嫌な予感しかしない祝言
堺・前野邸。
庭先には色鮮やかな幔幕が張られ、祝いの膳が所狭しと並べられていた。
酒樽が次々と運び込まれ、家臣も商人も身分の隔てなく盃を交わす。
「めでたい!」
「今日は飲め飲め!」
「前野様、おめでとうございます!」
屋敷中が笑い声に包まれていた。
まさに祝言日和である。
◇◇◇
上座。
白無垢に身を包んだ美津は、背筋を真っ直ぐ伸ばし、高砂へ静かに座っていた。
普段の快活な姿とはまるで違う。
その姿を見つめながら、一人の男が目頭を押さえる。
「……あの美津が。」
父・石橋久政である。
「嫁に行く歳になったんやなぁ……。」
隣では兄・政藤が苦笑していた。
「父上、泣くん早いわ。」
母・理津も笑う。
「まだ嫁入りしただけや。
堺やねんから、またすぐ会えるやろ。」
「……それでもや。」
久政は鼻をすすった。
「小さい頃は木刀振り回して男の子追い掛け回しとったのに……。」
「いつの話してんねん。」
政藤が呆れる。
「ほら、泣いたら美津に怒られるで。」
「……せやな。」
久政は慌てて涙を拭った。
◇◇◇
少し離れた席では、義藤が盃を傾けていた。
(……やっていけるよな。)
祝いの席なのに、胸の奥に小さな引っ掛かりが残っている。
視線を上げると、高砂の美津は静かに微笑んでいる。
その隣、新郎の信盛は、退屈そうな表情で酒ばかり飲んでいた。
美津へ話し掛ける様子もない。
周囲の祝いの言葉にも、曖昧に頷くだけ。
(……大丈夫やろか。)
義藤は小さく息を吐いた。
「源太郎殿。」
聞き慣れた落ち着いた声に顔を上げると、酒器を手にした忠盛が立っていた。
「こちら、よろしいでしょうか。」
「もちろん。」
義藤が席を勧め、忠盛は静かに腰を下ろした。
二人は互いに盃へ酒を注ぎ合う。
「……なんとか。」
忠盛が小さく笑った。
「今日という日を迎えられました。」
義藤も頷く。
「こっちも同じ気持ちですわ。」
盃を軽く合わせる。
「おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
しばらく二人は祝宴を眺めていた。
繁吉は商人たちに囲まれ、大声で笑っている。
「今日は奉行やなくて客や!飲め飲め!」
いつもの調子だった。
その賑やかな声を聞きながら、忠盛は静かに口を開く。
「源太郎殿。」
「……はい。」
「信盛は、まだ未熟者にございます。」
義藤は何も言わず耳を傾ける。
「どうか。」
忠盛は深々と頭を下げた。
「美津殿を、よろしくお願い申し上げます。」
その言葉に、義藤は思わず苦笑した。
「それ、本来は儂が言う台詞ですやん。」
忠盛も少しだけ笑う。
「……そうですな。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
だが、二人とも胸の奥では、同じ不安を抱えていた。
この若い夫婦は、本当にうまくやっていけるのだろうか、と。
お気付きの方もおられるかもしれませんが、信盛の母(前野忠盛の正室)は今回の祝言には出席しておりません。
表向きの理由は、「儂が堺へ赴任している間、誰かが清洲屋敷を守らねばならん。」というものです。
……はい、建前です(笑)。
本音は、「堺で余計なことをされたら困る。」
これに尽きます。
忠盛さんも奥さんの性格はよく分かっております。
ちなみに堺へは忠盛の側室・巴が同行しております。
そして木浪家ですが、こちらは一家そろって堺へお引っ越し。
なお、奥さんの弥生さんは現在、第九子を妊娠中です。
木浪家、今日も賑やかです(笑)。




