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第八話 お姉ちゃん頑張って ~お部屋選びを手伝ったら~

 えっ、お姉ちゃんについて知りたいんですか?

 わたしが知っている範囲でよければ、できる限りお答えしますが。


 健康について、ですか?

 小さいころから、病気のひとつもしたことがありませんね。

 いつでも元気いっぱいですし、良く寝て良く食べて健康そのものです。

 ルックス、ですか?

 日焼けしている上に髪形がショートカットなので、ボーイッシュですね。

 スタイルだって、引き締まっていると言って差し支えないでしょう。

 性格、ですか?

 竹を割ったようにさばさばしていて、明るいしかなりのプラス思考です。

 良く言えばおおらかで、悪く言えばがさつですね。

 家事、ですか?

 お料理は、しているのを見たことがないので何ともいえません。

 他の家事についても同様ですから、わたしからは何とも。

 異性関係、ですか?

 高校時代には彼氏らしい影が見えてはいたものの、今はさっぱりですね。

 普段の様子を見ているかぎり、恋愛に消極的ってわけではなさそうですが。


 つまり鹿山夏樹、二十六歳。

 優良とまで言うのは、さすがにはばかられますが。

 まずまずな、おすすめ物件なのではないかと思います。

 明るく元気な健康優良児で、今は男っ気がまったくなしも恋愛願望はあり。

 ってことで、よろしいでしょうか。




 それは、十一月も半ばを過ぎたある日のことでした。

 お洗濯物を取り込んでいると、お父さまからお電話があったんです。

「あゆみちゃんか、鹿山はもう帰ってきているかな?」

「さっき会社から帰ってきましたから、今は自分のお部屋にいると思います」

「良かった」

「猪口さんと蝶野さんは、まだ帰ってきていませんけれど」

「知っているよ、俺がくまさんに頼んで人払いしておいたんだから」

 わざわざ、お姉ちゃんを一人にしたんですか?

