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第二十一話 さようなら隼人 前編

 大変です!


 そんな感じで始まる話って、それほど大変ではないことが多いようですが。

 今回は、本当に大変なんです。

 隼人が、父親の赴任先のインドネシアへ行くって話がいきなり持ち上がり。

 さようなら隼人、なんてことになるかもしれないんですから。




 そもそもの始まりは、出産のために日本に一時帰国した隼人の母さんが。

 相談したいことがあると、うちに来たことからなんです。


「赤ちゃんが生まれるのを機に、家族そろって暮らしたらと考えたんですが」

「隼人を、インドネシアに連れていくってこと?」

「はい、それで美波さんの意見を聞いておきたくて」

 それって、重要な問題なんだよね。

 だったら、母さんではなく父さんに聞くべきなのでは?

「日本での生活に慣れているし、無理に連れていかなくても」

 母さんも、たまにはまともなことを言うんだ。

「おじいさんとおばあさんもいるし、こっちで暮らしてもいいんじゃない?」

「でも、このまま家族が離れて暮らすのもどうかと思って」

 それも一理あるな、隼人はずっと父親と離れて暮らしているからね。

「父親だけでは難しかったけれど、今ではあたしがいますし」

「でも、隼人は来年に高校受験を控えているでしょ」

「そうなんですよね」


 ここまでの話を、聞くともなしに聞いていたあゆみですが。

 話の内容の重大性に気づいたらしく。

「ちょっと、どうしたのあゆみちゃん」

「あの、出かけてきますっ!」

「どこに?」

 母さんに返事もせず、慌てて委員長の家へ向かったようです。

 どれほど慌てていたかというと、久々に自転車に乗って行ったほど。


「あんなに慌てて、どうしたのかしら」

 むしろ、母さんが慌てていない方がどうかと思うけれど。

 でも、この件については母さんの言うとおりだったんです。

 あゆみは、そんなに慌てずに最後まで聞いていれば良かったんですから。




 そんなことになっているとは知らない僕は、隼人の家に来ています。

「うれしそうだな、何かいいことでもあったのか」

「父さんたちが帰ってくるからね、母さんが日本で出産したいからって」

「親がそばにいるのがうれしいなんて、俺には見当もつかないな」

「おまえなら、そう言うと思っていたよ」

 にやにやしているところを見ると、隼人も僕の母さんのことを念頭に。

「それにしても、わざわざ寒い盛りの日本に来て出産をしなくても」

「向こうは向こうで暑すぎるんだよ、来月は三十度近くになるって」

「どっちもどっちだろ、いつ帰ってくるんだ?」

「父さんはそんなに長く休めないから、予定日に合わせて再来月の初めに」

「ふうん、相変わらず忙しいんだな」

「母さんは昨日、ひと足先に帰ってきたんだ」

「予定日まで二か月近くあるのに、もう日本へ?」

「妊婦が飛行機に乗るのはいついつまでにって、決まりがあるんだ」

「ふうん、今は二階にいるのか?」

「おばさんに相談したいことがあるからって、おまえの家に行っているよ」

「母さんに相談をしても、ろくな答えが返ってこないのは知っているのに?」

「相談相手がいないんだよ」

「友達が少ないのか?」

「いいや、面倒な相談だからさ」

 こんなときばかりだな、母さんが必要とされるのは。

「それで、いつまで日本にいるんだ?」

「父さんは出産後に戻るけれど、母さんは日本に二か月間いるって」

「たっぷり甘えられるじゃないか」

「そんな年じゃないよ、それに母さんといっても……」




 え、隼人の母さんって?

 あれ、お伝えしていませんでしたっけ。

 隼人の父さんは再婚をして、新しい母さんはインドネシアに住んでいます。

 誰と再婚したかって?


