第十話 お姉ちゃん頑張って ~家具や家電を買いに行ったら~
家電を買い終えた二人は、次は家具屋さんへ向かいましたが。
リビングのテーブルはすぐに決まったのに、ソファー選びでもめているわ。
「大き過ぎん方がええんとちゃうか」
「どうしてです、あれだけ広いリビングなのに」
「彼女を連れ込む言うとったやろ、やったら密着できる方がええで」
「彼女なら、今はいないと言ったでしょ」
「未来の彼女の膝枕で寝られる大きさがあれば十分や、そいつに寝てみぃ」
「まずは鹿山さんが座ってくれないと、彼女の膝枕で寝るためなんでしょ」
「なんでウチが彼女役やねん」
文句を言いながらも、中島さんのお願いを聞いて膝枕をしてあげているわ。
「これ、いいですね」
いいのはソファーではなく、お姉ちゃんの膝枕なのでは?
ソファーを決めると、続いてはベッド売り場へ。
「なんでセミダブルを見とんねん、彼女と二人で寝るんやったらダブルやろ」
「部屋が狭くなるじゃないですか」
「逆のことを言うとるやんけ、ソファーんときと」
難色を示している中島さんを、気にも留めずに。
ダブルベッドに決めたお姉ちゃんは、涼しい顔をして。
「ベッドの横には、ムーディなライトが欲しいな」
「どうしてライトがいるんです、部屋の明りがあるでしょ」
「微かな明りでっちゅうんがええねん、ベッドの横にナイトテーブルもな」
「ナイトテーブル?」
「ライトやティッシュを置くやろ、あれを入れとく引き出しが付いとるんを」
「鹿山さんにとっての寝室は、エッチをするための場所なんですか?」
「ちゃうんか」
「そこまで言うなら、鹿山さんが選んでくださいよ」
中島さんのそのひと言で、お姉ちゃんがすべての家具を選んだ結果。
お姉ちゃんの趣味がまる出しの部屋が、完成する運びとなりまして。
売り場の一角に、パジャマが売っているのを見つけたお姉ちゃんは。
「彼女を呼ぶんやったら、パジャマくらい買ぉとき」
「こんな荷物を持って帰れと?」
「ベッドと一緒に送ったらええやろ」
「パジャマのサイズは、どうするんですか?」
「知らんがな、あんたの彼女やん」
「いもしない彼女のサイズなんて、どうやって」
「あんたが彼女にしそうな、女性のサイズでええやん」
「面倒だな、鹿山さんのサイズでいいですよ」
あの、随分と投げやりに見えますけれど……。
「せや、帰ってもパジャマの袋は開けたらあかんで」
「どうしてですか、開けなかったらたんすに入れるときはどうするんです?」
「誰が着たか分からんパジャマを着たい女なんて、おらんやろ」
「確かに」
「あなたのためのまっさら未開封、ちゅうのが肝心なんや」
「鹿山さんみたいな彼女なら、服なんかいらないのに」
中島さん、お姉ちゃんを何だと思っているんですか。
「あのですね、どうしてあなたと飲むと……」
中島さんが不機嫌そうにそう言っているのも、当然なんです。
「毎回ホテルに泊まらなきゃいけない、そんなルールでもあるんですか?」
昨日はお買い物を済ませた後、例のうなぎ屋さんで飲んでいた二人ですが。
少しだけ飲もう、と言っていたはずなのに。
そんな約束はいつの間にかほごにされ、さんざん飲むことになりまして。
目覚めると、またもやあのホテルのベッドの中に二人でいるんですもの。
「そんなん、ウチに言われても……」
「じゃあ、誰に言えと?」
「そもそも、あんたがウチと同じペースで飲むからあかんのやろ」
前回に懲りずに、また同じ失敗を?
「だとしても、今回こそ僕の家に送ればいいのにラブホテルにいるなんて」
「あんたを担ぐんはウチなんやで、タクシー乗り場よかここの方が近いやろ」
そう言いながら、布団から出ようとするお姉ちゃんに。
「何て格好をしているんですか、鹿山さんっ!」
「そない大声を出さんでもええやん、二日酔いで頭が痛いっちゅうのに」
「だって、それって」
「何があかんの、今日はちゃんと着とるやん」
「だから、どうしてそれを着ているのかって聞いているんですよ」
「こないだ下着姿はあかん言われたさかい、あんたのシャツを借りたんやろ」
胸を張っているお姉ちゃんですが、自分のシャツで良かったのでは?