「十分ぐらいで中島と一緒に帰るから、鹿山をうちに連れてきてくれるかな」

 中島さんって。

 確か、実家のお引っ越しをしたときに会ったお父さまの会社の人よね。


 お部屋に呼びに行くと、着替えを終えようとしているお姉ちゃん。

「すぐに、お隣に来なさいって」

「そんなん、誰が言うてんねん」

「お父さまよ、お客様を連れてくるからお姉ちゃんを呼んできなさいって」

「大家さんの客やろ、なんでウチを呼ぶんや」

 そりゃ、お客様はあの中島さんだもの。

「メイクを落とすさかい、ちょい待っとき」

「そのままでいいわよ、お客様がいらっしゃるって言ったでしょ」

 不満そうな顔をしながら、お部屋を出ていこうとするお姉ちゃん。

「そんな格好のままで行くつもりなの、お客様がいるのに」

 上は薄手のタンクトップで、下はふとももも露わなホットパンツ姿なのよ。


 リビングに行くと、もうお父さまは帰っていて。

 改めて、わたしとお姉ちゃんは中島さんとご対面することに。

「先日は、姉が大変お世話になりました」

「お世話だなんて、僕は大したことをしていませんから」

「なんやあゆみ、知っとる人なん?」

「何を言っているのよ、お引っ越しのときにお世話になった中島さんでしょ」

「誰て?」

「酔って爆睡しているお姉ちゃんを、ホテルまでおんぶしてくれた中島さん」

「そんなん言われても知らんがな、そんときウチは寝とったんやろ」

 偉そうに言わないで、そのせいでみんなが大変な思いをしたんだから。


「中島は、急な辞令で俺の課へ異動することになってね」

「大家さんの会社では、こんな時期にも辞令が出るん?」

「今回は緊急の辞令で特別なんだよ、十二月から東京に転勤してくるんだ」

「あと何日もないやん、ごっつ急な話やな」

「だろ、今週中は東京に戻ってくる準備をするんでこっちにいるそうだ」

「東京に、戻るて?」

「もともと中島は東京で採用されたんだよ、大阪へは転勤していただけで」

「にしても、なんで大家さんに連れられてここにおるんや?」

 決まっているでしょ、お姉ちゃんにお礼を言わせるために。

「板橋区は家賃が安いって話したら、この辺りで部屋を探すって言うから」

「ほお、それで」

「あのときのお礼代わりに、おまえが手伝ってやればいいかと」

「はあ?」

「だから、中島が部屋を探す手伝いを」

「ちょい待ち、礼や言われてもウチは何ひとつ覚えてへんのに」

 中島さんに迷惑をかけたのは事実でしょ。

 お姉ちゃんが覚えているかどうかは、問題じゃないのよ。


「申し訳ないですよ、あんなことでお礼をしてもらうなんて」

「ほら、本人かて礼には及ばん言うて下を向いとるやないか」

 先ほど申し上げましたとおり、お姉ちゃんの装いといえば。

 OLが自宅で気楽に過ごすための、タンクトップにホットパンツ。

 そんな姿であぐらまで組んでいるから、目のやり場に困っているんでしょ。

「とにかく世話になったんだから、部屋を探す手伝いぐらいしてやれよ」

「え~、なんでウチが」

「あのときのお返しができるんだ、絶好のチャンスだろ」

「そうよ、中島さんは文句のひとつも言わずに助けてくれたんだから」

 せめてこれぐらい、手伝ってあげなくちゃ。


 そんなことがありまして、当人としてはまことに不本意なようですが。

 お姉ちゃんは、中島さんのお部屋を探すお手伝いをすることになりました。




 お父さまから頼まれた蝶野さんが、話を通してくれたそうで。

 隣の家を買うときに利用した、駅前の不動産屋さんへ行くことになって。

 翌日の夕方、会社の帰りに駅前で待ち合わせをしているんです。


 改札口を出てきたお姉ちゃんは、中島さんを見つけると。

「えらい早いやないか、待ったか?」

「いいえ、僕もちょっと前に来たところですから」

 言っておきますが、お姉ちゃんは二十分も遅れて来たんですよ。

 中島さんは、待ち合わせ時刻の五分前には来ていたのに。

「ほな、行こか」

 おわびのひと言もなしに、それですか?


