第十四話 お姉ちゃん頑張って ~お供を連れて、いざ凱旋?~
晴れて結婚の約束を取り交わした、お姉ちゃんと中島さんですが。
すでに、良太さんのお母さまとお父さまに報告を済ませたこともあり。
お姉ちゃんは、安心しきっています。
何といっても、お姉ちゃんにとってお母さまは最大の難関ですから。
それでも、二人で決めたからこれで終わりとはいきません。
ここは、わたしがくぎを刺しておかないと。
「浮かれたい気分なのも分かるけれど、ちょっと気が早くない?」
「しゃあないやん、ウチにとって課長はラスボスのような存在やで」
ラスボスって、言うならせめて親代わりとか……。
「二週も続けて、週末に双方の両親へ会いに行くんでしょ」
「中島やったら、お父ちゃんとお母ちゃんとは面識があるやろ」
「心配なのはお姉ちゃんの方よ、あちらのご両親とは初めて会うんでしょ」
「課長を倒した今、ウチに怖いもんはあらへん」
のんきでいいわね、勇者気取りですか?
「うちの両親との対面は今週末でしょ、気を引き締めて頑張ってきてね」
「何を言うとんねん、あゆみも一緒に行くんやで」
「えっ、どうしてわたしが?」
それまで口を挟まずにいたお母さまも。
「ちょっと待ちなさい、あゆみちゃんも大阪へ連れていくって言うの?」
「あゆみがおった方が、お母ちゃんの当たりが柔らこうなりますよって」
「使えるものは何でも使うって、どれだけ他力本願なの」
お母さまもあきれていますが、それでも止めようとしないってことは。
その場にわたしがいる効果が、絶大だと判断したのね。
「せめて、良太さんも一緒に……」
「僕は嫌だよ、土曜日は父さんと釣りに行くんだから」
週末になり、わたしというお供を連れて。
お父さんとお母さんにあいさつをしに、大阪へやってきたお姉ちゃんたち。
「やっぱり、緊張するものですね」
「何がやねん?」
「決まっているでしょ、鹿山さんのご両親へのあいさつですよ」
「ウチを相手に、さんざん練習しとったやろ」
「あくまでも、練習は練習ですから」
「今から緊張しとったら身が持たんで、もっと気楽にやな」
「僕もそう思っていましたが、いざこれからってなると緊張します」
「この期に及んで、今さら何を言うても始まらんで」
「お姉ちゃん、こんなところでもめていたら……」
「あなたたちは家の前で何をもめているの、ご近所にまる聞こえでしょ」
「あ、お母ちゃん……」
ほらね。
「いいから、早く家の中に入りなさい」
さっきから二人がもめていたのは、うちの玄関先ですので。
何の騒ぎかと出てきたお母さんに、諭されてそそくさと家の中へ。
はなからケチがついたのに、お姉ちゃんは普段どおりにあっけらかんと。
「ウチが結婚しよ思とる、中島や」
「それより前に、大事なことがあるだろ」
「結婚したい相手を紹介しとんのに、それよか大事なことが?」
「あたしたちは、中島さんに先日のおわびやお礼をしていないのよ」
順序が違うとばかりに、お父さんとお母さんは。
「遠いところを、ようこそお越しくださいました」
「先日は、夏樹がご迷惑をおかけしまして」
当然ですが、うちの両親は中島さんに恐縮しきりです。
実家のお引っ越しのときに、お姉ちゃんが酔っぱらって正体をなくして。
会ったこともない中島さんに迷惑をかけた、という事実がありますから。
当然といえば、当然です。
その上、お姉ちゃんが中島さんを呼び捨てているのを聞くと。
「呼び捨てるって、夏樹っ!」
「せめて中島さん、でしょ」
これじゃまるで、小学生の怒られ方です。
「中島は人事異動で東京に転勤して、今は大家さんの下で働いとんねん」
たった今、呼び捨てるなと言われたばかりでしょ。
「それは、美波さんから聞いているわよ」
「いつの間に、課長とツーカーになっとんねん」
「大切な娘を預かってもらっているのよ、週に一度は連絡しているわ」
「照れるがな、大事な娘て」
「誰があなたのことを話しているの、あゆみのことに決まっているでしょ」
「なんやつまらん、他には何を聞いてん?」
「それぐらいよ」
「なんで、中島のことは聞いとらんの」
「中島さんとのことは、あなたから聞いた方がいいだろうって美波さんが」
「いけずやな、課長も」
「何が?」
「どうせやったら、全部話しといてくれたらウチの手間が省けたのに」
こういったことって、むしろ手間がかかった方がうれしいのでは?