しかも、中島さんのシャツの下は裸なんです。
その上ボタンを半分も留めていないから、肝心なところが丸見えになって。
「それじゃあ、前回の下着姿の方がよっぽどましでしょ」
「言っとることがばらばらやな、次回はまた下着で寝ろちゅうんか」
「次回だなんて、自分が何を言っているのか分かっています?」
ラブホテルのベッドに寝ている、パンツ一丁の男。
その横で、裸の上にその男のシャツを着ている女。
している話の内容は、次回をめぐるやり取り。
これで、何もなかったっていうんだから。
「なんも着てへんと怒るし着とっても怒るて、いったいどっちやねん」
どちらかが問題なのではなくて、ラブホテルにいることが問題なんでしょ。
「ホテルなんだからパジャマがあるだろうって、前に言いましたよね」
「せや、昨日のパジャマを送らんといたら良かったんやな」
あのねえ、中島さんが言っているのはそういうことじゃないでしょ。
「どうしてあのパジャマを着ようとするんですか、僕の彼女用なんですよね」
中島さんまでっ!
「ええやないか、今はおらん彼女のパジャマのひとつぐらい」
「開封するなって言っていたのは、鹿山さんでしょ」
さっきから、論点が関係ない方向に向いていませんか?
「引っ越しの片付けも済んでいないんですよ、昼には家電や家具が届くのに」
こんな状況になるなんて想定していませんから、翌日の配達にしたんです。
「今から帰れば間に合うやんけ、片付けかて二人でやれば早よ終わるやろ」
「そうですね、さっさとここを出ましょうか」
ふうん、こんな言い合いをしているのに。
お姉ちゃんはお手伝いをする気で、中島さんはお手伝いをされる気なんて。
ますます分からなくなってきちゃうわね、この二人の関係って。
地元に戻ってから、雑貨屋さんへ食器と調理器具を買いに。
その後に、スーパーマーケットでひととおりの調味料を買って。
中島さんのおうちに着いたのは、十一時過ぎ。
ほどなくすると、家電と家具が相次いで配送されて。
昨日から中断していた、お部屋の片付けを本格的に再開したの。
リビングを担当しているのは、中島さん。
オーディオラックの後ろで、オーディオ機器を接続していたと思ったら。
次は、テレビとケーブルテレビのチューナーをセットすると動作確認を。
最後にパソコンの、Wi-Fiの設定に取りかかっている。
お風呂場やキッチン回りの片付けとお掃除の担当は、お姉ちゃん。
届いた電子レンジと炊飯器を、中島さんが希望した場所に配置したら。
調理器具や調味料をしまってから、買ったばかりの食器を洗っているわ。
うちでは何もやらないくせに、てきぱきとこなしちゃって。
それぞれの受け持った作業が終わると、二人で寝室に。
ベッドのマットレスにカバーをかけて、お布団と枕を置くと。
「一気に寝室らしくなりましたね」
「あかんな、ナイトテーブルはベッドの右やろ」
中島さんが置いた位置が気に入らないのか、指示をしているお姉ちゃん。
「右って、どうしてですか?」
「ライトを消すんも、ナイトテーブルの引き出しからあれを出すんも男やろ」
ちょっと、何の話をしているのよ。
「最後に、ティッシュを取るんかて」
「それとナイトテーブルの位置に、何の関係があるんです」
「男が右に寝るんやで、ナイトテーブルかて右やないと」
「鹿山さんは、何から何までエッチを基準にしているんですね」
「せや、あかんか?」
「男が右っていうのも、鹿山さんがそうだってだけでしょ」
「何を言うとんねん、ウチらかて二度ともそうやったやろ」
ウチらって、知らない人に聞かれたら誤解されるわよっ!
「それは、僕をベッドに寝かせたのが鹿山さんだからでしょ」
中島さんがそう言うのを、聞き流したお姉ちゃんは。
ベッドと一緒に届いた、例のパジャマを手にすると。
「やっぱこのパジャマは送らんと、ウチが持っとれば良かったな」
まだ、そんなことを言っているの?
