第百五十六話 長島、亡者の群れと友との再会
長島へと続く道は、進むにつれて荒廃の度を増していった。腐敗した水田、打ち捨てられた農具、そして時折、道端に横たわる骸。
宗則は、その惨状を目の当たりにするたび、自身の無力感と、胸に宿し始めた「民の安寧」という信念との間で、言い知れぬ葛藤を覚えていた。
「主様、この先から『死の気』が渦巻いております」
宗則の傍らに太陰が白髪の老婆の姿で現れ、静かに告げた。その声には、老齢を感じさせない確かな響きがあった。
「単なる死臭ではありません。まるで、この世のものでないものが、蠢いているかのようです……」
太陰の言葉の通り、空気が変わった。湿気を帯びた重い空気。鼻腔を突く生臭い血の匂いと、焦げ付いた肉の悪臭。遠くから、呻き声とも叫び声ともつかない音が聞こえ始めた。
「ここが……長島か」
宗則は呟いた。視界の先に、煙が立ち上る集落が見える。それは、隼人の手紙に記された「地獄」そのものだった。彼の足は、まるで鉛のように重くなった。
しかし、その先に友がいる。そして、天皇が憂える「真の姿」がある。宗則は、意を決して馬を進めた。
やがて、織田軍の陣が視界に入った。しかし、その陣すらも、どこか疲弊しきっているように見える。宗則が近づくと、警戒していた兵士たちが、彼の姿を認め、道を空けた。
「宗則殿!」
聞き慣れた声が、土煙の向こうから聞こえた。視線を向けると、そこに立っていたのは、泥と血にまみれた、見慣れた顔。隼人だった。
「隼人!」
宗則は馬から飛び降り、駆け寄った。隼人の顔は、以前の朗らかさを失い、頬はこけ、目は深く窪んでいた。彼は、宗則の姿を見て、一瞬、安堵の表情を見せたが、すぐにその瞳に苦痛の影がよぎった。
「なぜ……ここへ……」
隼人は、声にならない声で呟いた。
「お前からの手紙を読んだ。そして……御上からの密命もある。この地の異変を探るよう、と」
宗則は、隼人の肩に手を置いた。その体は、想像以上に痩せ細っていた。
「異変……そうか、異変か。だが、そんなものは、もう『日常』だ」
隼人は自嘲するように笑った。その笑いは、宗則の胸を締め付けた。
「宗則、見てくれ、これが今の長島だ……」
隼人が指差した先には、信じられない光景が広がっていた。土塁の向こうから、わらわらと湧き出てくる黒い影。それは、かつて人間であったであろう者たちだ。痩せこけた体に土色の皮膚、虚ろな目。彼らは、兵器など持たず、ただ狂気じみた形相で、低い呻き声を上げながら、織田軍の陣地へと向かってくる。
「あれは……!?」
宗則は息を呑んだ。まさしく、隼人の手紙にあった「地獄から這い上がってきた亡者のように」という言葉の通りだった。彼らは、兵士たちが放つ矢も、槍も、まるで意に介さないかのように、ただひたすら前へと進んでくる。
「あれが一向宗の者たちだ。飢えと、何か得体の知れぬものに蝕まれている。最早、理性など残ってはいない」
隼人の声が、絶望に満ちている。
「我らは、人間と戦っているのではない。まるで……悪鬼羅刹と戦っているようなのだ」
宗則の傍らにいた勾陳が、冷ややかに呟いた。
「フフフ……見たか、宗則。これが人の世の底だ。あの狂気は、ただの飢えではない。禍々しい『術』の痕跡が、そこら中に散らばっているぞ」
勾陳の言葉に、宗則の背筋に冷たいものが走った。やはり、この狂気は、人為的なもの。だが、誰が、何の目的で、このような恐ろしい術を……?
宗則は、目の前の「亡者の群れ」と、その中に埋もれる隼人の苦悩、そしてその背後にある「術」の影を、陰陽師としての鋭い感覚で捉えた。彼の瞳に、迷いではない、「この穢れを、この惨状を、何としてでも止めなければならない」という強い意志の光が宿り始めた。
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