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第十六話 いなかったりいたりのクリスマス 前編

「今年の冬は、寒くないわね」

 そんなあいさつが学校での定番になるほど、暖かい毎日が続いていたのに。

 十二月も半ばになると、一気に冬らしくなってきました。

 凍えるように冷たい風が、油断していると飛ばされそうなくらい吹く日も。

 そんな日は、吐く息だって機関車の煙のようにもくもくと。

 保育園への送り迎えでの、詩織ちゃんと菜摘ちゃんの姿はもこもこになり。

 まるでコアラのようです。

 わたしだって、マフラーや手袋でしっかりと完全防備をしていないと。

 外に出てすぐに、暖かいおうちが恋しくなっちゃうんですから。




 そんな、とある土曜日のことです。

 リビングで詩織ちゃんと菜摘ちゃんを遊ばせていると、お母さまが。

「クリスマスのプレゼントは、何が欲しい?」

 そんな時期だとはいえ、いつもながら唐突な質問ですね。

「僕は、ワイヤレスイヤホンがいいな」

 間髪を入れずに、そう答えた良太さん。

 高校生のころにはバンドを組んでいた、お父さまの影響なのか。

 最近は、お部屋で昔のロックンロールを聴きまくっているものね。

 なのに、お母さまも間髪を入れずに。

「あなたには聞いていないわよ、あたしはあゆみちゃんに聞いているの」

 いくらぴしゃりと言われたからって。

 そんなに恨めしそうな目でわたしを見ないでください、良太さん。

「欲しいものは、あるんですが……」

「遠慮をしないで、何でも欲しいものを言ってちょうだい」

「ちょっとお値段が張りますけれど、いいですか?」

「いいわよ、あゆみちゃんがうちに来て初めてのクリスマスだもの」

「それでしたら、ミシンが欲しいです」

「ミシンか、家事力が強いあゆみちゃんらしいわね」

 恨めしいを通り越して、ふくれっ面の良太さんが。

「どうしていつも、あゆみばっかり優遇されるのさ」

「いいじゃない、ミシンなら嫁入り道具にもなるし」

「でも、あゆみはうちに嫁入りするんだろ」

「それがどうしたのよ、分かりきったことでしょ」

「だったら、ミシンはうちの備品として買ってあげればいいじゃないか」

「自分のミシンなら、好きなときに好きなだけ使えるでしょ」

「うちの備品でもあゆみは使い放題だろ、どうせ母さんは使わないんだから」

 そう言われてみれば、確かにそのとおりですね。

「どうして、そんなに反対するのよ?」

「ミシンがあれば、食後には僕の部屋へ来ずに自分の部屋に戻っちゃうだろ」

 良太さん、そんなにわたしのことを……。

「すねないの、いくらあゆみちゃんに遊んでもらえなくなりそうだからって」

「あゆみがいないなら勉強をしろって、うるさく言われそうだからだよ」

 なんだあ、わたしといたいから反対していたのではないのね。

 ちょっと、がっかり。


「じゃあ、明日は一緒にミシンを買いにいきましょうか」

「えっ、明日ですか?」

「善は急げって言うでしょ」

「たかがミシンを買うのに、そんなことわざを使うかな」

「うるさいわね、買っておけばその日からでも使えるでしょ」

「クリスマスプレゼントなら、クリスマスイブにあげるものじゃないの?」

 良太さんにしては珍しく、正論の連打ね。

「渡すのはクリスマスイブまで待たなきゃいけない、そんな法律があるの?」

 対するお母さまは、子供の口答えみたいなことを言っているし。

「クリスマスプレゼントの趣旨から外れているだろ、って言っているんだよ」

「働き方改革の時代よ、サンタクロースだって事前配布くらいするでしょ」

 あの、それってどんな理屈ですか?

