第十八話 お正月も物騒、九時からで物騒
元日の朝、八時三十分。
新年早々、びっくりするようなことが起きています。
こんなに早くから、あの三人娘がうちにやってきたんですから。
八時三十分なら、一般的には早いとは言えないでしょう。
しかし休日、それも元日にあの三人娘が早起きするなんて。
彼女たちのポリシーには反していると思うので、僕はとても驚いています。
「明けましておめでとう、良太君」
「今年も、よろしゅう」
「良太君やみなさまにとって、良い一年になりますように」
「おめでとうございます、今年はずいぶん早いんだね」
去年までなら、早起きどころか昼近くになってようやく起きてきたのに。
珍しいこともあるもんだね、雪でも降るんじゃない?
っていうより、天気予報では今日は深夜から雪が降るんだったな。
「お正月に着物を着るなんて、初めてだよね」
「そうねえ、お正月どころかいつ着たかすら覚えていないもの」
「ウチかて、こんなん着たんは成人式以来なんととちゃうか」
「わたくしは、自宅では元日に着物で過ごすのが習慣でしたから」
そういえばあゆみが言っていたな、元日は朝早くから山下さんが来るって。
「蝶野さんはともかく、猪口さんと鹿山さんの振袖はどうしたの?」
「うちに何着もありましたから、送ってもらったのですわ」
「何日か前に届いた宅配便の荷物って、この振袖だったんだね」
でも、山下さんの迷惑も考えないと。
いくら、母さん一人であゆみを含めた四人を着付けるのは大変だからって。
元日から、三人娘の着付けをするためだけに呼ばれるなんて。
「どうして、今年は振袖を着ているの?」
「独身の三人娘が迎える最後のお正月だもの、振袖姿で記念写真を撮るのよ」
猪口さんは、全員が独身を卒業するような言い方をしているけれど。
卒業するのは、結婚をする鹿山さん一人だけでしょ。
「ウチにとっては、これが振袖を着る最後の正月やし」
鹿山さんのお母さんは新しい家で、鹿山さんに部屋を用意していたけれど。
お母さんの心配が、取り越し苦労じゃないなら。
再び三人が振袖姿でお正月を迎えられる機会が、ないとまでは……。
「良太君は、わたくしたちの振袖姿にはあまり興味がなさそうですわね」
興味だったらあるよ、蝶野さん。
振袖姿にではなくて、あなたたちからもらえるお年玉への興味だけれど。
「良太君は、あゆみちゃんひと筋だものね」
いいえ、今の僕はお年玉ひと筋です。
「で、そのあゆみはどこにおんねん」
「あゆみだったら、今は三階の寝室で母さんに着付けてもらっているよ」
「もう九時ですのに、まだそんなことをなさっているのですか?」
それって、いつも母さんがあなたたちに言っているせりふだよ。
「三十分以上も上にいるから、そろそろ終わるんじゃないかな」
「初詣に行くから九時までに来いって言われたのに、言い出しっぺが遅刻?」
それで、こんなに早くうちに来たのか。
母さんは思っていないんだよ、あなたたちが時間どおりに来るとは。
「中島の家から来たウチが、着付けも済ませとるのに」
昨日の年越し宴会を早抜けしたのは、新年を中島さんの家で迎えるためか。
「あゆみちゃんの着付けの後で、課長も着物に着替えられるのですよね?」
「母さんと父さんは、着物じゃないって言っていたよ」
「じゃあ、あたしたちはあゆみちゃんの着付け待ちをしているってこと?」
「中学生のくせに年上を待たせるて、ええ根性しとるな」
「大人のルールというものを、しっかりと教えてさしあげませんと」
いつもはその大人のルールを守らずに、さんざん人を待たせる側のくせに。
「それより中島さんはどうしたの、鹿山さんと一緒に来なかったの?」
「中島やったら、下で大家さんに新年のあいさつをしとる」
「いくら上司だからって、休日でも仕事の延長みたいで気が休まらないわね」
「あの大家さんやで、オンとオフはきっちりさせとるやろ」
一階の寝室には冷蔵庫があるよね、まさかもう二人で……。
さらに待たされて、そろそろ退屈している三人娘は。
「鹿ちゃんに子供ができて退職でもしたら、猪鹿蝶の看板を下ろさなきゃね」
何の話を始めるのかと思えば。
「蝶野が入社して以来ずっと続いとったのに、残念やな」
原因はあなたなのに、まるでひとごとだね。
「鹿山さんの代わりに名前に鹿が付く新人が入社するまで、休業ですわね」
そんな心配をする暇があるなら、仕事に精を出せばいいのに。
「あゆみちゃんがうちの会社に入社してくれれば、再結成できるわ」
猪口さんたら、とっぴなことを。
「そらええな、あゆみやったらウチと同じ名字やし」
鹿山さんは鹿山さんで、当たり前のことを。
「後顧の憂いなく退職できますわね、あゆみちゃんが二代目でしたら」
他に憂えることはないの、仕事のこととか?
