第百六十話 日常に潜む穢れ
長島での激戦と悲劇を終え、宗則は京へと帰還した。都は長島の惨状とは対照的で、道行く人々は穏やかな表情を浮かべ、店々からは活気が溢れている。一見すると、平和と秩序が保たれているように見えた。しかし、宗則の陰陽師としての目には、その華やかな表層の裏に潜む「見えない穢れ」が映っていた。
長島で顕忍という狂信者と対峙し、自らの命すら贄とする術の恐ろしさを知った宗則は、疲弊しきった体を引きずりながらも、改めて自身の陰陽師としての使命を見つめ直した。
顕忍との戦いで確立した「命の尊厳」という信念が、彼の胸に確かな光を灯している。信長の力による天下統一と、天皇が願う民の安寧。二つの異なる「道」の間で、宗則は自身の立ち位置を模索し続けていた。
京に戻った宗則は、まず正親町天皇に謁見し、長島の状況と顕忍の術について簡潔に報告した。
「宗則よ、まことに大儀であった。そなたの働きにより、長島の異変は鎮まりしと聞く。陰陽頭たるそなたの才覚、まこと天晴れなり」
天皇は宗則の働きを労い、その能力を改めて高く評価した。同時に、宗則に対し、宮中に漂う不穏な気の調査を密かに依頼した。
信長もまた、宗則が長島の「異常な現象」を解決したことを知り、彼を高く評価した。
「京に戻ったか、宗則。長島の怪異を鎮めたと聞く。見事な働きであった。これからも余の為、大いに力を尽くせ」
信長は宗則の能力を認めつつも、その瞳の奥には、宗則が民の救済という独自の信念を持っていることへの警戒心が宿っているのが見て取れた。
「この男は、使える駒ではあるが、容易に手綱を引かれるまい」
――宗則は、信長の心中を察し、彼の言葉の裏に潜む冷酷さを感じ取っていた。
天皇からの密命、そして自身の使命感から、宗則は京の都、特に宮中に漂う「穢れ」の探査を開始した。長島で顕忍の術と対峙した経験が、彼の穢れに対する感度を一層鋭くしていた。
宮中は、表面的な華やかさとは裏腹に、公家たちの陰謀、嫉妬、私欲が渦巻いている。それらが民衆から搾取することで生み出される怨念が、目に見えない形で「穢れ」として滞留しているのを宗則は感じ取った。
「主様、この地には、時の流れと共に積み重なった怨念が深く根を張っています」
太陰が、宗則の傍らに現れ、静かに語りかけた。
「それは、人の心の闇が凝り固まったもの……長島でご覧になられた穢れと、根は同じでしょう」
特定の公家の家系に続く不幸、理由の分からない病、あるいは宮中に漂う不穏な噂話。それら全てが、宗則にはこの「穢れ」の現れであると見えた。
彼は、その根源を深く探ろうとするが、現在の自身の力だけでは、その全てを浄化するには不十分であると痛感する。
特に、宮中に蔓延する欺瞞や情報の隠蔽、そして心の病のように蝕む穢れに対しては、まだ自身の使役する天将だけでは対処しきれないと感じていた。
「主様。この深き穢れを根元から断つには、まだ見ぬ天将の力が必要でしょう」
太陰の声が、宗則の思考をなぞるように響いた。
「しかし、彼らは『烏の巻物』に封じられ、その所在は謎に包まれております。安倍晴明公が、あまりに強大な力を持つ彼らを、世の混乱を防ぐために封印したと伝え聞いておりますゆえ……」
太陰の言葉に、宗則の脳裏に「白虎」と「天空」の姿が浮かんだ。「主疾病喪」の白虎ならば、公家たちの不自然な病の原因を突き止め、鎮めることができるかもしれない。
「主欺殆不信」の天空ならば、宮中の陰謀や欺瞞を暴き、隠された真実を明るみに出せるだろう。しかし、彼らは「烏の巻物」の中に封印されているのだ。
宗則が「烏の巻物」の存在を知り、その探索の必要性を悟り始めたその時、彼の背後から、冷ややかな声が響いた。
「フフフ……長島での働き、見事であったぞ、宗則。だが、世の混沌は、止まることを知らぬ」
金色の蛇の姿の勾陳が、宗則の目の前に現れた。その瞳には、どこか満足げな光が宿っている。
「そなたの信念が、どれほどこの闇に抗えるか、楽しみでならぬわ。特に、そなたが探し求める『烏の巻物』……あれは、そなたの思うような力だけを宿しているわけではあるまいにな……」
勾陳は、京の都の穢れを操り、宮中の混乱を助長していることを暗に示唆している。彼の目的は、宗則を試すこと、そして世にさらなる混沌を生み出すこと。顕忍が彼の駒であったように、宗則もまた、自身の計画の一部であるかのように振る舞っている。
勾陳は、閑話で語られた「南から目覚めつつある新たな力」が、着々と成長していることを匂わせるように口元を歪めた。その力は、顕忍が使っていたような局地的な術とは比べ物にならない、より広範囲に影響を及ぼす恐ろしいものであると、宗則は直感した。
宗則は、勾陳の言葉に怒りを覚えた。しかし、長島での経験から得た信念を強く持ち直す。
「お前の目指す混沌は、民の安寧を脅かすもの。俺は、陰陽師として、それを止める!そして、その『烏の巻物』が、たとえどんな力を宿していようとも、俺は、それを民の救済のために使う!」
宗則は、勾陳の誘惑に屈することなく、自身の信じる道を歩むことを改めて決意した。京の穢れを浄化し、来るべき「新たな力」に対抗するため、宗則は「烏の巻物」の探索を開始することを固く決意したのだった。
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