「おまえの口から、こんなことになった経緯を説明しなさい」
こんなことって、お父さん……。
「あなたが結婚すると聞いただけでも、腰を抜かすほど驚いているのよ」
お母さんまで、腰を抜かすって……。
「連れてきたんは中島なんやで、改まった説明はいらんやろ」
中島さんの説明じゃなく、こうなった経緯を説明しろと言われているのよ。
しかも、呼び捨てを改めるつもりはさらさらないのね。
「わたしたちにとって、中島さんといえば」
「酔って寝ちゃったあなたを、おんぶして運んでくれた人って認識なのよ」
「何がどうなったら結婚することになったのか、説明しろと言っているんだ」
そこまで言われて観念したお姉ちゃんは、大ざっぱな説明を終えると。
「詳しゅうは、課長かあゆみに聞いて」
そう言うと、涼しい顔。
後から、ことのてんまつを根掘り葉掘り聞かれたわたしとしては。
いい迷惑だったわ。
お気楽モードのお姉ちゃんとは対照的に。
これ以上ないってほど、がちがちに緊張している中島さん。
無理もないわね、彼女の両親に結婚を許してもらいに来ているんですもの。
「ごあいさつが遅れまして申し訳ありません、わたしは中島といいます」
かといって、何もそこから始めなくても。
「先日、夏樹さんと結婚の約束をさせていただきました」
がんばってください、必死さは両親にも伝わっていると思いますよ。
「どうか、夏樹さんと結婚することをお許しください」
中島さんから、そう言われたお父さんとお母さんは。
返事をする前に、あらかじめ打ち合わせていたかのように。
「お返事をさせていただく前に」
「わたしたちから、お話ししておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
中島さんの緊張もピークに達しているのに、何を話すつもりかしら。
「夏樹は、小さいころから手がかからない子でして」
「信じられないでしょうが、妹のあゆみの方が手のかかる子だったんです」
お姉ちゃんを褒めるつもり、かしら?
「わたしたちが、あゆみにかかりきりになっていたこともあり」
「夏樹は、自分のことは自分で何でもするようになっていきまして」
まるで、お姉ちゃんの現状はわたしのせいだと言われているような……。
「東京の大学に進学するときも、さほど心配せずに送り出したんです」
「そんな経緯から、いつの間にか度を越して自由奔放というか……」
「良く言えばおおらか、悪く言えば大ざっぱに育ってしまいまして」
「悪い方に作用しているのではないかと、心配しているんです」
「どこに出してもはずかしくない娘とは、とても言えませんので」
「中島さんのご両親が夏樹を見たら、どう思うか」
お父さん、お母さん……。
これって、「少し話しておきたい」の限度を大幅に超えているのでは?
「目の前にウチがおんのやで、よぉそこまで言えるな」
「至らない娘ですので、ご迷惑をかけることもあるでしょう」
「それでも、わたしたちにとってはかわいい娘なんです」
「我慢がならないところがあっても、大目に見てやってもらえませんか」
良かった、ちゃんとお姉ちゃんのことを心配してあげていたのね。
「お言葉を返すようですが、心配されるようなことは何もないかと」
「えっ!」
中島さんにそう言われて、お父さんとお母さんはそろって驚いているわ。
「夏樹さんは、わたしにはとても合っていると思うのですが」
そうなんですか、中島さん?
「わたしはよく人から、堅物で真面目すぎると言われますので」
確かに真面目だとは思いますが、堅物とまでは。
「僕が悩んでいるときには、夏樹さんがすぱっと答えを出してくれますし」
お姉ちゃんの、数少ない良い面を評価してくれているんですものね。
「そもそも、わたしが悩む前に答えを出してくれることも多いですから」
あの……、それはお姉ちゃんが先走っているだけでは?