「それに、どうせ当日はあたしがあゆみちゃんへ渡せないもの」

「渡せないって、どうしてさ?」

「そりゃ、あたしがいないからに決まっているでしょ」

 初めて聞かされるのに、決まっていると胸を張って言われても。

「いないって、クリスマスイブに?」

「大家さんとあたしは食事をして、その後はお泊まりをするつもりだもの」

 今年のクリスマスイブは、土曜日なんです。

 

 ここで、朝寝坊をしていたお姉ちゃんがあくびをしながらリビングに。

「何をそないにもめとんねん、朝っぱらから」

 どこが朝なのよ、もうとっくに十一時を回っているのに。

「母さんと父さんが、クリスマスイブに僕らを残して外泊するって言うんだ」

「ほう」

「もう中学二年生なんだから、親がいないと寂しいって年でもないでしょ」

「せやな、むしろ親抜きであゆみといられてうれしいんとちゃうか」

 確かに、それはそれでちょっとうれしいかもしれないわ。


「詩織と菜摘はどうするのさ」

「お義母さまに預かってもらうわよ」

「わたしがいるんですから、わざわざおばあさまに預けなくても」

「いいのよ、クリスマスは子供のためにあるんだから」

「その子供を残して、外泊しようとしている親の言うせりふかよ」

 今日の良太さんは正論の嵐ね、なんて思っていたら。

「母さんがいないなら、プレゼントはどうするのさ?」

 それが、良太さんにとって一番の心配ごとですか。

「プレゼントって、あたしと大家さんからの?」

「じいちゃんとばあちゃん、それにおばあちゃんからのもだよ」

「つまらない心配をしなくても、あゆみちゃんに保管場所を教えておくわよ」

 それを聞いて、安堵の表情を浮かべている良太さん。

 プレゼントさえもらえれば、お母さまはいてもいなくてもいいのね。


「じゃあ、僕らは三人娘とクリスマスイブを過ごすのか」

「猪口と蝶野は、二十三日の夜から蝶野の別荘に行くって言っていたわよ」

「二人だけって、鹿山さんは?」

「中島さんと二人で過ごすでしょ」

 そうか、猪口さんと蝶野さんは気を利かせて別行動を。

「なんでやねん、ウチらはここで過ごすで」

「えっ、初めて一緒に過ごすクリスマスなのに?」

「何があかんの」

「あなたたちには、二人でクリスマスの雰囲気を楽しもうって気はないの?」

 中島さんはともかくとして、お姉ちゃんになさそうなのは分かるけれど。

「初めてのクリスマスイブなのに、二人っきりで過ごさないなんて」

「せやかて、二人で酒を飲んだらあっちゅう間に中島は寝てまうし」

 確かにそうなるでしょうけれど、だからって。

「ウチに、一人で寂しくクリスマスイブを過ごせっちゅうんか?」

「そんなの、お酒を飲む量をほどほどにすればいいだけでしょ」

 びっくりするぐらい、そしてぐうの音も出ないほどのまっとうな指摘です。

 ただ、身内の恥をさらけ出すようでわたしとしても恥ずかしいのですが。

 お姉ちゃんの辞書に、ほどほどなんて単語は……。

「それができるくらいやったら、ウチらは結婚することもなかったで」

 輪をかけて、情けないことを言わないでっ!


