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洛陽の華、戦塵に舞う~陰陽師、乱世を導く~  作者: エピファネス


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第百五十八話 狂気の源流を断て

 夜の帳が降りた長島の砦は、昼間とは異なる異様な静けさに包まれていた。

 宗則は、隼人を陣に残し、単身、闇に紛れて本願寺の拠点奥深くへと潜入する。彼の目には、狂気に満ちた一向宗徒の亡霊が、まるで守衛のように徘徊する様子が映っていた。彼らはもはや人間ではなく、ただ動く屍のようだった。


 「主様、この奥からは、より強大な穢れの気が感じられます」


 太陰たいいんが、白髪の老婆の姿で宗則の傍らに現れた。その声には、ただならぬ緊迫感が含まれている。


「これは、通常の陰陽師の力ではありません。かつて、世に災いをもたらした禁術に近い……そして、歪んだ信仰の気が混じり合っております。これは、ただの術ではない……『道』を極めんとした者の、深い業の気配です。」


「油断するな、宗則。このような術を操る者だ。罠を仕掛けているかもしれぬ」


 炎をまとった蛇の姿の騰蛇とうだが、周囲を警戒するように唸る。

 宗則は、太陰や六合の力を借りて、一向宗徒の目を欺く隠蔽術を張り巡らせながら、術の波動が最も強く発せられている場所、願証寺の伽藍がらんの奥へと足を進めた。


 そこは、禍々しい穢れと、極限まで肥大化した、しかしどこまでも歪んだ信仰の気が満ちる場所だった。 中央には、夥しい数の信者の魂を模した呪符が吊るされ、血痕の残る祭具が散らばっていた。そしてその中心に、狂気の術を操る男が鎮座していた。長島願証寺の坊官、顕忍けんにん

 顕忍は、宗則の出現に気づくと、静かに、しかし狂気をはらんだ笑みを浮かべた。


「来たか、晴明の末裔よ。まさか、この濁りきった現世の闇を、貴様がここまで辿り着くとはな……」


 彼の声は、まるで地の底から響くように重く、そしてどこまでも冷酷だった。


「この現世は苦しみに満ちている。信長のような魔王の世では、民は救われぬ。ならば、我らが『血の浄土』を築き、阿弥陀の真の救済を顕現させる他ない。そなたの陰陽の力も、そのための礎となろう」


 顕忍は、自らの術の仕組みを宗則に説いた。それは、飢えや絶望、そして「阿弥陀仏にすがりたい」という純粋な信仰心さえもエネルギーとして吸収し、「怨念」や「狂気」として増幅させ、個人の意志を奪い、集団を操る恐ろしい術だった。

 彼は、自身の操る力を「阿弥陀の導き」と解釈し、自らが「選ばれし者」であると信じて疑わない。


「そなたの力があれば、より早く、真の浄土へ人々を導けるであろうに。愚かな道化め、その力を我が浄土の為に捧げよ!」


 顕忍はそう言い放つと、両手を広げ、宗則に猛烈な術を仕掛けてきた。術によって操られた一向宗徒の亡者たちが、四方から宗則に襲いかかる。


「フフフ……見たか、宗則。これが人の本質だ。愚かさを極めた魂は、かくも容易く操られる。そして、その魂を操る者こそが、真の力を手にするのだ」


 金色の蛇の姿の勾陣こうちんが、冷ややかな声で宗則に囁きかける。その言葉は、宗則の持つ泰山府君の術、命を操る禁忌を連想させ、彼の心を激しく揺さぶる。

 しかし、宗則は、顕忍の歪んだ言葉と、目の前の現実(操られる民の姿)に激しい怒りを覚えた。


「お前が導こうとしているのは浄土ではない!ただの地獄だ!命を弄ぶ者に、真の安寧など築けるものか!それは、阿弥陀様の御心にも背く行い!」


 宗則は、泰山府君の禁術には頼らず、自分が使える12天将の力を最大限に活用した。

 

太裳たいじょう!」


 宗則の呼びかけに応じ、白い仮面をつけた太裳が顕忍の放つ邪悪な気を払う。光と秩序の力が、穢れを一時的に後退させた。


六合りくごうよ、その魂の歪みを鎮めよ!」


 六合の「和合」の力が、狂気に陥った民の魂の歪みに触れる。操られていた一向宗徒たちが、一瞬、苦悶の表情を浮かべ、動きが鈍る。


「偽りの浄土では、魂は安らげない!」


 宗則は叫んだ。


 「騰蛇とうだ!」


 騰蛇の炎が、顕忍が作り出した結界と、術の源となっている呪具を焼き尽くし始めた。術の源流が断たれ、顕忍の表情に初めて焦りの色が浮かぶ。


「愚か者めが……!これこそが、真の救済、真の覚悟よ!」


 顕忍は、宗則の反撃によって追い詰められると、狂気をはらんだ笑みをさらに深くした。彼は胸をかきむしるようにして、自らの血肉と魂を呪術の核とした。 禍々しい気が顕忍の体から噴出し、周囲の穢れと、これまで術で操ってきた信者たちの残滓を全て吸い上げる。顕忍の肉体が崩れ落ち、その姿は、阿弥陀仏の救済を願うが故に、逆に怨念そのものの巨大な塊へと変貌していく。


「フフフ……見たか、宗則。これこそが、真の覚悟よ。命を惜しまぬ者にこそ、真の力は宿る。そなたも、いずれはこの道を選ぶことになるのだ……」


 勾陣の声が、宗則の意識に直接響く。顕忍の姿は、まさしく禁忌の極致。泰山府君が「命を操る」術ならば、顕忍のそれは「命を贄とする」術だった。宗則は、この狂信の果てにある異形と対峙しながら、激しい吐き気に襲われる。


「それは浄土ではない!ただの業だ!命を贄にして築く安寧など、偽りだ!お前の魂は、真の救済から最も遠い場所にある!」


 宗則は、極限まで霊力を高めた。太裳の光が顕忍の歪んだ魂を浄化し、六合の和合の力が怨念の繋がりを断ち切る。騰蛇の炎が、顕忍の霊的な形態を焼き尽くすかのように荒れ狂った。

 宗則の渾身の術により、顕忍が発動した狂気の術は完全に破られた。怨念の塊は浄化され、顕忍の魂は静かに、しかし確実に消滅していく。同時に、操られていた一向宗徒たちは、意識が混濁しながらも、その場に崩れ落ちた。彼らの瞳から狂気の色が薄れ、恐怖と混乱が浮かび上がる。

 術の解除は成功した。しかし、顕忍という強大な術者、そして「命を贄とする術」との戦いは、宗則にこれまで以上の精神的、肉体的な消耗を強いた。彼の霊力は限界近くまで消費され、意識が混濁する寸前だった。

 宗則は、その場に膝をついた。体は震え、呼吸は乱れている。

 だが、彼の瞳の奥には、確かな光が宿っていた。この極限の経験を通じて、宗則は「泰山府君の術に頼らずとも、信念と向き合えば、人は狂信すら乗り越えられる」という確固たる覚悟と、「命の尊厳」という自身の陰陽師としての核を確立した。彼は、この経験が、勾陳の誘惑に対する大きな武器となることを、疲弊した体で予感していた。


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