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第十九話 あゆみの子育て奮戦記

 一月も半ばにしては日差しが暖かい、日曜日の朝。

 リビングで、あゆみちゃんが詩織と菜摘を遊ばせています。

 こうしているのを見ていると、お姉さんというよりもお母さんって感じね。

 母親になる練習、というより本物のお母さんのように優しく。

 とても楽しそうにあやしているんだもの。

 こんな姿のあゆみちゃんを見ると、うちへ来てもらって大正解だと思うわ。




 ちょうど、去年の今頃だったわね。

 休職するか、またはお手伝いさんを雇わなくちゃと考えていたときに。

 うちの事情を、鹿山から伝え聞いたあゆみちゃんから連絡があって。

 進学するタイミングで上京してうちに住み、家事や子育てを手伝いたい。

 そう言われたときには、一度はだめだって答えたの。

 目に入れても痛くないあゆみちゃんだもの。

 毎日いてくれるなら、こんなにうれしいことはないけれど。

 あゆみちゃんがあたしの娘で、同じことを言い出したらって思うと。

 ご両親の気持ちを考えれば、二つ返事で同意するわけにはいかないでしょ。

 それでも、夏休みにあゆみちゃんが遊びに来ていたときのことを思うと。


「寝室を一階にしておいて正解だったわ、三階じゃ上がり下りが大変だもの」

「わたしが……、夏休み中はお手伝いをしますから」

 うちにいる間のあゆみちゃんは。

 お手伝いというよりも、家事を一手に引き受けてくれて。

 うれしそうに家事をしている姿が、今でも目に焼きついているんだもの。

 中でも、自分の手料理を良太がもりもりと食べるのを見ているときの顔。


 そんなことを思い出して。

 あゆみちゃんにとって、何が一番大切なことかと考えたら。

 うちに来ることも、あゆみちゃんのためになるかもしれないって思ったの。


 そうはいっても。

 あたしの一存で決められる問題じゃないから、大家さんに相談したら。

「ふうん、あゆみちゃんがうちに来たいと」

「春から中学生になるあゆみちゃんを親元から離すのって、どうかしら?」

「あの子のことだから、家事そのものはそつなくこなすと思うけれど」

「それについては、心配していないわ」

「何が心配なの?」

「あゆみちゃんのご両親の心中を思うと……」

「やっぱり、そこだろうね」

「でも、あゆみちゃんは前から良太と結婚したいって」

「それとこれとは、話が別だろ」

「あゆみちゃんに甘えすぎることになる、ってこと?」

「そうだよ、小学生から中学生になるだけでも大変なのに」

「住み慣れた大阪を離れて、東京で新しい生活を始めるんだものね」

「その上で家事や育児をこなすんだよ、ご両親からすれば」

「良太への気持ちをいいことに、娘をこき使うつもりだと思われるかも」


「だったらいっそのこと、婚約させたらどうかしら」

「飛躍しすぎだろ、そっちの方が問題になるんじゃない?」

「あゆみちゃんへのご褒美になるし、ご両親も安心して送り出せるでしょ」

「安心するより、むしろ心配するんじゃ?」

「婚約するなら、育児の練習は必要科目でしょ」

「そうかもしれないけれど、こじつけすぎじゃない?」

「良太にも育児をさせるわ、あの子にだって責任感が生まれるんじゃない?」

 かわいがっている良太の成長を餌に、大家さんを釣る作戦よ。

「そうだなあ」

 おっ、脈ありかも。


 さらなるやり取りの末、どうにか大家さんから了解を得たので。

 あたしが大阪へ乗り込んで、ご両親を説得した結果。

 去年の春から、あゆみちゃんを家族として迎えることになったんだものね。




 日に日に、おてんばになっている詩織と菜摘。

 二人の成長に合わせてこの一年、いろいろなことがあったわね。


 あれは夏になる前だったから、去年の六月ごろかしら。

 生後五か月を過ぎたから、そろそろかなって気がしていたけれど。

「お母さまっ!」

 上気した顔で、目をまん丸にしたあゆみちゃんが駆け寄ってくると。

「詩織ちゃんが、詩織ちゃんが……」

「落ち着いてあゆみちゃん、詩織がどうしたの?」

 慌てているあゆみちゃんをなだめてから、そう聞いたら。

「今さっき、寝返りをしたんです!」

 それが、妹の菜摘より活発な詩織が初めての寝返りをした日のこと。


 騒ぎを聞きつけ、二階に下りてきた良太が。

