【4】国を刷新する者
地獄安土城にて 明智光秀と織田信長
「私が信長様を討ったのは、決して錯乱していたからでも、黒幕に操られていたからでもありません」
「ああ、それは分かってるよ。もし そんなんだったら、俺に家康の接待役を解かれ、急遽 毛利攻めの援軍に向かったはずのお前の行動の説明が付かんからな。お前が家臣と共に坂本城を出てから亀山城に入るまで、何日も畿内をうろついていた。俺はお前に、本当は毛利攻めではなく家康を討てと命じていた。だから、備中に急行しなくても俺に咎められることはない。お前はそれを逆手に取ったんだ。錯乱しているやつが考えることじゃない」
「はい。あの密命のおかげで、私は決行の直前まで、真の狙いを悟られずに動くことができました」
「そんな、真面目なうえに強かなやつだからこそ、俺はお前を誰より信頼していたんだよ。まあ、あれだけじゃ黒幕の存在までは否定しきれねえが、それでも、あれはお前自身の意志によるものだとしか、考えられねえんだ。お前は他者の意志なんかで、主を裏切るようなやつじゃねえからな」
「私も、信長様に最も信頼して頂いていたという自負がありました。だからこそ、その信長様を討った理由に、他者の意志など一切関わっていません」
「分かるよ。黒幕になり得るやつなら何人か思い浮かぶが、どいつもこいつも、お前を動かせるほどの智恵は持っていねえ。そもそも、お前の意志だったと思っているから、話をしようって気になっているんだしな。
で、お前が俺を殺した理由が、もう一つあったよな」
「はい。信長様が全国を統一されたら、自ら王になり、武力で日本を支配すると考えていたことです」
「じゃあ、今度はそっちの話をしようか」
「気楽に言いますね」
「ああ、何を言おうが、これ以上殺される心配はねえしな。それに、自分が信頼してたやつに殺された理由にも、大いに興味があるんだよ」
「分かりました。では私も引き続き、包み隠さず本心を話します」
「そうしてくれ。じゃあ早速聞くが、覇権をかけて戦い勝者になった者が、王になり武力で国を支配する。これのどこに問題がある?」
「王とは、唯一無二の存在ですよね」
「そうだ。将棋だって王将は一枚だけだ。あれだけでかい明を支配しているのも、ただ一人の王だ。正確には皇帝っていうらしいがな。念のため言うが、側近も置かずに独裁者になるという意味じゃねえからな」
「しかし日本にはすでに、唯一無二の存在として天皇陛下があらせられますが、信長様が王になったら、どうなりましたか?」
「この国では、それについての冷静な議論はしにくい。だが、ここまで話した以上は、もう言うしかねえな。俺がその唯一無二の存在になった。呼称は王でも皇帝でも何でも良い。そして天皇陛下には、高貴なだけの〈人〉になって頂く。そういう計画だった」
「やはり、賛同はできません。天皇がいてこその日本です。これは理屈ではありません。民の一人一人が天皇を畏れ敬い、どれほどの内乱が起こっても日本は一つであり続けられるのです」
「分かる。俺だって、その民の一人なんだ。だが内乱ならまだいいが、外敵の脅威にはどう対処するんだ?」
「正直、それを言われると答えようがありません。しかし、天皇を廃位してまで王になるのは、何のためなのですか?」
「言葉にするのは難しいが、強いて言えば、この国を刷新するためだな」
「国を刷新する…」
「伝統を重んじる、日本人の気質が悪いとまでは言わん。だが古き伝統だけでは世界から取り残され、遠からず、どこかの国の属国にされちまう。そうなる前に、日本を刷新する必要があるんだよ」
「日本人は、伝統だけを重んじているわけではありません。国を何度も刷新して、ここまで発展してきたではないですか」
「俺に言わせれば、発展と刷新は違うんだ。発展っていうのは、特に意識しなくても起きている。小さな改良の積み重ねに近いだろうな。刷新とは、小さな積み重ねじゃなく、目的を持って大きな改革を起こすことだ」
「その大きな改革が、国土を拡げ、人を増やし、最高峰の武力を持つことですか?」
「初めはそうだ。それすらも、俺が生きているうちにできたかは分からんがな。俺が死んだ後も、必要に応じて改革を起こしていけば良い」
「分かりました。ではそれを為すのが天皇では、なぜダメなのですか?」
