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第二十二話 さようなら隼人 後編

 今朝は、早くから委員長がうちに来て。

 深刻そうな顔をして、あゆみと何やら話し込んでいるんです。

 隼人がインドネシアに行くかもしれなかったときより、ずっと険しい顔で。

 しかも、なぜだか会談の場所には僕の部屋が選ばれて。

 普通ならあゆみの部屋でする話だろうし、せめてリビングでするだろ。




「って、ことなの……」

 ことのあらましを話し終えた委員長は、深いため息をついている。

「四月からお父さまが名古屋に転勤、ですか」

 二人がしている話の内容を、かいつまんで説明しますと。

 昨夜、父親から人事異動で転勤することになったと言われた委員長。

 家族で相談をし、一家がそろって名古屋へ引っ越すことになったそうで。

 隼人が外国に行かないことになって、安心していただろうに。

 今度は、自分が引っ越すことになるなんて。

 険しい顔をしているのも、無理はないよね。


「せっかく、隼人さんが日本にいられることになったのに」

 あゆみの顔、この間より落ち込んでいるみたいだな。

「今度は、優紀さんがいなくなっちゃうなんて」

「でも、あたしが一人で東京に残るわけにはいかないし」

 おじいさんやおばあさんと住んでいる、隼人のようにはいかないよね。

「それじゃあ、このまま諦めて転校しちゃうんですか?」

「悔しいけれど、仕方がないもの」

 涙をこらえながら、そう答えている委員長。


 そんな話を聞いても、僕は落ち着いていました。

 ごく身内に、人のお節介をやくのを趣味にしている人がいるんでね。

 あゆみの上京のときや、隼人の問題のときと同様に。

 ここも母さんが何とかするんだろうなって思うから、高を括っていたんだ。


 それにしても、お別れをするのは隼人ではなくて委員長だったのか。

 委員長にとっては、さようなら隼人ってことは同じだけれど。




 ところが、僕の予想は微妙に外れたんです。

 何とかなったのは、母さんのおかげではなくて。

 あゆみから話を聞いた鹿山さんから、思わぬ提案があったから。


 僕の部屋に、僕とあゆみと委員長を呼んだ鹿山さんは。

「優紀の目的は、隼人の元に残ることやろ」

「まあ、そうだね」

「やったら親だけ行かせて、優紀は残ればええやん」

 委員長が東京で独り暮らしをすることぐらい、とっくに考えたよ。

「それができるくらいなら、委員長やあゆみはここまで悩んでいないでしょ」

「優紀さんのご両親の気持ちも考えてよ」

「何がや」

「中学生の女の子を残して転勤するなんて、そんなことを許すはずがないわ」

「そない偉そうに言わんでも、自分かて似たようなことをしとるくせに」

 確かに、鹿山さんの言うとおりだな。

「わたしは、いつでもお母さまに見守ってもらっているでしよ」

「やったら、優紀の親にも課長が見守る言うたらええやん」

 この手の問題では、いつも母さんが重宝されるのはどうしてなんだろう?


「そもそも、そないややこしゅう考えんでも」

「何よ」

「別に、独り暮らしをせんでもええっちゅうこっちゃ」

「独り暮らしをしないなら、優紀さんはどこに住むのよ」

「そんなん、うちに住んだらええがな」

「委員長が、隣の家に?」

「隣の家には、余っているお部屋はないでしょ」

「あの……、あたしだったらリビングでも廊下でも」

 ここまで言うなんて、委員長はよっぽど必死なんだな。

「そんなんせんでも、部屋を空けたらええやん」

「まさか、わたしが良太さんの家に住んで優紀さんがわたしのお部屋に?」

「結婚するまでは同じ家に住みたくないから、あゆみは隣の家にいるんだよ」

「ちゃうちゃう、ウチが言うとるのはそんなんやない」

「まさか、良太さんのおうちに優紀さんを?」

 いきなり目がつり上がっているよ、あゆみ。

「そないなことをするんやったら、まだ隼人の家に住んだ方がましやろ」

 話が混沌こんとんとしてきたぞっ!