「そんなしょうもないことで、よくそこまで盛り上がれるね」
ようやく着付けが終わったらしく、二階に下りてきたあゆみ。
自分が話題になっていると気づいて。
「いったい、何の話をしているんですか?」
聞きたくもなるよね、自分の名前が飛び交っているんだもの。
「あゆみが入社するまで、あと何年あると思っているのさ」
「すぐでしょ」
「時間がたつんは、あっちゅう間やで」
「良太君も、大人になれば分かりますわ」
「あゆみが入社するのは大学を卒業してからでしょ、だったら八年も先だよ」
ようやく、話の流れを理解したあゆみは。
「あの……、わたしは高校を卒業したらそのまま」
「花嫁修業をするっていうの?」
「はい、そのつもりです」
いつものこととはいえ、そこについてはぶれないな。
「どのみちウチは、子供ができても会社を辞めるつもりはあらへんし」
そうなんだ。
「杞憂でしたのね、心配して損をしましたわ」
あれだけ楽しそうに話していたんだから、暇つぶしにはなったでしょ。
「はい、お年玉」
「ありがとう、猪口さん」
「ほんまに羨ましいこっちゃな、お年玉をもろただけでそない喜べるて」
「うれしいんだもん、ありがとう鹿山さん」
「まるで、今年一番って感じのうれしそうな顔をされていますわ」
「今年はつい何時間か前に始まったばかりだよ、ありがとう蝶野さん」
そんな顔にもなるさ。
父さんと母さんや三人娘に加えて、今年からは中島さんからももらえるし。
明日は隼人や委員長の家にも行って、なんて考えていると。
「だめですよ、良太さん」
ぎくり。
いつの間にか、あゆみが背後にっ!
「なっ、何がだめなのさ?」
「明日は隼人さんや優紀さんの家でもお年玉を、なんて考えていたんでしょ」
どうして、僕が考えていることが分かったんだろう。
「明日は、おばあさまの家に新年のごあいさつに行くんですから」
「わ、分かっているよ」
「その後には、お母さまのご実家へ行きますからね」
「でもさ、三が日を過ぎるとお年玉をもらいにくくなるし」
「本当に、そんなことを考えていたの?」
しまった、確信して言っていたんじゃなかったのか。
まあいいさ、明日だって行った先ではお年玉をもらえるんだから。
隼人と委員長の家には、あさってに行けばいいさ。
「初詣はどこに行くんですか、やっぱり隣駅の神社に?」
「そのつもりだけれど」
「なんぼ結婚式を挙げた神社やからって、毎年あっこに行くっちゅうのもな」
「詩織と菜摘のお宮参りだって、あの神社でしたでしょ」
「五分も歩けば、夏祭りに行く神社がありますのに」
詩織と菜摘を、山下さんに預けて。
家を出て駅に向かっていると、いきなり母さんが立ち止まって。
「あれ、家の鍵をかけてきたかしら……」
お正月だというのに、物騒な話だな。
「ちょっと見てきてよ、良太」
「元日の朝九時から、泥棒なんか入らないよ」
「みんなで初詣に出かけたのを見られていたら、どうするの」
「だったら自分で確かめに行きなよ、最後に家を出たのは母さんだろ」
「あなたなら、走っていけばすぐでしょ」
「どうして僕が走らなきゃならないのさ、他に人はいるだろ」
「あたしと大家さんや中島さんは目上よ、あゆみちゃんや三人娘は振袖だし」
それを言うなら、三人娘だって目上に分類されると思うけれど。
ダッシュで家へ往復して、みんなに追いついた僕は。
「鍵はかかっていたよ」
「ふうん、やっぱりね」
お礼のひとつもないのかよ、しかもやっぱりって。
再び駅に向かいながら、誰にともなく。
「初詣って、退屈なんだよね」
「良太さんっ!」
「退屈なんて言ったら、ばちが当たるわよ」
あゆみだけじゃなく、猪口さんまで。
「だって、夏祭りのときはあれだけ屋台が出ているのに」
「せやな、屋台で焼き鳥とあつかんでキュ~っと」
「お姉ちゃんっ!」
「あれはお祭りだからにぎやかなのですわ、初詣は厳かなものですから」
「しょうがないな、さっさと行ってさっさと帰ってこようか」
「本当に、ばちが当たるわよ」
「多少のばちなら当たってもいいさ、朝食を抜いたから空腹なんだよ」
初詣から帰ってくると、キッチンとリビングを往復する母さんとあゆみ。
リビングのテーブルに、おせち料理やお刺身にタイの塩焼きが並べられて。
母さんとあゆみが揚げていた、天ぷらも運ばれてきて。
ゆで上がった毛ガニは四杯だから、二人で一杯ずつか。
抜群のタイミングで、出前のお寿司も届いたから。
さあ、お正月の宴会の始まりっ!
