廃嫡と離縁はセットです
「お品!」
若旦那が部屋へ飛び込んで来た。
その視線の先には――。
「はい!」
「はいっ!」
「とったぁ!」
繁吉の子どもたちと輪になり、かるた遊びに興じるお品の姿があった。
「旦那様!」
お品が顔を上げる。
「お品……。」
若旦那はその場へへたり込んだ。
「良かった……。」
張り詰めていた糸が切れたように、そのまま腰を抜かす。
お品は慌てて駆け寄った。
「大丈夫です!何もされてへんから!」
若旦那は何度も頷く。
「……それで十分や。」
その言葉に、お品もようやく涙を流した。
◇◇◇
しばらくして、木浪邸へ忠盛が姿を現した。
表情は青ざめている。
若旦那とお品の前まで進み出ると――
ドサッ。
迷いなく平伏した。
「此度の責は、すべて某にございます!」
若旦那もお品も目を丸くする。
「申し開きのしようもございませぬ!お詫びとして……!」
忠盛は腰の脇差へ手を掛けた。
「この場で腹を――」
「いやいやいや!」
若旦那が慌てて飛び付く。
「待ってください!」
「怖い怖い!」
お品も青ざめる。
「私ら商人相手に、そこまでせんでも!」
「どうか頭を上げてください!」
忠盛はなおも頭を下げたままだった。
「……しかし。某には、それ以外に償う術がございませぬ。」
若旦那は困り果て、美津を見る。
美津も肩を竦めるしかない。
「えぇっと……。」
若旦那は苦笑した。
「今日は、お品も疲れております。
一旦帰らせてもろて……。
また日を改めて、お話しさせてもらえませんやろか?」
忠盛は静かに頷いた。
「……承知いたしました。改めて、お詫びに伺います。」
若旦那はようやく忠盛を立たせた。
「送らせます。」
忠盛が命じると、前野家臣たちが若夫婦を丁重に屋敷まで送り届けることとなった。
◇◇◇
静かになった木浪邸。
繁吉が忠盛へ尋ねる。
「……兄ぃ。新兵衛は。」
忠盛は疲れ切った表情で答えた。
「医者へ診せておる。……しばらく人前へは出せん。」
繁吉は目を丸くした。
「どんだけ殴ったんですか……。」
少し間を置く。
「……いや。その程度で済んで良かった。」
忠盛は苦く笑った。
「うむ、儂もそう思う。」
繁吉は真顔になる。
「この件、御屋形様には……。」
「無論、申し上げる。」
忠盛は迷いなく答えた。
「良くて廃嫡。」
一拍置く。
「悪くて……廃嫡。」
美津が思わず突っ込んだ。
「義父上。」
「む?なんじゃ?」
「どっちも廃嫡ですやん。」
その場にいた全員が、思わず苦笑した。
だが、誰一人、それ以外の処分を思い付かなかった。
◇◇◇
数日後。
清洲城。
信綱は忠盛から届いた書状を最後まで読み終えると、静かに目を閉じた。
「……やってくれたな。」
側に控える土山秀俊も苦笑する。
「やってくれましたなぁ。」
小山田綱勝が腕を組む。
「前野殿も手を焼いておられましたが……。
まさか、ここまでとは。」
重臣たちの間に重い空気が流れる。
信綱はしばらく黙考し、やがて静かに顔を上げた。
「信盛は廃嫡。」
誰も異を唱えない。
「堺で斯様な騒ぎを起こす者を、綾部家嫡臣の跡取りとして置いてはおけぬ。
庇い立てする理由もない。」
重臣たちが深く頭を下げる。
「それから。」
信綱は続けた。
「大和屋へは、綾部家より正式に詫びを入れよ。
十兵衛、手配せよ。」
「はっ。」
秀俊が控えた。
すると、兼武が口を開く。
「御屋形様。前野新兵衛の妻、お美津殿は如何なさいますか。」
信綱は少しだけ目を伏せた。
美津に非はない。それは誰もが分かっている。
だからこそ。
「……離縁させよ。」
短く告げる。
「これ以上、あの娘を前野家へ縛る理由はない。」
「はっ。」
評定の間は静まり返っていた。
綾部家当主として。そして、一人の主君として。
信綱は最も重く、最も公平な裁きを下したのであった。