「寝返りをしたなら、二人きりでベッドに寝かせておくのは危ないんじゃ?」

「そうね、ベビーサークルを出さなくちゃ」

 詩織と菜摘をお昼寝させる三階では、寝室のベッドは。

 セミダブルを二つくっ付けてあるけれど、それをぐるりと囲めるように。

 特注品の大きなベビーサークルを、大家さんが買ってくれたの。

「今日にでも出しておいて」

「え~っ、どうして僕が」

「妹たちのためなのよ、文句を言わないで早く出してきてちょうだい」

 渋々ながらも寝室に行く良太を見ながら、あゆみちゃんは。

「でも、本当に目が離せなくなりますね」

「そうねえ、夏の間にはおすわりをするようになるもの」

「お、おすわりをっ!」

「秋になればはいはいをして、冬にはつかまり立ちだってするわよ」

「じゃあ、歩き出すのもすぐですか?」

 あゆみちゃんたら、期待に満ちた顔をしていたわね。




 首がすわり、支えればお座りできるようになって始めた離乳食も。

 近頃は軟らかいおかゆになって、二人ともいっぱい食べてくれるの。


 おしゃべりについては、先月の初めだったかしら。

 仕事から帰ってくると、玄関にダッシュしてきたあゆみちゃんが。

「お母さま、お母さまっ!」

「大慌てね、今度はどうしたの?」

「保育園の先生に、菜摘ちゃんが初めておしゃべりをしたって聞いたんです」

「へえ、記念すべき第一声は何て?」

「『あおむち』って」

「何なの、そのあおむちって」

「保育園で先生が読んで聞かせている絵本に、いもむしが出てくるんです」

 あの絵本か……、良太も好きでよく読んであげたっけ。

「だから、『あおむち』って」


 そして、先週には。

「詩織ちゃんがわたしのことを、『あーたん』って呼んでくれたんです!」

 また、興奮しちゃって。

「みんながあゆみちゃんって呼ぶからでしょうか、あーたんって」

「あおむしからあゆみちゃんなら、大進歩ね」




 双子だと、お風呂だって大変なの。

 いつだったか、あゆみちゃんと優紀ちゃんがこんな話を。

「どうして、毎日のように洗濯物にスクール水着が交ざっているの?」

「詩織ちゃんと菜摘ちゃんを、お風呂に入れるからですよ」

「水着が痛むんじゃない、これからも毎日のように洗濯していたら」

「傷んでもかまいません、もう着ませんから」

「着ないって、来年もプールの授業で着るでしょ?」

「サイズが小さくなったから、来年は新しい水着を買いますから」

 小さくなったって、ああ……。

「赤ちゃんのお風呂って、世のお母さんたちは水着姿で入れるものなの?」

「まさか、赤ちゃんの受け渡しを良太さんに頼んでいるからです」

「へえ、石田君が赤ちゃんのお風呂のお手伝いをするんだ」

 どれだけ育児を手伝わないと思われているのかしらね、良太ったら。

「最初は、脱衣場のシャンプードレッサーで入れていたんでしょ?」

「はい、大きさがちょうどいいですから」

 あつらえたように、ベビーバスの大きさだものね。

「今は、お母さまがいない日はお風呂場でわたしが入れています」

「あゆみちゃん一人で、二人を?」

「さすがに、いっぺんには無理ですから一人ずつ分けて」

「へえ、ダブルヘッダーか」

「先にお風呂を済ませた詩織ちゃんを、良太さんに受け取ってもらって」

 あたしが入れるときは、あゆみちゃんがその役をしてくれるけれど。

「代わりに、菜摘ちゃんを渡してもらうんです」

 さらっと言っているけれど、その場に良太がいるってこと?

「石田君にお風呂に入っているのを見られるじゃない、恥ずかしくないの?」

「ぜいたくは言っていられません、赤ちゃんが湯冷めしたら困りますからね」

「ふうん」

「良太さんも最初は照れていましたけれど、今は慣れて事務的に受け渡しを」

「いくら慣れたといっても、あゆみちゃんは裸なんでしょ」

「まさか、さすがに水着を着ていますよ」

「だから、水着が毎日」

「それもありますが、裸のままだとお乳を飲もうと吸おうとしてくるので」




 頑張っているあゆみちゃんをサポートするためには、こんなことが。


「良太さん、詩織ちゃんが起きたみたいだから見てきてください」

「え~っ、今さっき帰ってきたばかりなのに」

「妹たちを残して、隼人さんとさんざん遊んできたんでしょ」

「ちえっ」

 キッチンにいるあゆみちゃんに、どうして三階の寝室の様子が分かるのか?

