第3話 魔力共鳴二人三脚
午後の競技開始を告げる鐘が鳴った。
午前中だけで、俺――アルス・クライドはすっかり疲れ切っていた。
「はぁ……はぁ……」
額の汗をぬぐう。
魔法障害物競走。
魔力障壁突破。
その他の競技でも、俺は可能な限りポイントを稼いできた。
だが。
「……まだシェリアのほうが上か」
手元の速報表を見る。
一位、シェリア・ファロン。
二位、アルス・クライド。
僅差ではある。
だが、負けている。
「(このままじゃ、MVPを取られる……!)」
俺には、どうしても譲れない理由がある。
――ハロウィン街のペアチケット。
あの街で、シェリアと一緒に過ごしたい。
そのためなら、あと少しくらい無茶をしてでも――。
「アルス」
「ん?」
振り返ると、シェリアが立っていた。
彼女も少し息を切らしている。
「次の競技、何か分かってる?」
「ああ。魔力同調・二人三脚だろ?」
「そう」
シェリアが競技説明の掲示板を見る。
「二人一組で魔力回路を接続。互いの魔力を一定の割合で循環させながら走る競技」
「足だけじゃなくて魔力まで合わせるんだよな」
「ええ」
シェリアは冷静に頷いた。
「相性が悪い二人なら、途中で魔力が暴走することもあるそうよ」
「怖いこと言うなよ」
「事実よ」
そう言った直後だった。
『それでは、参加ペアを発表します!』
競技委員の声が響く。
俺は掲示板へ駆け寄った。
「えーっと……俺は……」
名前を探す。
「アルス・クライド……」
そして、その隣。
「シェリア・ファロン」
「…………」
「…………」
俺たちは同時に顔を上げた。
「は?」
「……え?」
まさか。
まさかの。
「同じペア……?」
「…………」
シェリアの顔がみるみる赤くなる。
「ちょ、ちょっと待って!」
彼女が競技委員に駆け寄った。
「これは何かの間違いでは!?」
「間違いじゃありません。抽選結果です」
「変更は?」
「認められません」
「…………」
シェリアが戻ってくる。
「……よろしく」
「お、おう」
なぜか二人とも目を合わせられない。
そして競技開始直前。
「では、魔力回路を接続してください」
係員から特殊な魔導具を渡される。
足首をつなぐ紐。
そして――手首に装着する魔力リング。
「これを二人とも装着すると、魔力回路が自動的に接続されます」
「……」
俺はリングを見る。
シェリアも見る。
「じゃ、じゃあ……」
「ええ」
俺たちは同時に手を差し出した。
カチッ。
リングが装着された瞬間。
「――っ!」
身体の奥を、温かいものが駆け抜けた。
「な、なんだこれ……」
「……あなたの魔力が……」
シェリアが目を見開く。
俺の魔力が、彼女の身体へ流れていく。
逆に。
シェリアの魔力も、俺の中へ入ってくる。
まるで互いの心臓が、直接つながったような感覚。
ドクン。
ドクン。
自分の鼓動なのか。
シェリアの鼓動なのか。
分からなくなる。
「……近い」
シェリアが小さく呟いた。
「え?」
「な、なんでもない!」
彼女は慌てて顔を逸らす。
「そ、それより集中して!」
「あ、ああ!」
俺も顔を背ける。
だが。
魔力を通して伝わってくる。
シェリアの緊張。
そして――。
ほんの少しの喜び。
「(……なんでこんなにドキドキするのよ)」
声には出していない。
なのに、なんとなく分かる。
「(アルスと……こんなに近くで……)」
シェリアの魔力がふわりと揺れた。
「シェリア?」
「な、何でもない!」
「魔力、乱れてるぞ」
「あなたが変なこと考えるからでしょう!」
「俺のせい!?」
言い合っている間に。
『位置について――!』
スタートの合図。
「行くぞ!」
「ええ!」
俺たちは走り出した。
最初の数歩。
ガッ!
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人の足が絡まる。
「ちょっと! あなた、右!」
「お前こそ左だろ!」
「私に合わせなさい!」
「無茶言うな!」
そのまま転びそうになる。
だが――。
俺はシェリアの手を握った。
「待て!」
「え?」
「魔力を合わせるんだ!」
俺の魔力を少し抑える。
シェリアも同じように魔力を調整した。
すると。
さっきまで暴れていた魔力が、すっと一つになる。
「……できた」
「いけるぞ!」
「ええ!」
次の瞬間。
俺たちは一気に加速した。
右。
左。
右。
左。
まるで最初から二人で走ることを知っていたかのように、足が揃う。
「すごい……!」
観客席から歓声が上がった。
「シェリアとアルス、息ぴったりじゃん!」
「魔力同調率が九十パーセント超えてるぞ!」
だが俺たちは、それどころではなかった。
近い。
とにかく近い。
肩が触れる。
腕が触れる。
魔力がつながっている。
そして。
シェリアの鼓動が伝わってくる。
ドクン。
ドクン。
「……アルス」
「なんだ?」
「……絶対、転ばないでよ」
「お前こそ」
「私は大丈夫」
「じゃあ――」
俺は笑った。
「一緒に一位を取るぞ!」
「……ええ!」
最後の直線。
二人で同時に魔力を解放する。
「「――加速!」」
風が弾けた。
俺たちは一気に前へ飛び出す。
ゴールテープが迫る。
「行けえええっ!」
「あと少し!」
「「せーのっ!」」
バンッ!
ゴール!
『一位、アルス・クライド&シェリア・ファロン組!』
歓声が爆発した。
「やった!」
俺は思わず拳を突き上げる。
隣を見る。
シェリアも笑っていた。
頬を赤くしながら。
「……やったわね」
「ああ!」
そして気づく。
俺たちはまだ手を握ったままだった。
「…………」
「…………」
どちらも離さない。
魔力リングが光っている。
その光が、二人の魔力が今もつながっていることを教えていた。
「……ねえ、アルス」
「ん?」
「今日……」
シェリアが小さく笑う。
「悪くないかもしれないわね」
「何が?」
「……体育祭」
そう言って、シェリアはそっと顔を背けた。
けれど。
俺には分かった。
彼女が嬉しそうにしていることだけは。
そしてこの一位によって。
俺とシェリアのMVPポイントは、一気にトップ争いへと躍り出た。
――まだ勝負は終わっていない。
だけど。
俺は少しだけ思った。
このまま二人で走るのも――。
案外、悪くないかもしれない、と。




