第28話 最後のひと押し
クラファン締め切りまで、あと二日。
倉庫の空気は、いつもより静かだった。
数字の伸びが、明らかに鈍っていたからだ。
「……止まったな」
俺――白峰理久は、スマホの画面を見つめた。
支援者数 198人。
目標まで、あと少し。
でも、その“少し”が動かない。
「まあ、こういうもんよ」
黒江斎は、ホワイトボードに向かいながら言った。
「クラファンって、
最初と最後が伸びるの。
中盤は必ず止まる」
「でも、最後が伸びる保証はないですよね」
雨宮柊は、タブレットを抱えたまま呟いた。
「保証なんて、どこにもないわよ」
黒江は振り返る。
「だからこそ、
“最後のひと押し”が必要なの」
そのときだった。
倉庫の扉が勢いよく開いた。
「科学部さーん!
ケーブルテレビ、今日放送ですよー!」
昨日のスタッフが顔を出した。
「え、今日?」
俺は思わず立ち上がった。
「はい。
夕方のニュース枠で流れます。
町の反応、楽しみにしててください!」
スタッフが去ると、
倉庫の空気が一気に変わった。
「……来たな」
黒江が笑う。
「これで動かなかったら、
もう知らないわよ」
「いや、動くでしょ」
俺は言った。
「昨日の取材、
普通に良かったし」
「白峰くん、
“普通に良かった”じゃなくて、
“めちゃくちゃ映えてました”ですよ」
雨宮が真顔で言う。
「映えてたって……」
「事実です」
雨宮は淡々と続けた。
「黒江さんも“美人すぎる科学部員”って言われてましたし」
「言われてたわね」
黒江は照れもせず頷いた。
「雨宮くんも“優しすぎる科学部員”ってコメントついてたわよ」
「優しいだけですから」
雨宮は微笑んだ。
「……なんだこの会話」
俺は頭を抱えた。
「でも、
悪い気はしないな」
夕方。
倉庫の隅に置いた小さなテレビに、
3人でかじりついた。
『続いては、
“挑戦する高校生たち”の特集です』
画面に、俺たちが映った。
作業する姿。
笑う姿。
真剣な顔。
そして、
商店街の旗が風に揺れる映像。
『彼らの挑戦は、
町全体を巻き込み始めています』
ナレーションが流れた瞬間、
スマホが震えた。
「……動いた」
雨宮が呟く。
198 → 203 → 211 → 224
「うわ、すご……」
俺は言葉を失った。
「ほらね」
黒江が腕を組む。
「テレビの力、侮れないわよ」
数字は止まらない。
224 → 237 → 249 → 257
「これ……
いくな」
俺は確信した。
「いくわね」
黒江も頷く。
「町が完全にスイッチ入ったわ」
雨宮が静かに言った。
「“見られてる”って、
怖いけど……
嬉しいですね」
テレビの余韻が残る中、
俺は割れた複合材フレームを見つめていた。
「……なあ、これ」
俺は指で割れ目をなぞった。
「割れ方、変じゃないか?」
「変?」
黒江が近づく。
「普通、接合部って“線”で割れるんだよ。
でもこれ、“面”で割れてる」
「面?」
雨宮が覗き込む。
「つまり、
“力が一点に集中してない”ってことだ」
黒江が目を見開いた。
「それって……」
「そう。
“荷重が分散し始めてる”ってこと」
雨宮が息を呑む。
「じゃあ……
設計、間違ってなかった?」
「間違ってたのは“角度”だけだ」
俺は言った。
「構造そのものは、
正しかった」
黒江がホワイトボードに書き込む。
【新発見】
・複合材の“しなり”が荷重を分散
・接合部の角度を変えれば耐久性が上がる
・層構造はこのままでOK
「……見えたわね」
黒江が笑う。
「見えたな」
俺も笑った。
「これなら、
次は折れない」
「折れませんね」
雨宮も頷いた。
その夜。
俺たちは、正直にSNSに投稿した。
『フレーム、割れました。
でも、割れ方が“前進”でした。
次は折れません。
応援、ありがとうございます。』
投稿して数分後、
黒江のスマホが震えた。
「……え?」
「どうした?」
俺が聞く。
「南条工業から……
コメント来てる」
「南条工業?」
雨宮が目を丸くする。
黒江は画面を見せた。
『共に頑張りましょう。
接合部の角度は“内側に3度”が最適です。
健闘を祈ります。』
俺は言葉を失った。
「……敵じゃないのかよ」
「敵よ」
黒江は笑った。
「でも、
“挑戦者同士”は敵じゃないの」
雨宮が静かに言った。
「なんか……
胸が熱くなりますね」
俺は深く息を吸った。
「よし。
明日、角度3度で試作する」
「やるわよ」
「はい」
スマホの画面を見ると、
支援者数は 298人 になっていた。
クラファン締め切りまで、あと一日。
科学部の挑戦は、
町と、そしてライバルを巻き込みながら、
最終局面へ向かっていた。