「良太とあゆみしかおらんかったら、酒を飲むんはウチらだけかいな」

「何が不満なの」

「いや、中島と二人やったらただのサシ飲みや思て」

 だからこそ、中島さんのおうちで過ごせばいいって言われているんでしょ。

 そうしてくれれば、わたしと良太さんはクリスマスイブを二人っきりで。

 わたしがそんなことを考えているのに、良太さんったら。

「だったら、隼人を……」

 良太さんが提案しようとしている内容を察知したのか、お母さまが。

「隼人や優紀ちゃんを呼んじゃだめよ、自宅で家族と過ごすんでしょうから」

「母さんは好き勝手をするのに、僕らは友人を呼ぶのもだめなんて」

 いつの間にか、ミシンの話はどこかに追いやられているようで。

 クリスマスイブをどう過ごすかで、しっかりともめています。




 そんなタイミングで帰ってきたお父さまですが、開口一番でお母さまに。

「くまさん、ごめん」

 お父さまがお母さまに謝るなんて、初めて見たかも。

 逆のパターンなら、いくらでも見ることがあるけれど。

 良太さんも、何があったんだって顔をしているわ。

 それどころか、謝られた当のお母さまですら驚いてしているもの。

「ごめんって、何が?」

「いきなり、クリスマスイブに出張が入っちゃって」

 土曜日、しかもクリスマスイブなのに急なお仕事ですか。

「そう、お仕事じゃ仕方ないわね」

 お父さまのお仕事を優先して、楽しみにしていた予定をあっさりと諦める。

 さすがです、お母さま。

 そうはいっても、さすがに落胆の色が隠せないみたいで。

「残念やったな、期待しとったクリスマスデートがわやや」

 にやにやしながら、そう言っているお姉ちゃんですが。

「鹿山も、ごめん」

 お父さまがお姉ちゃんに謝るなんて、もっと見ないわ。

「なして、ウチまで?」

 お姉ちゃんだって、そう聞きながら驚いているもの。

「出張先は大阪で、中島も同行することになっているんだ」

「何やて!」

 さっきまでのお姉ちゃんの余裕は、一発でどこかに飛んでいったみたい。


 少し考え込んでいたお母さまですが、何を思いついたのか。

「そうだ、そうすればいいじゃない!」

 どうしたんですか、いきなり。

「大家さんと一緒にあたしも大阪に行けば、向こうでデートができるわ」

 いつもながら、切り替えが早いですね。

「一緒にって、俺と中島は仕事で行くんだよ」

「お仕事は、いつ終わるの?」

「土曜日の夕方、かな」

「じゃあ、夕方に合流すれば日曜日いっぱい遊べるでしょ」

「夕方まで、くまさんはどこで何をしているのさ」

「誰かいるでしょうから、大阪支社に顔でも出しているわ」

 自分もお仕事をしているではなく顔を出す、ですか。

「むこうには中島もいるんだよ?」

「中島さんなら、最終の新幹線に乗ってでも帰るでしょ」

「それじゃ疲れるからって、日曜日の昼に帰ることにしたのに」

「クリスマスイブだもの、少しでも早く帰って鹿山に会いたいんじゃない?」

「そら、ほんまかいな?」

 まんざらでもない、って顔をしているお姉ちゃん。

「いいでしょ、大家さん」

「しょうがないなあ、くまさんは」


 お父さまとお母さまの攻防は、お母さまに軍配が上がったようですが。

「大阪に行くって、僕らはどうなるのさ?」

 こちらは、いつもながら切り替えが早いとは言えない良太さん。

「あなたたちは始めからこの家で、二人で過ごすはずだったでしょ」

 予定だから、と未確定な事項として言われるならともかく。

 はず、なんて確定事項だったかのように言われても。

「だからって子供だけにするつもりなの、無責任だし不用心だな」

 良太さんたら、必死に抵抗をしているわね。

「大人なら、鹿山がいるじゃない」

「お母さま、お姉ちゃんを大人とみなすのはどんなものかと」

「妹のくせに生意気やな、ウチを何やと思とんねん」


「その代わりに、隼人と優紀ちゃんにお泊まりをしてもらっていいから」

 背に腹は代えられないからと、餌。

 もとい、交換条件の提示ですか。

 毎度まいど、良太さんがそう簡単に釣れるとは。

「本当に、呼ぶだけじゃなくて泊まってもらってもいいの?」

「いいわよ、二人のおうちにはあたしが連絡しておくから」

「ふうん、だったら……」

 あら、簡単に釣られちゃった。


「隼人は僕の部屋で寝るとして、委員長はあゆみの部屋に?」

「わたしのお部屋だと、床にお布団を敷いて寝ることになるから寒いかも」

 じゅうたんが敷かれた良太さんのお部屋と違い、フローリングのままだし。

「だったら、猪口さんか蝶野さんの部屋に寝かせてもらう?」

「いくら不在だからって、そうもいきませんよ」

「じゃあ、どうするのさ?」

「わたしと優紀さんは、三階の寝室に」

「ほな、ウチはどこで寝ろっちゅうねん?」

「お姉ちゃんは、自分の部屋で寝ればいいじゃない」

「せやけど、酒を飲むんやで」

「それが?」

「さんざん酔うたら、誰もおらん隣の家へ帰りとうなくなるやろ」

「一人で飲んでそこまで酔えたら、たいしたものよ」

「そないに、褒められても」

 誰も褒めていないわよ、皮肉を言っているんですっ!

「酔って帰りたくないなら、リビングのソファーで寝ればいいでしょ」

「十二月の下旬やで、夜中になったらどんだけさぶい思とるんや」

「寒けりゃ、毛布ぐらい掛けてあげるわよ」


 こうして、各々がどのようにクリスマスイブを過ごすかは決まりました。

 お母さまは、お父さまと大阪へ。

 わたしと良太さんは、隼人さんや優紀さんとおうちで過ごす。

 あいにく、お姉ちゃん付きではありますけれど。

 これでめでたしめでたし、なのかしらねえ……。




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