【5】信長を殺すな
地獄安土城にて 明智光秀と織田信長
「今の私なら、信長様を殺しに行くか…ですか」
「そうだよ。ここまで互いの考えを話した。それでお前はどうするのか聞きたい」
「つまり、信長様が覇者になったら、王になり国を支配するという考えに同意できるか、ということで良いのですね?」
「それも含めて、お前が決めることだ」
「分かりました。では結論から先に言います。覇者は朝廷から征夷大将軍等に任命され、朝廷の権威の下で国を治めるべきだと思います。王は、必要ありません」
「お前が出した結論は、変わらなかったってことだな」
「そうです。しかし信長様の、先を見通したお考えには感服しました。確かに、抗いようもない武力が現れる前に国を刷新させるには、大改革を推し進められる王が必要だというのは、よく 分かります」
「それでも、同意できない理由は何だ?」
「国の統治には、〈権威と権力〉が必要だからです。その二つを一人が独占してしまうえば、おそらく権威が失われるでしょう」
「権威と権力か。いかにもお前らしい考えだな」
「一見 同じようなものに見えますが、権威と権力は違います。ざっくりと言ってしまえば、権威は強制力を持たず、権力は強制力を持ちます。強制しなくても人から敬われるのが権威、強制して人を従わせるのが権力です。
この二つに、あえて序列をつけるならば、強制力を持たない権威が上です。権力だけで国の舵取りはできません。権威と権力が互いに補完し合う関係でなければならないのです」
「つまり朝廷が権威、覇者が権力を司るんだな」
「そうです。朝廷は、天皇と言い換えることもできます。天皇の権威に委ねられた権力を、覇者が行使すれば良いのです。そうすれば民は権力に安心して従い、権威が常に権力を監視し、誤りを防ぎ、正すことができます。国の改革を進めるにも、この体制が最も危険が少ないのではないでしょうか」
「権力には、権威という裏付けが必要なのは分かった。では天皇には、どうして権威があるんだ?」
「それは、信長様が先ほど言った通りです。天皇は代々この国の唯一無二の存在を担わされてきたのです。そしてそれは、これからも延々と変わらない宿命でもあります。過去においても未来においても、不変かつ唯一無二の存在なのは天皇だけです。その、時の重みが権威の源なの です。
繰り返しますが、これは理屈ではありません。強制などされなくても、誰もが自然に畏れ敬う存在になっているのです」
「確かにそうだな。天皇の権威も分かった。じゃあ権力は、どうやって代々受け継いでいくんだ?」
「次代の権力者は、世襲制でも指名制でも構いません。それを決めるのも権力の一部です。しかし権力者は、それに値しなければ、別の者にその座を明け渡さなければなりません。権力の裏付けとなる権威が不変であるからこそ、権力者は、その時代に最も相応しい者に変えていけるのです」
「なるほど。よく理解できた」
「理解ですか」
「そうだ。納得まではできていない」
「やはり、そうですか。私の考えは、机上の空論だと思いますか?」
「理路整然と話しながら、お前自身もそれを感じていただろう。俺が最初に言ったよな?」
「はい、言っていましたね。世界はファンタジーじゃないと」
「そうだ。そこに繋がったのは半分は偶然だが、初めからなんとなく、直感のようなものはあった」
「ファンタジーは、ゲームのように完璧にプログラムされた世界にしかない。この世は完璧とはほど遠いですよね。むしろバグだらけです」
「そうだな。だから、バグをバグと思わず受け入れれば良いんだ。完璧を求めるな。もっと鈍く雑になれれば、バグなんか気にもならなくなる。お前は筋金入りの完璧主義者なんだよ。
俺の計画は、お前には受け入れ難いものだったのは分かったが、はい明日から俺が王です、なんてことに なるはずがねえだろ。どこかに、妥協できるところがあったはずだよ」
「すべてが最初から計画通りに行くはずがない。そこに妥協できるところを探せば良かったのですね。…それ、私がアレを起こす前に言って欲しかったです」
「ああ悪かったな。いや謝るのは俺じゃねえ気がするが…。まあいいか」
「すみません」
「お前もあっさり謝るんだな」
「その約束でしたからね」
「お前が自分でも言ったように、今のガチガチの考えは机上の空論だ。お前くらい頭が良いやつにしか分からん話じゃダメだ。それだったら、俺が王になるから黙って言うことを聞けって言うほうが、まだマシだ。理解なんかさせなくて良い。国中のやつがほぼ納得すれば、大体その通りになっていくんだよ」
「そうですね。今まで、国中が物事を武力で解決すると納得していたから、その通りになっていたのですからね」
「そうだろう。お前だって俺を止める手段として、武力を選んだんだ」
「何も言い返せません」
「まあ、俺の計画もお前の行動も、柔軟さには欠けたし、急ぎ過ぎてもいた。でも、お前の言うことは、基本的に正しいと思う。お前は、他の国を侵攻せず、この国の権威を絶やさず、なおかつ民が安心して暮らせる豊かな国を作りたかったんだろう?」
「はい」
「お前は、来世でそれをやれ」
「来世?地獄に来世があるのですか?」
「……あれば良いな」
「知らないんですね。でも、あって欲しいです」
「俺たちは悪人認定されて地獄にいるが、何の意味もなく、死後にこんな話をしているのだとしたら滑稽すぎる」
「…………」
「お前がもっと柔軟だったら、俺を殺さずに、日本をお前の理想に近づけられたかも知れねえだろ。だから次は、俺みたいなやつを殺さなくても済む方法まで考えろ。それが、俺が望むことだ」
「承知しました。しかし信長様がいたからこそ、日本の未来があるのは間違いありません」
「それ、殺す前に言え」
「多分、来世ではそうします」
「まあ、ホントに来世があったとしても、先に現世に戻れるのはお前だろうから、俺には関係ねえけどな」
「残念です。また信長様と同じ時代を生きてみたかったです」
「俺はどっちでも良いけどな。まあ、地獄には時間はいくらでもあるから、ゆっくり考えろよ。
とりあえず現世のほうは、お前と同じく意志を持っていた ただ一人のやつが、鈍く雑にやってくれそうだからな」




