第2話 魔法障害物競走と、譲れない戦い
「位置について――!」
体育祭の開始を告げる鐘が鳴った。
最初の種目は、魔法障害物競走。
ただ走るだけではない。
コース上には、宙に浮かぶ足場、魔力で動く巨大岩、襲いかかってくる木の人形、さらには契約精霊の力を借りなければ突破できない特殊障害まで用意されている。
魔導学園の体育祭では、人気も難易度もトップクラスの競技だ。
「絶対に負けない!」
スタートラインに立った俺は、拳を握った。
視線の先には――シェリア。
「……奇遇ね」
彼女もこちらを見ている。
「私も、絶対に負けるつもりはないわ」
「お前、こういうの得意そうだよな」
「当然でしょう。私はファロン家の魔導士よ」
金髪を風になびかせながら、シェリアが不敵に笑う。
「あなたこそ、途中で転んで泣かないことね」
「誰が泣くか!」
開始の鐘が鳴った。
「行けえええっ!」
俺たちは同時に飛び出した。
第一障害は、宙に浮かぶ魔力床。
一定時間ごとに足場が消える。
「そこだ!」
俺は魔力を足に集中させ、一気に跳躍する。
ひとつ。
二つ。
三つ。
最後の足場から大きく踏み切った。
「よし!」
着地――。
した瞬間。
俺の横を、一陣の風が駆け抜けた。
「え?」
シェリアだ。
彼女は風属性魔法で身体を軽く浮かせ、そのまま足場をほとんど使わずに突破していた。
「お、おい!」
「何?」
「それ反則じゃないのか!?」
「魔法の使用は禁止されていないでしょう?」
「……そうだった!」
完全に俺の作戦ミスだった。
次の障害は巨大岩。
魔力で強化された岩が、コースを塞いでいる。
「今度こそ!」
俺は両腕に魔力を集中させた。
「はああああっ!」
ドンッ!
巨大岩が砕け散る。
「アルス、すごいぞ!」
観客席から歓声が上がる。
俺は拳を握った。
これでポイントを稼げた。
そう思った直後。
「……まだまだね」
シェリアが杖を振った。
「――氷結術式・零度壁」
パキィィン!
彼女の前に立ちはだかっていた岩が、一瞬で凍りつく。
そして。
パァン!
氷ごと粉々に砕け散った。
「…………」
俺は無言になった。
「どうしたの?」
「……お前、やっぱり化け物だろ」
「失礼ね」
そう言いながら、シェリアは少し嬉しそうだった。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺には目的がある。
――あのチケットだ。
シェリアと一緒に、ハロウィン街へ行く。
そのためなら、絶対にMVPを獲る。
「次だ!」
俺はさらに速度を上げた。
魔法障害物競走の後、続いて行われたのは魔力障壁突破。
十枚の障壁を、どれだけ早く破壊できるかを競う競技だ。
「アルス!」
観客席から友人の声が飛んでくる。
「一位を取ればMVPポイントかなり稼げるぞ!」
「分かってる!」
俺は目の前の障壁を睨む。
「全部、ぶち抜く!」
「魔力装填!」
右腕に魔力が集まる。
「一点突破!」
ドゴォン!
一枚。
ドゴォン!
二枚。
三枚。
四枚。
次々と障壁を破壊していく。
「いいぞ、アルス!」
「あと少し!」
残り二枚。
だが、その時。
「――終わりね」
隣のレーンから声がした。
「え?」
シェリアが杖を掲げている。
「複合属性術式――」
炎。
氷。
雷。
三つの属性が彼女の周囲を渦巻いた。
「トライアングル・ブレイク!」
ズガァァァン!
三属性の魔法が一直線に放たれ、障壁をまとめて粉砕した。
「……は?」
俺の残り二枚も含めて、シェリアのほうが先にゴールしていた。
会場が沸き上がる。
「シェリア、すげえ!」
「首席候補は伊達じゃない!」
「今年のMVP、決まったんじゃないか?」
「…………」
俺は歯を食いしばった。
悔しい。
でも――。
「すごいな」
自然と口から言葉が出た。
シェリアが振り返る。
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
俺は笑った。
「俺ももっと頑張らないとな」
「……そう」
シェリアは目を細めた。
そして、ほんの少しだけ口元を緩める。
「なら、頑張りなさい」
「おう!」
その瞬間。
俺たちの間に、また火花が散った。
――負けたくない。
それは俺も同じ。
シェリアも同じだった。
ただし。
二人が燃えている理由は、少しだけ違っていた。
「(絶対に私がMVPを獲るんだから……!)」
シェリアは胸元のパンフレットを思い出していた。
巨大カボチャ。
魔法ランタン。
ゴーストパレード。
そして――。
アルスと二人で歩く、ハロウィン街。
「(自分でチケットを獲って……アルスを誘うんだから!)」
彼女は拳をぎゅっと握る。
一方の俺は。
「(絶対にMVPを獲って、シェリアを誘う!)」
同じように拳を握っていた。
つまり。
俺たちは同じ目的地を目指している。
同じ相手と行きたいと思っている。
なのに――。
「絶対、私が勝つわよ」
シェリアが言った。
「俺だって負けない!」
俺も答える。
「「絶対に!」」
バチッ!
二人の視線がぶつかる。
周囲の生徒たちが、そんな俺たちを見て笑った。
「またアルスとシェリアが張り合ってるぞ」
「仲いいよな、あの二人」
「いや、あれは絶対犬猿の仲だろ」
「でも息ぴったりじゃない?」
「……誰があいつと!」
「誰があいつと!」
俺たちは同時に叫んだ。
「…………」
「…………」
そして、なぜか同時に顔を赤くした。
午後には、さらに高得点の競技が待っている。
まだ勝負は始まったばかり。
そして俺たちはまだ知らなかった。
次の競技で――。
まさか、二人で一緒に走ることになるなんて。
それが、体育祭最大の波乱の始まりになることを。