 二年前、隼人の父さんは僕らの卒業式に合わせて。

 日本への出張を入れ、一時帰国する予定だったんですが。

 出発日に東京で季節外れの大雪が降って、フライトが中止になったので。

 やむなく、一時帰国を断念することにして。

 その後、中学校の入学式に合わせて出張の予定を組み直したんです。


 入学式の後に、僕と隼人の入学をお祝いする会をうちで開いたんですが。

 さすがに、担任が参加するのはまずいだろうと。

 三月に開いた、小学校の卒業を祝う会には不参加だった河野先生も。

 中学校の入学祝いなら参加しても問題はないだろうと、参加していまして。

 初めて会った隼人の父さんと意気投合しているのを見た、母さんのお節介。

 もとい、計らいにより。

 隼人の父さんが日本にいる間に、何度か会っていたんです。


 ほどなくして付き合うことになった二人は、遠距離恋愛をしていましたが。

 一年後、あゆみがうちに来る直前に結婚をしまして。

 結婚後は、インドネシアで新婚生活を送っているんです。

 そうなんですよ。

 僕や隼人の担任だった河野先生が、今では隼人の母さんなのです。


 そんな重大なことを、ここまで僕が話していなかったわけですか?

 隼人の両親はインドネシアにいても、本人は日本に残りましたし。

 生活上は何の変化もなかったから、お話していなかったんですが。




 再び、隼人の家では。

「それで、重大な相談って何を話しているんだよ」

「俺を向こうに連れていきたいけれど、どうだろうって」

「向こうって、おまえがインドネシアに?」

「ああ」

「大問題じゃないか、委員長には話したのか?」

「まだだよ」

「大騒ぎになるぞ」

「だろうな」

「で、おまえはどうするつもりなんだよ」

「どうって……」




 そのころ、委員長の家ではもう少し深刻な事態になっていまして。

「って、ことなんです」

 うちでおきていたことのあらましを、委員長に伝え終わったあゆみは。

「早く良太さんのおうちへ行って、隼人さんのお母さまを説得しないと」

 ふうん、別にいいんじゃない。

 峯岸君の家の事情なんだもの、他人が口を出すことじゃないでしょ。

 普段の委員長なら、冷静にこう言い放つだろうに。

 今は、いつもの委員長とは違うようです。

 さっきからずっと無言だし、顔も青ざめていて動揺しているのは一目瞭然。

 ついに、あまりのショックで泣き出しちゃったし。


「優紀さんがしっかりしないと、隼人さんが連れていかれてしまいますよ」

 あゆみとしては、はっぱをかけているつもりなんだろうけれど。

 まるで、隼人が誘拐でもされるかのように言っているよ。

「さあ、早く行きましょう」

 委員長の手を引いて、飛び出していくあゆみ。




 そんな間、うちではどうなっていたかというと。

「旦那さんが日本に帰任するのは、いつになりそうなの?」

「現地の責任者ですからね、まだ何年かは向こうにいるみたい」

「それでも何年かなら、隼人は日本にいさせてもいいんじゃない?」

「これから隼人君も多感な時期ですから、そばにいてあげたかったのに」

「そんなに心配しなくても、子供は勝手に大きくなるものよ」

 無責任極まりない発言だな、聞き捨てならないぞっ!