「課長かて、そうや」

「母さんが、何なのさ」

「これで優紀を住まわせるくらいなら、最初からあゆみを住まわせとるやろ」

 そりゃ、そうだよね。

「自分ら、もうちょい柔軟に考えてみいや」

「柔軟って、打つ手もないのにどうするのさ」

「そもそも、五月になってウチが結婚すればちょうどひと部屋空くんやで」

「優紀さんのお父さまの転勤は、四月からなのよ」

「せやから、ウチが三月中に結婚したる言うとんねん」

 あっけらかんと言い放つ、鹿山さん。

「そうすれば、どんぴしゃのタイミングで優紀がウチの部屋に入れるやろ」

 名案だとは思うけれど、母さんがすんなり許すとも思えないな。


「どうして、お姉ちゃんは優紀さんのためにそこまで」

「なんや知らんけど、優紀のことは妹みたいに思えるんや」

 はあ?

「ウチの妹とは思えんくらい、何から何までできすぎとるあゆみと違うて」

「委員長は、できていないって言うの?」

「ちゃうがな、さっき泣いとったんを見ても人間味があるやろ」

 人間味だったら。

 先日は慌てまくっていたあゆみにだって、十分にあると思うけれど。

「優紀には、どことなくウチや課長に通じるもんがあんねん」

 隼人と付き合ったときのいきさつを思い出してみると、確かにそうかもね。




 鹿山さんが母さんに対して説明、いや報告をしています。

「それじゃあ、結婚前に同居をするって言うの?」

「同居だけやのうて、婚姻届も出しまっせ」

「なっ、なんですってえ!」

「一緒に住むんやったら、せめて結婚しとかなあかんやろ」

「どこをどう考えたら、そうなるのよっ!」

「なんぼウチかて、世間体っちゅうもんがありまっさかい」

「何が世間体よ、三日に上げずに中島さんの家に泊まっている人が」

 いったん息を整えた母さんは、ぴしゃりとかけんもほろろって感じで。

「とにかく、だめよ」

 委員長の夢を乗せた鹿山さんの提案は、母さんから一蹴されています。


 さすがに、すんなりと許してもらえるとは思っていなかったらしく。

 鹿山さんは、二の矢を放ちます。

「あかん言うても、優紀が東京に残るにはこれしかないやろ」

「五月に鹿山が結婚するまで、あゆみちゃんが三階の寝室で寝起きすれば」

「中学生やのに婚約者と同居する、そないふしだらなことはさせられまへん」

 正論だけれど、今の鹿山さんに言われてもねえ。


「婚前同居するだけならともかく、結婚までするなんて」

「五月になったら結婚するんやし、一緒に住むんやったら今したらええやん」

「結婚式と披露宴だって、予約をしてあるでしょ」

「婚姻届だけ出して、式と披露宴を予定どおり五月にすればむだにならへん」

「そういう問題じゃないでしょ」

「優紀だけやのうて、ウチと中島にとっても好都合なんや」

「何がよ」

「中島は、仕事から帰ってくるのが遅いやろ」

 ふうん、ついに中島さんまで持ち出しているよ。

「あいつ、ウチがおらんと外食や買うてきた弁当ばかりになってまうし」

 大阪に赴任していたときも、同じことだったのでは?


