第十五話 お姉ちゃん頑張って ~「はなまる」未満の「まる」あげる~
お母さんが持たせてくれた、大阪土産の中から。
一番大きな包みを開けて、お菓子を口に放り込んだ良太さんが。
「鹿山さんと中島さんは、次の週末は新潟へ行くんだよね」
「ええ、中島さんのご両親にお姉ちゃんを紹介して結婚を許してもらいに」
「あゆみも一緒に行くの?」
「行かないわよ」
「どうして?」
「初対面の中島さんのご両親には、わたしを連れていっても効果はないもの」
大阪に行ったことにも、大した意味はなかったと思うし。
「え~っ、新潟土産を楽しみにしていたのに」
わたしと会えないから寂しい、ぐらい言ってくれてもいいのに。
「お土産なら、お姉ちゃんに頼めばいいでしょ」
「そうか、鹿山さんはリビングにいたよね」
リビングに下り、お姉ちゃんにお土産のおねだりを始めた良太さん。
「土産やったら、日本酒を買うてくるつもりやで」
「僕とあゆみは中学生だよ、日本酒なんて飲めないだろ」
「日本酒だったら、お父さんからお土産に持たされたのが二本もあるでしょ」
「あれやったら、課長と大家さんに」
「二本とも?」
「いや、一本は中島が飲むいうて自宅に……」
「中島さんはそんなことを言わないでしょ、お姉ちゃんが飲むつもりね」
「飲むんやったら一本じゃ足りんやろ、せやから新潟で買うてくるんや」
また、そんなへりくつを。
「だから、僕とあゆみへのお土産は?」
「新潟は米どころやろ、せんべいでも買うてきたる」
さすがに、自分の両親が相手だった先週とは勝手が違うらしく。
週末が近づくにつれ、見るからに寝不足そうな顔が続いていたお姉ちゃん。
普段は、どんな心配ごとがあってもぐっすり眠れるって自慢しているのに。
結婚相手のご両親に初めて会いに行く、なんて大舞台を控えているから。
いくら楽天家のお姉ちゃんでも、緊張しているのかしら。
なんて思っていたのに。
「新潟やったら、やっぱ日本酒をきゅっとやな」
はあ?
「行きたい店を調べたらぎょうさんあって、眠られへん夜が続いとんのや」
「お母さまに言われていたでしょ、忘れたの」
「課長に言われたて、何を?」
あれだけくぎを刺されていたのに、まったく気にしていないのかしら。
「中島さんのご両親の前では、お酒で失敗しないように加減しなさいって」
お母さまも、多少は配慮してくれたようで。
飲むなとまでは言わなかったのが、あだになっているんじゃないかしら。
「こんなとこで猫を被っとってもしゃあないで、最初が肝心言うやろ」
使用方法が間違っているでしょ、最初はちゃんとしなさいって意味よ。
「猫を被れとは言わないけれど、せめて最初だけでもちゃんとできないの?」
「どうせすぐにばれてまうやろ、やったら普段どおりにしとんのが一番や」
「まさか、行きの新幹線でもお酒を飲むつもり?」
「まあ、行きにはそれなりにやな……」
「すぐに相手のご両親に会うのに、お酒を飲むつもりだなんて」
そんなわたしの心配は、杞憂に終わったようで。
お姉ちゃんは、新潟に向かう新幹線での飲酒を控えたようです。
中島さんのご両親にしらふであいさつをすることになり、まずはひと安心。
新幹線のシートでは、ガイドブックを片手に。
「やっぱ新潟やったら海の幸で日本酒をぐいっと、やろ」
この浮かれよう、まるで旅行か遠足ね。
「大一番を控えているのに、緊張感のかけらもないんですね」
さすがに、中島さんもあきれているわ。
「めっちゃうまそうな炉端焼きの店があんねん、ほれ」
突きつけられるように、携帯電話の画面を見せられた中島さんは。
「いつ行くんですか、うちの両親と一緒なのは今日の夜までですよ」
「せやから、この店は明日の夜に」
「夜が炉端焼きなら、明日の昼はどうするんですか?」
「そばで軽く一杯っちゅうとこやろ、明日の夜は炉端焼きを堪能したいし」
「あさっての昼は新幹線の中で駅弁ですか、それとも新潟で?」
「せっかく来たのに、そばと炉端焼きだけっちゅうのも寂しいやろ」
帰る直前のお昼にも、飲むつもりをしているの?