「そこまで言われたら、仕方がありませんね」

「じゃあ、このままで?」

「はい、美波さんや大家さんがそばにいてくれれば安心ですもの」

 母さんはともかく、父さんがいれば安心だよね。

「あたしたちだけじゃないわよ、良太やあゆみちゃんだっているんだもの」

「そうですね」

「去年の夏からは、彼女もいるんだから」

「それを聞いて気になっていたんですよ、どんな子ですか?」

 おっと、先生が母親の顔に。

「直接、隼人に聞けばいいでしょ」

「さすがに、聞きにくいかな……」

「優紀ちゃんっていうの、明るくてさばさばとしていてとってもいい子よ」

「へえ」

「あゆみちゃんと仲が良くて、姉貴分って感じかな」

「だったら安心ですね、あゆみちゃんが慕っている子なら」

 まったく、何でもかんでもあゆみをものさしにするのはどうかな。




 隼人の家では、僕が問題の核心に迫っています。

「それで、どうするのさ」

「どうって?」

「親が何を言っても、一番大事なのは隼人の気持ちだろ」

「インドネシアに行くつもりなんて、最初からないよ」

「だったら、後は先生か」

「母さんだって、何が何でも連れていくつもりじゃないだろうし」

「何だよ、心配をして損をしたな」

「おじいちゃんとおばあちゃんがいて、良太やあゆみちゃんだっているしね」

「委員長も、だろ」




 その後、僕は隼人を連れてうちに。

「お元気そうですね、先生」

「結婚式以来だから一年ぶりよね、良太君も大きくなって」

「それにしても、先生がちゃんと母親役をやっているなんて」

「当然でしょ、母親ですもの」

「結婚前には、隼人にどう接したらいいかって母さんに相談していた人が」

「そっ、そうだったかしら?」

「とぼけちゃって、泣きそうな顔をしていたくせに」

「うるさいわねっ!」

 そんなあいさつも、それくらいにして。

 隼人が先生に、自分の気持ちを伝えると。

 先生からは、無理強いするつもりはなかったと言われて。

 母さんからことの成りゆきを聞いたので、これで一件落着かな。




 僕と隼人から遅れること十数分、あゆみに連れられて委員長がうちに到着。


「どうしたの、委員長が泣いているけれど」

「仕方がないでしょ、隼人さんがインドネシアに行くって聞いたんですもの」

「そんなことで、泣かなくても」

「良太さんっ、泣いている優紀さんに向かって何てことを!」

「だって、さ」

「いつもは冷静な優紀さんが、涙を流しているのに」

 そんなことを大声で言われたから、委員長は泣くのをやめたみたいだよ。

「隼人は行かないって言っているから、委員長は安心していいんだ」

「そうなんですか?」

 あゆみったら、伝えた僕じゃなくて隼人に聞いているよ。

「いくら隼人さんが行かないと言っていても、お母さまが」

「先生だったら、母さんが説得してくれたってさ」

「お母さまが?」

「そもそも、どうしようかなって相談をしていただけなのに」

「えっ」

「あゆみが血相を変えて飛び出していったって、母さんが笑っていたよ」

「誰だってそうするでしょ、あんなことを聞いたんじゃ」

「聞いたといっても途中までだろ、あゆみが先走っていただけさ」

「本当に行かなくていいんですか、隼人さん」

「僕はもう中学生だよ、いくら親が言っているからって言いなりには」

 隼人のそでをぎゅっと握りしめている、委員長。

「友達だっているのに、日本を離れてインドネシアには行かないよ」

 僕を見て、そんなことを言うなよ。

「俺じゃなくて、委員長がいるからだろ」

 それを聞いた委員長は、ようやく安堵あんどの表情を浮かべている。

「良かったね、隼人は委員長と離れたくないから残ることにしたんだってさ」

 僕がそう言うと、やっと委員長が笑った。

 一方、あゆみは。

「それで、隼人さんのお母さまは?」

「母さんと買い物に行っているよ」

 そう言うと同時に玄関のドアが開くと、母さんと先生が。




「顔がこわばっていますよ、優紀さん」

「だって、峯岸君のお母さまに会うのは初めてだもの」

 委員長は、僕や隼人とは別の小学校に通っていたので。

 河野先生とは、まったく面識がないからね。

 だからって、今からそんなに緊張していたら。


「心配してくれてありがとう、あゆみちゃん」

 先生ったら、一人で騒いでいたあゆみにお礼を言っているよ。

「隼人君は、今までどおり日本にいることになったから」

「でも、さっきはびっくりしました」

「石田君のお母さんからも言われたのよ、日本にいさせてあげなさいって」

 母さんは母さんで、あゆみに。

「あゆみちゃんたら、最後まで聞かないで飛び出していっちゃうんだもの」

「ほらね、あゆみが一人で大騒ぎをしていただけさ」


 そして、先生が息子の彼女と初めて会う瞬間が。

「あなたが、優紀さんね」

「はじめまして、橿原優紀です」

「隼人君と仲良くしてくれているのね、ありがとう」

「こちらこそ、峯岸君には」

「あなたがいるから日本にいたいようだし、これからも隼人君をよろしくね」

「はいっ!」

 さっきまで泣いていたのがうそのように、晴ればれとした顔の委員長。

 それを見ているあゆみも、自分のことのようにうれしそう。

 絵に描いたようなハッピーエンドで、めでたしめでたし。




 大山鳴動してネズミ一匹だった、さようなら隼人騒ぎもこれでおしまい。

 そんなにうまくいくはずは、ありませんよね。

 この後、さらなる大騒ぎへと発展するんです。




Copyright 2026 後落 超


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