 不動産屋さんに向かって歩きながら。

「東京出身なら実家があるやろ、わざわざ部屋を借りんでもええんちゃう?」

「父親の転勤で、両親は二年前から新潟にいるんです」

「新潟、なあ」

「僕も転勤していたから、今は実家を人に貸しているんですよ」

「家主の都合やし、すぐに明け渡せっちゅうわけにもいかんか」

「実家はそのままにして、僕が部屋を借りることにしたんです」

「難儀なこっちゃな、会社には社宅や寮はないんか?」

「ありますけれど、寮に入れるのは地方から転勤してきた人だけなんです」

「地方から転勤してくるんやろ、自分」

「もともと東京出身の僕は寮に入れないんです、住宅手当が出るだけで」

「ほんで、部屋探しかいな」

「それでも心強いです、独り暮らしをしていた鹿山さんに手伝ってもらえて」

「ウチが部屋を探したんは十年近う前やし、手続きは両親に任せとったから」

「それでも、僕は部屋を探すのなんて初めてですから」

 どうなんでしょうね、この二人って。


 中古だしご両親のお金とはいえ、一戸建てを即金でポンと買った蝶野さん。

 その影響力は、思っていたよりもずっと大きかったようです。

 店長さん自らが担当してくれて、懇切丁寧に応対してくれましたから。

 その結果、小一時間ほどして最終候補に残ったのは。

 良太さんのおうちと駅の中間にある、1LDKのマンション。

 お家賃も、中島さんの予算にぴったりな物件です。

 内覧に行ってみると、間取りや設備も気に入ったようで。

 即決することにした中島さんは、お店に戻り正式契約を。


 お部屋探しが予定よりも早く終わり、中島さんにお礼がしたいと言われて。

 時間も早いことから、二人はターミナル駅まで出ることにしたんです。

 お父さまがよく連れていってくれる、うなぎ屋さんに行くんですって。




 焼き台の前のカウンターに、並んで座っている二人。

 もうもうとした煙と香ばしい匂いに、いやでも食欲がわいてきます。

 キモ串を片手に、お姉ちゃんが。

「しっかしあの店長、最初から最後までウチらを新婚夫婦と間違うとったな」

 ウーロンハイを飲みながら、中島さんが。

「ずっとキッチンやお風呂の説明をしていましたね、鹿山さんに」

 仕方ないでしょ。

 年格好からも、新婚さんか結婚を控えているカップルだと思って当然よ。

「これは言うて勧めてくるんは、赤ん坊OKの物件ばかりやったし」

「契約するとき、住むのは僕だけだと言ったらびっくりしていましたものね」

 二人とも、よくしゃべりよく食べよく飲んでおります。

「にしても、独身やったらワンルームで十分なんとちゃう」

「リビングが欲しくて板橋にしたんです、彼女を呼ぶときに格好がつくから」

「彼女て、大阪におるんか?」

「いえ、彼女なんていませんよ」

「なんやねん、おらん彼女を呼ぶ前提のリビングて」

 こればかりは、わたしもお姉ちゃんと同感です。

「いつの日か呼ぶときに、ってことですよ」

「しょうもな」

「あのリビングは良かったって、鹿山さんも気に入っていたじゃないですか」

「新婚やったらちょうどええ思うただけやし、そもそもウチが気に入っても」

「え~っ、鹿山さんがああ言ったから決めたのに」

「あんたの家やろ、関係あらへんウチのひと言で決めるて」

 のんきな会話で羨ましいわ、お二人さん。


 それにしても、中島さんはお酒が強いんですか?。

 さっきから、お姉ちゃんと同じペースで飲んでいるみたいですが。

 言っているそばから、ウーロンハイのお代わりなんかしちゃって。

 繰り返すようで申し訳ありませんが、大丈夫なんですか?




「おう、ようやっと起きたか」

 これは、土曜日の朝のごあいさつです。

 おはようではないのが、いかにもお姉ちゃん流ですが。

 でも、これから大問題になりそうなのはそんなことではないようです。


「どっ、どっ!」

「何を慌てとるんや、もう少し落ち着いてしゃべらんか」

「どっ、どうして鹿山さんが?」

 中島さんが慌てているのも当然です、なにせこんな状況ですから。

「そない驚かんでもええやろ」

 驚くでしょ、普通。

 目を覚ますと、見たことのない天井と壁紙やカーテンにムーディーな照明。

 それだけでも驚いて当然なのに。

 同じベッドの同じ布団から顔を出している、お姉ちゃんが隣にいるんです。

 そして、先程のように声をかけてきたんですから。

「こっ、ここはどこなんです?」

「見てのとおり、ラブホやがな」

「ラブホテルって、どうしてこんなところへ?」

「覚えてへんのか、あんたが酔いつぶれて一人で動けんさかい」

 そうなんです。

 わたしが心配をしていたとおり。

 昨夜はあれから、中島さんは酔いつぶれて寝てしまったんです。

「酔いつぶれたあんたを送ろうにも、ウチはあんたの家を知らんし」

「話したじゃないですか、僕は出張中でホテル暮らしをしているって」

「どこのホテルか知らんし、ウチの家に連れていくわけにもいかんやろ」

「なら石田課長の家にすればよかったでしょ、鹿山さんの家は隣なんだから」

「おおっ、その手ぇあったな」


「どうしてラブホテルなんですか、せめて普通のホテルにすれば」

「昨日の店から遠いやんか」

「遠い?」

「ウチが肩を貸して歩くんやで、いっちゃん近いここに泊まるしかないやろ」

「肩を貸して?」

「えらい千鳥足のあんたに肩を貸して、ここまで来るんでへろへろや」

「だからって、何もラブホテルに」

「何があかんの?」

「まずいでしょ、何かあったらどうするんですか」

「何もなかったやろ」

「それは、たまたま……」

「何がたまたまや、まともに歩かれへんあんたに何ができるっちゅうねん」

「……」

「それに、あんたが寝てもうたから昨日の飲み代はウチが払ったんやで」

「だから?」

「その後で、ウチの財布にホテルで部屋を借りられる余裕があるとでも?」

「シングルをひと部屋だけ取って、僕を置いて帰ればいいでしょ」

「おおっ!」

 そう言われてから、初めて気づく姉でして。

「じゃなきゃ、クレジットカードを使うとか」

「ウチ、カードは作らん主義やさかい」

「だったら、僕のクレジットカードを使えばいいじゃないですか」

「ウチに、意識をなくしとる赤の他人の財布を漁れいうんか」

 こんなときばかり、正論を言っちゃって。

「しゃあないやろ、ウチはこれが最善策や思てん」

 お姉ちゃんが選択する最善策は、多くの場合において最善ではないのに?




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