第百五十五話 長島への道、広がる穢れ
京の都から長島へ向かう道中、宗則は馬上の人となっていた。
彼の隣には、信長が遣わした数名の兵士が護衛として付き従っている。形式上は信長への忠義を示すための出立だが、宗則の胸中にあるのは、友・隼人の悲痛な叫びと、天皇から託された「民の真の姿」を探る密命だった。
都を離れるにつれ、宗則の五感が戦乱の気配を捉え始める。空はどこか淀み、土の匂いは生々しい血の香りを帯び始めているように感じられた。
道すがら見かける村々は荒れ果て、人気はまばら。わずかに残された民の顔には、飢えと恐怖の影が深く刻み込まれている。
「主様、この地の気は、ただの戦乱によるものではありません」
宗則の傍らに六合が姿を現し、重々しく告げた。
「民の苦しみ、土地の呻き。それらが、何か別の『不浄』なものに増幅されています。まるで、人為的に穢れを集め、肥大化させているかのようです」
六合の言葉に、宗則の表情が険しくなる。彼もまた、漠然とした違和感を覚えていた。この異常な空気は、単なる飢餓や武力によるものではない。確かに何かが、人々の心を歪ませ、土地を病ませている。
「人為的に……だと?」宗則は眉をひそめた。
「ええ。この気の流れは、特定の術によって操られていると見受けられます。陰陽道の理を歪め、人の負の感情を糧とする、禍々しい術……」
勾陳が、宗則の反対側に現れ、冷ややかに付け加える。
「やはりな。一向宗の狂信も、ただの信仰ではあるまい。信長と天皇の板挟みで優柔不断な貴様には、荷が重いかもしれぬがな、宗則」
勾陳の言葉に、宗則は何も言い返せない。己の優柔不断さを指摘されることは、いつものことだ。
しかし、この旅の目的は、もはや信長への忠義や天皇への報告だけではない。長島の地で苦しむ民の真の姿を見極め、この異常な穢れを、陰陽師としてどうにかしなければならない。その覚悟が、彼の胸に確かな熱を灯し始めていた。
ある村で、宗則は一軒の荒屋に立ち寄った。中で息絶え絶えになっている老夫婦を見つけたのだ。彼らの目には光がなく、まさに隼人の手紙にあった「亡者」のようだった。
宗則は、自身の霊力を使い、老夫婦の苦しみを少しでも和らげようと試みる。彼らに触れた瞬間、宗則の脳裏に、彼らが経験したであろう飢餓と、漠然とした恐怖、そして何かに突き動かされるような「狂気」の断片が流れ込んできた。
老夫婦は、宗則の手を握りしめ、か細い声で呟いた。
「浄土へ……浄土へ……」
そして、静かに息を引き取った。
「なんという……」
宗則は、自身の無力感を再び突きつけられた。泰山府君の術を思い出す。もし、あの術を使えば、彼らを救えたのだろうか?いや、それでは禁忌を破ることになる。師匠の死に際して使った、あの重い術を、安易に使うべきではない。宗則は強く首を振ってその考えを打ち消した。
「……泰山府君は、使わぬ」
彼は、小さな声で呟いた。その言葉は、己の力を律し、安易な解決策に頼らないという、宗則なりの決意だった。
「主様、この村の穢れ、我らで鎮めましょう」
六合が、宗則の決意を汲み取るように進言する。宗則は頷き、老夫婦の魂が安らかに旅立てるよう、そして村に蔓延る負の気を浄化するために、簡単な鎮魂と清めの術を執り行った。
再び道を進む宗則の視線は、遠く霞む長浜の方向を向いていた。あの地で一体何が起きているのか。そして、自分に何ができるのか。答えはまだ見つからない。しかし、彼の足取りは、もはや迷いではなかった。そこには、「民の安寧こそが、真の天下泰平なのだ」という、確かな信念の萌芽が宿り始めていた。