「ガイドブックには、カレーやラーメンの店がたくさん載っていますが」
「せっかくの新潟やで、やっぱ海の幸がええな」
「昼ですから、飲み屋は開いていないでしょ」
「やったら、寿司でもどや?」
ついに、中島さんのご両親と対面したお姉ちゃんですが。
「はじめまして鹿山夏樹と申し、痛っ!」
急に言葉が途切れたのを心配した、中島さんが。
「どうしたんです、鹿山さん?」
「慣れん東京弁をつこたさかい、舌をかんでもうた」
「大丈夫ですか?」
わが姉ながら、情けない。
でも、中島さんのご両親からは。
「夏樹さん、かしこまらずにいつもどおり関西弁で話していいから」
「そうよ、長いお付き合いになるんだから普段どおりが一番」
寛大なお言葉、ありがとうございます。
「広洋から、夏樹さんのお話はよく聞いていますよ」
「部屋探しを手伝っていただいた上に、引っ越しのお手伝いまで」
「それだけでなく、風邪を引いたときには看病までしていただいたそうで」
「お料理も、お上手なんですってね」
「広洋からは、非の打ちどころがないお嬢さんだと」
中島さんが、ご両親へお姉ちゃんのことを伝えるにあたっては。
一流作家なみの腕をふるったであろうことは、容易に察しがつきます。
お姉ちゃんを美化するエピソードが、てんこ盛りですので。
「とてもよくできた娘さんで、どうしても結婚したいと言うものですから」
「こんなにかわいらしいお嬢さんは、広洋にはもったいないぐらいで」
美化作戦は、作家の意図をはるかに上回る効果をあげているようです。
中島さんに似て物静かなご両親は、お姉ちゃんを気に入ってくれたらしく。
たいそう喜んでいます。
お母さまの控酒作戦や、中島さんの美化作戦の効果もあるでしょうが。
これほどまでに、良い面を目一杯に評価されるなんて。
お姉ちゃんにとっては、まるで盆と正月が一緒にきたような反応ですね。
「夏樹さんは、広洋のどこが気に入って結婚を決めたんです?」
「真面目が過ぎて堅物な上に、頑固で融通も利かない子ですのに」
「確かに、中島は真面目で頼んないとこばっかやけど」
同調してどうするの、お二人とも謙遜されているだけなのに。
しかも、ご両親の前で呼び捨てにっ!
「ウチが暴走しそうになったら、やんわり止めてくれますし」
自覚はあるのね、自分が暴走するっていう。
「いざっちゅうときはめっちゃ頼りになる、男らしいとこかてあるし」
「ほう、広洋にそんな面が」
「何かと問題を起こすこんなウチを甘やかしてくれるんは、中島だけやし」
確かに、そうね。
「こいつに人生を任せたら、ウチも課長のように幸せになれる思たんですわ」
それを聞いたお二人は、改めて。
「どうか、広洋をお願いします」
「二人で仲良く、幸せになってくださいね」
中島さんのご両親から、結婚のお許しをいただけたことで。
今回の目的は果たせたようですが、どうにも引っかかるのは。
自分の実家へは日帰りするつもりで、泊まるのを渋っていたくせに。
新潟では、しっかりふた泊もするお姉ちゃん。
ひと晩目は中島さんのご両親も交えて、新潟の夜を満喫していたようです。
「夜はどうするの、日本酒と海鮮がいいんだけれど」
中島さんは自分からという体で、お姉ちゃんからのリクエストを。
「おまえ、日本酒を飲むようになったのか?」
「鹿山さんが好きなんだよ、新潟は日本酒が有名だからって」
ふつつかな姉が、申し訳ありません。
「サケの酒びたしがおいしいお店を予約してあるから、そこにしましょう」
「その店って、ズワイガニはある?」
これもお姉ちゃんからのリクエストですね、重ねがさね申し訳ありません。
「新潟でズワイガニなら、越後本ズワイだな」
「この時期だもの、今夜のお店にはいつもあるわよ」
そんなわけで。
リクエストが聞き入られたお姉ちゃんは、充実した新潟の夜を過ごしたの。
新潟でごきげんな三日間を過ごし、帰ってきた中島さんとお姉ちゃん。
「ほんま、実りの多い新潟行きやったな」
そりゃ、そうでしょうよ。
人生で一番と言えるほど持ち上げられた上、日本酒を満喫したんだものね。