二時間もすると、宴もたけなわ。
大人は、わいわいとお酒を飲んでいるけれど。
そろそろ退屈して、あゆみとボードゲームでもしようかと思っていた僕は。
母さんに言われて、温めていた日本酒を取ってきた帰りに。
窓の外に目をやると、ちらちらと白いものが。
「寒いと思ったら、もう雪が降り始めているよ」
「ここからでも見えるわ」
「うっすら積もっとるんちゃうか、今夜は寒くなるやろな」
「今朝の天気予報では、降り始めは深夜からでしたのに」
「このまま積もったら、中島さんは帰るのが大変だね」
なのに、鹿山さんは涼しい顔をしてお酒をくいっとあおると。
「これから腰を据えて飲むんやで、どうせ中島は泊まることになるやろ」
「泊まるってどこに、鹿山さんの部屋?」
「隣の家は若い娘だらけやで、泊めるわけにはいかんやろ」
「じゃあ、どこに?」
「そら、三階の寝室やろ」
「ちょっと、うちに泊まるっていうの?」
「そない大声を出さんでも、課長」
「勝手なことを言われたら、心配もするわよ」
「ウチは自分の部屋で寝るさかい、姫始めなんぞ……」
「お姉ちゃんっ!」
「良太が聞いているのよ、鹿山っ!」
「せやかて、どのみち中島やったら酔うて寝てまうがな」
鹿山さんのひと言で、言われた当人を含めた周囲の一同が納得。
それについては、既に十分な実績があるものね。
五時になるころには、鹿山さんが言うとおりに中島さんはこくりこくり。
「ほんま、しゃあないやっちゃな」
昼前から五時まで飲んでいるんだもの、みんなはお酒が強すぎるだけさ。
「ほな、寝かしてきますわ」
中島さんに肩を貸し、寝室に連れていった鹿山さんだけれど。
十分たっても、戻ってこない。
「良太、ちょっと見てきてよ」
「僕が?」
「大人が見に行くよりいいでしょ、何をしているのか分からないんだから」
「僕なら、何をしていてもいいって言うの?」
「子供だもの」
さっきは、僕には聞かせられないって言っていたくせに。
「じゃあ、あゆみに行かせればいいだろ」
「だめに決まっているでしょ、早く行ってきて」
しぶしぶながら三階に行ってみると。
寝室のドアは開いていて、鹿山さんが脱ぎ散らかしたらしき振袖が床に。
何のことはない、二人はベッドに潜り込んでいびきをかいている。
「ドアは開いていて、鹿山さんも寝ていたよ」
「五時からが本番だなんて言っていたくせに、鹿山もしょうがないわね」
「昨日は初めて一緒に過ごした年越しだもの、二人とも寝不足なんじゃ?」
「だからって、夕方から人の家でぐうすか寝るなんて」
「あのままにしておいていいの?」
「でも、表に放り出すわけにもいかないし」
まだ五時だっていうのに、朝に続いて物騒な話だな。
それに、放り出すも何も鹿山さんは振袖を脱いじゃっているよ。
自分で着付けもできないのに、目が覚めてからどうするんだろうね。
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