 あゆみちゃんをサポートするために、ある工夫をしたからです。

 どこにいても、三階の寝室にいる詩織と菜摘の様子が分かる工夫。


 お正月に、リビングで寝ちゃった中島さんを寝室に連れていった鹿山が。

 いつまでたっても戻ってこなくて。

 良太に見に行くように頼んだら。

 何をしているが分からないからと、ごねたことにヒントを得て。

 大家さんが先週に設置してくれたカメラで、見守れるようにしてあるの。

 モニターはキッチンにあって、インターネットにも接続してあるから。

 キッチンからはモニターで。

 あたしと大家さんの寝室や良太の部屋からは、パソコンで。

 それ以外の場所からは、携帯電話で見られるんです。


 カメラの設置については、あゆみちゃんとこんなやり取りがあったの。

「寝室にカメラを設置するのは、いかがなものかと……」

「どうして?」

「酔った中島さんが寝ちゃって、お姉ちゃんと泊まることもありますし」

「だったら、電源をいれるのは詩織と菜摘が二人だけのときにすれば」



 あゆみちゃんの詩織と菜摘へのかわいがりようには、さらに拍車が。

 昨日の夕食の後だって。

 食後のフルーツの用意もそこそこに、三階の寝室に詩織と菜摘をあやしに。

 良太の部屋に行くのは、二人が寝ついてからだから。

 ほったらかしにされて、退屈そうにしている良太に。

 フルーツを食べていた三人娘が、笑いながら。

「愛情は、こうやって旦那さんから子供へ移っていくのね」

「まだ結婚もしていないんだから、愛情っていうより興味の対象だろ」

「ほんでも、ええ練習にはなったやろ」

「練習って、何の練習さ」

「奥さんのあゆみちゃんに、放置される練習ですわ」

「したくないね、そんな練習なんて」


 詩織と菜摘が寝ついたらしく、下りてきたあゆみちゃんに。

「どうしてそんなに、詩織と菜摘をかわいがるの?」

「わたしは末っ子ですから、弟か妹が欲しかったんです」

「鹿山がいても、一応は姉だものね」

「一応て、なんやねん」

 鹿山からのクレームを気にもせずに、あゆみちゃんは。

「お姉ちゃんとは年が離れているから、そもそも遊んだ記憶がありませんし」

「姉っていうより、お母さんに近いものね」

「しかも、あゆみの方がよっぽどお姉さんらしく思えるし」

「なんちゅうことを言うねん、未来の義姉に」


 そんなことを話していると。

「お母さま、これを」

 あゆみちゃんから手渡されたのは、リボンがかけられた二つの袋。

「なあに?」

「詩織ちゃんと菜摘ちゃんへの、お誕生日プレゼントです」

「ありがとう、開けてもいいかしら?」

「どうぞ」

 中を見てみると、かわいいベビー服が。

「タグが付いていないけれど、これってあゆみちゃんの手作りなの?」

「はい」

「それで、クリスマスのプレゼントにはミシンが欲しいって」

「お誕生日のプレゼントは、手作りのものをあげたかったので」

「そうと言ってくれれば、ミシンはプレゼントとは別に買ってあげたのに」

「他にも、作りたいものがありましたから」


「それにしても上手に作ったわね、専門店の商品みたい」

「桜井さんに習いながら、頑張りました」

 それで、この二週間はお義母さまの家から帰ってくるのが遅かったのね。

「これだけ上手なら、自分の赤ちゃんにも作ってあげられるわね」

「はい、今から少しずつ作っておこうかと」

「まだ中一なのに趣味が自分の赤ちゃんのベビー服作りか、やれやれ」

「何を言っているんですか、良太さんの子供のベビー服でもあるのに」

「お礼でも言えとでも?」

 ここで、お母さまが。

「言いなさいよ、お礼ぐらい言ってもばちは当たらないでしょ」

「まだ生まれてもいない子供の、しかも作ってもいないベビー服にお礼?」

「子育て上手なあゆみちゃんと結婚できることに、でしょ」




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