「はきはきしている夏樹さんは、僕にぴったりな相手だと思っています」
中島さんって、お姉ちゃんの短所すらもいい方に取ってくれているのね。
「僕のことを知っている両親なら、ひと目見て夏樹さんを気に入るかと」
それを聞いて、どうだと言わんばかりに得意気なお姉ちゃん。
中島さんは、あらためてお父さんとお母さんに。
「どうか、夏樹さんと結婚させてください」
そう言って、頭を下げている中島さんに。
「どうぞ、頭を上げてください」
「こちらこそ、夏樹をよろしくお願いいたします」
中島さんからは、お姉ちゃんを褒める言葉の後に三顧の礼ですもの。
お父さんとお母さんは、これ以上ない安堵の表情を。
双方が、恐縮しきりだったけれど。
とりあえず、これで来阪の目的は果たせたみたいね。
「せやけど、あゆみが婚約したときの良太への対応とはえらい違いやな」
「中島さんは大人だし、どこに出しても恥ずかしくない娘だからよ」
「そない褒められたら、ウチかて照れるがな」
「何を言っているの、恥ずかしくないと言ったらあゆみのことでしょ」
「はあ?」
「あゆみなら、胸を張っていられるけれど」
「ウチやったら?」
「あなたじゃ、頭を下げてでももらっていただくしかないでしょ」
「なんやねん、そら」
「結婚も認めてもろたし、そろそろウチらは帰るわ」
「えっ、今日は泊まっていくんじゃないの?」
「あいさつが目的やさかい、最初から日帰りの予定やで」
普通なら、結婚相手に故郷の大阪を案内したりするんでしょうけれど。
中島さんは、ついこの間まで大阪に住んでいたんだものね。
「せっかく来たんだから、泊まっていきなさい」
「ついこないだも来たばかりやん、これからホテルを探すんも面倒やし」
「ホテルに泊まらなくても、うちにはあなたの部屋があるでしょ」
「ウチが結婚できひんかったり、出戻ってきたときのための部屋やろ」
「親心から用意した部屋よ」
「ウチら、これから結婚する言うとるんやで」
「それが?」
「なんで、そない縁起でもない部屋に泊まらなあかんねん」
「あゆみかて帰りたい言う思うで、詩織と菜摘の世話があるさかい」
「明日は日曜日よ、美波さんがいるでしょ」
すかさず、お母さんから二の矢が。
「お寿司の出前も頼んであるのよ、もうすぐ届くし」
「やったら、寿司を食うてから帰るわ」
食べ物で釣れないならばと、三の矢を繰り出したお父さん。
持ち出してきたのは、箱に入った高そうな一升瓶が二本。
「せっかくおまえが来るから、これを用意しておいたんだが」
どちらも、日本酒の中でもお姉ちゃんが好きな銘柄だったらしく。
ちらりと目をやっただけで、お姉ちゃんは急に方向転換。
「そこまで用意されたら、しゃあないな」
お姉ちゃんの表情の変化に、いち早く気づいた中島さんは。
「ご両親のお言葉に甘えて、今夜はこちらに泊まっていく?」
さも自分が泊まりたいからという体で、お姉ちゃんに決断を促しています。
そんな中島さんのフォローにより、実家に泊まることにしたお姉ちゃん。
良太さん並に、こんな単純な手に引っかかるなんて。
次の日のお昼過ぎ、お姉ちゃんたちとわたしが帰るときに。
お母さんは、お姉ちゃんにしっかりと太いくぎを刺していたの。
「中島さんに嫌われないように、しっかりするのよ」
「分かっとるがな」
「お酒は、特に」
「ほどほどにしといたらええんやろ」
「中島さんのご両親にあいさつするときは、言葉遣いに気をつけるのよ」
「余計な心配はせんとき、子供とちゃうんやし」
「子供だったら心配しないわよ、いい大人だから心配しているんでしょ」
今さらしっかりしろとか、気をつけろとか言ったぐらいで。
お姉ちゃんがどうにかなるとは、思えないけれど。
お父さんとお母さんに会えたのは、うれしかったけれど。
大阪まで来たのに、これといった役割を果たしたって実感もないし。
わたしを連れてきた意味って、あったのかしら?
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