「当然、それを聞いてくるよな。いいか、おかしな思想で言っているんじゃないからな。
天皇陛下は、天皇になりたくてなっているんじゃない。この国によって、代々 唯一無二の存在という役を担わされてきているんだ。天皇が二人いた時代もあるが、それは例外中の例外だ。つまり、これからも延々と〈変わらない存在〉であることを求められている。だから、自ら進んで 大きな改革を起こしてはならない。そう宿命づけられてしまったんだ。天皇陛下はいつも、苦悩の中におられた」
「そうですね。確かに陛下は、その存在のあり方も含め、様々な苦悩をお持ちだったと思います。過去の天皇も同じだったでしょう。それで、天皇に代わって信長様が日本を刷新しようとされたのですか?」
「言葉にすると、そうだな」
「しかし、それは王にならなくても、可能ではないでしょうか。朝廷から征夷大将軍に任命されるだけでも十分だと思えます。朝廷の権威の下で、征夷大将軍が権力を持つのです。もちろん、権力には武力も含まれます。朝廷から委ねられた権力の範囲内で、将軍が改革を実行すれば良いのだと思います」
「一時的なものなら、それでも良い。だが国の改革は、恒常的にやらなければならない。改革には必ず、反対派も現れる。改革によって、割を食うやつがいるはずだからな。そのとき、朝廷と将軍の二重支配体制では、反対派が朝廷と結び付き、改革を妨げようとするだろう。朝廷の権威を敬うどころか、政治利用するやつらが必ずいるんだ。それでは、思い切った改革を断行できない」
「それでは、常に反対派が弾圧されてしまいます。改革が必ず正しいとは限りません。反対意見が通らないないような体制は、あまりにも危険です」
「そうだ。国の舵取りっていうのは、常に危険を孕んでいるんだ。反対派の意見も聞いて、穏便に緩慢に、合議で物事を決めていけば、危険ではないのか?」
「しかし…」
「誤解はするなよ。この話にも、絶対に正しい結論はないんだ。要は、どっちを取るかだけだ。俺は、二重支配をやめて、王という唯一無二の存在が最終的な決定をする国にしたほうが良いと考えた。
だからまず、国の体制を変える。それが最初にして最大の改革だ。もう一度言うが、独裁国家を作るわけじゃねえぞ」
「言っていることは分かりました。しかし、どれだけ側近の意見を聞いても、誤った判断を繰り返す王がいるかも知れません。それでは、王の資質によって、国が良くも悪くもなってしまいます。私には、その危険のほうが大きいと感じられます」
「そうだよ。それが王が支配する体制の一番の問題だ。明もそうだし、その前の王朝も同じ問題を抱えていた。
初めの王は派遣争いを制した者だから、無条件で王の資格も資質もある。軍事と政事の資質が違うのは分かるが、そこはもう目をつぶるしかない。しかし次の王が、資格と資質を備えているかは分からない。そうかと言って、王が死ぬたびに派遣争いをしていたら切りがない。
だから次代の王の資格は、前王の子であることが、最も自然な形だ。それで、そいつがもし出損ないだったら、国が滅ぶかも知れん。それは、俺の信忠以外の息子を見れば分かるよな。だから実は、俺もまだそこについては答えが出ていない」
「そうだったのですか。正直に言うと、それについても驚くような回答を持っているのではないかと、期待もしていました」
「そうか。期待に答えられなくて悪かったな。さっきも言ったように、絶対に正しい結論なんてあり得ねえんだよ」
「信長様の考えを実現するならば、王になる資格を持つ者が複数いて、その中から最も適した者が、次代の王になるという仕組みがあれば良いのでしょうね。言うだけなら簡単ですがね」
「複数っていう時点で、争いの種になるんだよ」
「分かっています。だから簡単ではないでしょう」
「そうだ。だがそれでも、俺が王になる以外に、どこかの属国にされる前に、日本を刷新し世界に追い付く方法はないと思ったんだ。俺だって本当は、天下に布武したら、余生はのんびりして いたかったんだぞ」
「やっと、理解できました。絶対に正しい結論がないことも含めてです」
「正しい答えなんかなくたって、選ばなきゃならねえことがあるのは分かるよな」
「はい」
「じゃあ聞くが、今 俺の考えを理解したお前だったら、俺を殺しに来たか?」




