって顔をしているけれど。

 こんなことでしか評価されていないのに、お姉ちゃんはそれでいいの?




Copyright 2026 後落 超


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