「それを言うなら、ラブホテルに行かずにここに帰ってくればでしょ」
「ここに帰っとっても、このパジャマが届くんは今日やったら着られへん」
「パジャマの話をしているんじゃありませんよ」
「ちゃうんか、やったらなんの話をしてんねん」
「僕がここに帰れるくらいなら、鹿山さんは家に帰れたでしょって話ですよ」
「片付けもあらかた済んだな、ほな夕飯を食べに行こか」
「遠慮しておきますよ、お酒が入ったらまた変なことになりそうですから」
さすがに二度もトラブルに巻き込まれたら、学習効果はてきめんですね。
「どっかに飲みに出るんが心配やったら、ウチの家の近くでどや?」
「場所なんか問題にしていませんよ、鹿山さんと二人で飲むとろくなことが」
「何を不安がっとんねん、そないに心配やったら大家さんも呼べば安心やろ」
「石田課長もですか、それなら……」
中島さんを連れていくから、みんなで食事をしよう。
そうお父さまに伝えるように、わたしに連絡してきたお姉ちゃんですが。
「また無断外泊をした上に丸一日も連絡をしないって、どういうつもりっ!」
山河で落ち合ってお座敷に座るなり、お母さまから特大の雷が。
「携帯電話はつながらないし、中島さんのマンションに行ってもいないし」
お姉ちゃんと中島さんは、お母さまに聞こえないように小声で。
「ちょっと、今回も連絡をしていなかったんですか?」
「携帯電話の充電が切れとって」
「またですか」
「ウチは携帯電話をたいして使わんさかい、充電やら気にせえへんのや」
「だったら、僕に借りればいいでしょ」
「借りとうても爆睡しとったやろ、自分」
「今朝、ですよ」
「たとえ借りても、ウチは課長やあゆみの番号なぞ覚えとらんで」
「僕なら石田課長の番号を知っているって、思いつかないんですか」
「おおっ!」
「何を二人でコソコソしているのっ!」
「そない怒らんでも、こいつと一緒なんは知っとったんやし」
「男の人と一緒だから心配しているのよ、しかもまたホテルに泊まったって」
「まあまあ、この様子じゃ何かあったとも思えないしそれくらいで」
お父さまも、自分の部下が絡んでいるだけあってやりにくそうね。
「なんぞあってもええんちゃう、大人なんやし」
お父さまが消火しようとしているのに、自ら火に油を注ぐようなことをっ!
「良くないわよ、ご両親からあなたとあゆみちゃんを預かっているんだから」
「あゆみはともかく、ウチは預かってもろとるわけやないで」
そんなことを言っているお姉ちゃんに対して、中島さんは。
「鹿山さんを責めないでください、二度とも僕が寝ちゃったのが悪いんです」
それを聞いて、何か言いたそうなお母さまですが。
さすがに、お父さまの部下である中島さんには声を荒らげないのね。
「なんだ中島、鹿山のことは無条件にかばうんだな」
「違います、二度も一緒に泊まらせてしまいましたから責任を感じて」
申し訳なさそうにしている中島さんに対して、お姉ちゃんはというと。
矛先が中島さんに移ったと察したのか、ビールを飲み始めたと思ったら。
「せや、さっき買ぉたもんを渡しとくさかい風呂場に置いときや」
お姉ちゃんが中島さんに渡したのは。
ここに来る途中に寄った、ドラッグストアの袋。
渡したはずみで袋の口が開いちゃったから、中がまる見えに。
トリートメントや女性用のかみそりが入っているのを見た、お母さまは。
「こんなの女性しか使わないでしょ、あなたはやっぱり中島さんとっ!」
「鹿山さんのではありません、これは僕の彼女用です」
「風呂場にあったんが、ボディーソープとシャンプーだけやったさかい」
「どうしてあなたが、中島さんの彼女のトリートメントを持っているのよ」
ここで、お父さまったら余計なことを。
「おまえ、彼女がいないから欲しいって言っていただろ」
話せば長くなる、まだいない彼女の説明が必要になっちゃいますよ。
ただでさえ、ややこしいことになっているのに。
しかも、ここまでの騒動はさらなる大騒動の前振りでしかなかったのにね。
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