「やったら、こないにしまへんか?」

 三の矢まで用意していたなんて、鹿山さんらしくないな。

「結婚は予定どおり五月にするさかい、同居はさせてもらえまへんやろか」

 おっと、いきなりの方針転換か。

「これもすべて、優紀のためでっせ」

「うっ……」

「ウチの提案があかんのやったら、どないするんでっか?」

「どうするって……」

「ここで課長がうん言うたら、丸う収まりまっせ」

「……」

 ついに母さんが無言に、鹿山さんの勝利が近いのかな。

「ウチが出ていかなんだら、困るんは優紀でっせ」

「しっ、しかたないわね」




 鹿山さんが飛ぶように中島さんの家に向かうと、母さんは吐き出すように。

「まったく困ったものね、鹿山ったら」

 鹿山さんの提案を受け入れたのは、あくまでも委員長を窮地から救うため。

 他の名案を思いつかなかっただけで、快く賛成したのではないんだものね。

「予定とか計画性なんて言葉とは、どれだけ縁がないのかしら」

「でもさ、他人のために部屋を明け渡すなんてそうできることじゃないだろ」

「鹿山がそんなたまですか、しらじらしく良妻を気取るまねまでしちゃって」




 鹿山さんの提案を受け入れた母さんは、両親を説得しに委員長の家へ。


「そうですか、あゆみちゃんのお姉さんが空けてくれた部屋に優紀を……」

「隣は、あゆみちゃんのお部屋なんですね」

「優紀さんの日常生活は、あたしたち夫婦が責任をもって見守ります」

「ありがとうございます、元はといえばわたしの転勤からなのに」

「ご迷惑をおかけしますが、優紀をお願いします」

「食事はあたしたちとさせますし、学校の行事にはあたしが参加します」

「石田さんの目が届いていれば、わたしたちも安心です」

「優紀も、あゆみちゃんがいてくれれば寂しくないでしょうし」

 これで、問題は解決したみたいだけれど。

 あゆみはともかく、母さんがどれだけの安心をお届けできることやら。




 理由はともあれ。

 妹の友人のために、結婚を前倒ししてまで自分の部屋を提供しようとした。

 そんな鹿山さんを、僕は見直しかけていたのに。

 美談を吹き飛ばすような話が、猪口さんと蝶野さんから。


「鹿ちゃんは、中島さんと同居するチャンスを狙っていたんじゃないかしら」

「週に何回も泊まっていたのに、あんなことまでする必要があったの?」

「やっぱり違うのですわ、お泊まりと一緒に住むのとでは」

「でも、このタイミングだったのはどうしてなの?」

「普通に切り出しても、課長やご両親に許してもらえなさそうだからよ」

「母さんが許すとも思えないけれど、両親にはばれないだろ」

「すぐにばれますわ、お母さまと課長は連絡を取っているんですもの」

「だからって、結婚までしようとするなんて」

「結婚を前倒しすると言ったのは、ブラフだと思うわ」

「きっと、そうですわ」

「委員長のために部屋を空けるって、絶好の口実ができたのに?」

「いきなり同居したいと言っても、認めてもらえるとは思えないもの」

「ですから、最初は絶対に認めてもらえない提案をしてみせたのですわ」

「それで今すぐ結婚すると言ったんだね、ドア・イン・ザ・フェイスか」

「難しい言葉を知っているのね」

「高い要求を断らせておいて、次に低い要求を提示して認めさせたのですわ」

「そんな高等テクニックを、あの鹿山さんが考えたとは思えないな」

「鹿ちゃんにしては珍しく、立て板に水って感じだったのよね」

「どなたかが、裏で知恵をつけていたのではありません?」

「入れ知恵って誰が、中島さん?」

「中島さんは、そんなこそくなことを思いつく人じゃないわ」

「あれだけ言い争っていたんだから、母さんじゃないよね」

「課長は、ご自分でそこまでのことを思いつける人ではありませんわ」

 黒幕が母さんじゃなさそうなんで、ほっとした反面。

 自分の母親が部下から見下されているようで、ちょっと情けないかも。

「じゃあ、誰が?」

「分からないかなあ、良太君って鈍いの?」

「いらっしゃるじゃないですか、残っている方がもう一人」

「まさか、父さんが?」




 帰宅後の父さんを三人で直撃して、改めて聞いてみると。

「俺が教えたよ、鹿山から相談されたからね」

 あっさりと、そう答える父さん。

「どうしてさ?」

「優紀ちゃんのためでも、くまさんが中島との同居を許すとは思えないだろ」

「そうね、あゆみちゃんや鹿ちゃんのご両親の手前もあるし」

「課長の管理不行き届きだと思われても、しかたがありませんものね」

「くまさんを追い込めば同居ならぎりぎり認めそうだし、作戦を授けたのさ」

「それが、ドア・イン・ザ・フェイスだったんだね」

「優紀ちゃんのためという大義名分をちらつかせれは、課長も断りにくいし」

「さすが大家さん、ですわね」


「最初は、おふくろに預かってもらおうと思ったんだ」

「おばあちゃんの家なら、余っている部屋はいくらでもあるからね」

「電車でふた駅だから、学校へ通うにも問題はないだろ」

「通えるだろうけれど、ほとんど面識のない委員長を預かってもらおうと?」

「まさか、預けるのは良太だよ」

「ええっ、どうして僕が!」 

「だろ、だから鹿山を中島と同居させるのがベストだったんだ」


 なるほど、さようなら隼人っていうのは。

 隼人が海外に行っちゃうことでも、委員長が引っ越すことでもなく。

 僕が隼人と離れる、ってことだったのか。




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