今は、良太さんの家のリビングでお父さまやお母さまに。
この三日間の報告、そして今後に控えるもろもろについて相談しています。
「で、どうだったの?」
「良かったで~、二日目の夜に食うた炉端焼きがめっちゃうまかってん」
「あなたって子はっ!」
このシチュエーションでこの答えですから、誰だって怒ります。
「誰が食事の話をしているのよ、あちらのご両親とのことでしょ」
「うちの両親でしたら、鹿山さんのことをひと目で気に入っていました」
中島さんからの、助け船です。
「それじゃ、お許しはいただけたのね」
「はい、無事に」
もはや、お母さまの聞き取り対象は中島さん一択です。
「それで、結婚式はどこで挙げるつもりなの?」
「ずいぶんと、気の早い話でんな」
「早くもないでしょ、中島さんのご両親とは話してこなかったの?」
「どこで言われても、ウチの両親は大阪やし」
「僕の両親は、新潟ですからね」
「どちらからも同じような時間で来られるし、東京でいいんじゃないか?」
お父さまから、建設的な提案が。
「そうね、鹿山と中島さんが働いているのも東京なんだし」
「時期は、いつにするつもりだ?」
「鹿山さんは、三月の末がいいと言うんですが」
「気候もぬくぅなるし、ええんちゃうかと」
「何を言っているの、三月の終わりには新人研修が始まるでしょ」
「せやから、入社式の前にちゃちゃっと」
「研修には準備があるでしょ、むしろ準備の方が人手を必要とするのに」
お母さまに続いて、お父さまも。
「俺たちだって、三月末にはシステムの変更が控えているだろ」
「僕もそう言ったんですけれど……」
「二月やとめっちゃ寒いし、四月やと花見の予定が入りよるやろ」
結婚式とお花見、もとい。
仕事をてんびんにかけるなんて、何を考えているのかしら?
そして、白熱の議論の末。
五月の連休明けに、両家が東京に集まって挙げることになりました。
「仲人はどうするんだ?」
「今どきは、仲人なしで結婚する人も多いんでしょ」
お父さまとお母さまからの質問に、中島さんとお姉ちゃんは。
「それなんですけれど」
「二人で話し合うて、課長と大家さんに頼もうっちゅうことに」
何と、仲人をお父さまとお母さまにお願いしたいと言い出したんです。
お二人とも、最初は固辞していたけれど。
「ウチらが結婚することになったんは、課長のもろもろのおかげなんやし」
具体的には例を挙げられず、もろもろとしか言えないなんて……。
「お二人は、僕と鹿山さんの上司でもあるんですから」
そう言われると断りづらいし、何より。
「あたしたちが断ったら、代わりの人を巻き込むことになるわね」
「さすがに、こんなことで他人に迷惑はかけられないな」
お姉ちゃんの仲人って、迷惑なんだ……。
「しかたがないわね」
「まるで、人の身代わりにでもなる気分だな」
断ったときの悪影響に配慮して、渋々ながら引き受けてくださったの。
「新居は、どうするの?」
「当分の間は、僕のマンションに住むことにしました」
「つい何週間か前に借りたばかりやし」
「いいんじゃない、あそこならあたしの目が届く範囲だし」
「おまえの部屋は1LDKだろ、子供ができたら手狭なんじゃないか?」
「小さいうちなら、どうにかなるかと」
「子供が大きなったら、中島の実家に移ろ思っとります」
「人に貸している僕の実家は、次の賃貸契約は更新しないつもりですから」
このごろ、お姉ちゃんは三日に上げず中島さんの家に泊まっていますし。
お式を待たずに、中島さんの家に住むことになったりしてね。
いろいろあったけれど、たかが一か月ちょっとのことなのよね。
お姉ちゃんが、交際期間もなしに結婚することになり。
双方の両親に結婚を許してもらい、何はともあれめでたしめでたし。
たいへんよくできましたの、「はなまる」とまではいかないけれど。
よくできましたの、「まる」ぐらいはあげてもいいかな。
頑張ったねお姉ちゃん、末永くお幸せに!
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