美津の縁談。ただし、相手の評判は最悪
河内・杉下城。
評定の間。
義藤、義長、房春、義昭の四人は腕を組み、揃って唸っていた。
「美津の縁談かぁ……。」
義藤が頭を掻く。
義長も帳面を閉じ、ため息をついた。
「十九やしなぁ。縁談の一つ二つ来ても、おかしない歳や。」
房春も静かに頷く。
「問題は相手や。」
義昭が苦い顔をする。
「よりにもよって……前野のアホボンかいな。」
四人の口から、一斉に深いため息が漏れた。
沈黙。
やがて義長が顔を上げる。
「……義兄上。」
「なんや。」
「そのアホボン、どんぐらい阿呆なん?」
房春は腕を組み、ゆっくりと話し始めた。
「前野新兵衛信盛……歳は十八で、前野家待望の正室腹の嫡男や。
生まれた時から奥方様に蝶よ花よと育てられてな。」
義藤が嫌な予感しかしない顔をする。
「乳母も付けず、自分の乳で育てたそうや。」
「ほぉ。」
「その結果が……。」
房春は真顔で言った。
「偏った価値観の持ち主や。」
義昭が苦笑する。
「例えば?」
房春は一本指を立てた。
「『前野家は由緒正しき綾部家家臣。成り上がりや新参者と親しくするでない。』」
義長が即座に突っ込む。
「……いつの時代やねん。」
「せやろ?……奥方の頭ん中は戦のない時期で止まっとるようや。」
義昭は納得したように頷いた。
「だから、藤間さんにあの態度やったんか。」
「ああ……。」
義藤も納得したように頷く。
「ええとこの坊ちゃんや。
せやけど、人付き合いは致命的に下手や。」
房春は静かに続けた。
「……堺では、ああいう人間はやっていかれへん。」
また沈黙が流れる。
義昭が口を開く。
「とは言え、御屋形様直々のご縁や。」
義長も頷く。
「断るんは至難の業やな。」
義藤は腕を組み、天井を見上げた。
「……無理やろ。」
再び静寂。
しばらくして、義昭がぽつりと呟く。
「……美津。」
全員が義昭を見る。
「そいつの息の根、止めへんやろか。」
四人は顔を見合わせる。
「「…………。」」
そして。
「「その心配の方が大きい。」」
全員の意見は一致していた。
◇◇◇
城下。
槍の稽古場。
正義と清武は、いつものように木槍を打ち合わせていた。
乾いた音が響く。
カンッ。
カンッ。
しばらく打ち合った後、清武が何気なく口を開く。
「左衛門。」
「ん?」
「美津姉、嫁ぐことになるらしいで。」
正義は槍を止めない。
「ああ。めでたいことや。……せやけど。」
少し考える。
「あのボンクラかぁ。」
苦笑いを浮かべた。
「まぁ、お父上の主計頭様は、しっかりした御仁や。なんやかんやで、やっていけるやろ。」
清武は木槍を下ろした。
「……いや。そうやなくて。」
正義を見る。
「美津姉に、惚れてるやろ?」
その瞬間、正義の手が止まった。
静寂。
風だけが二人の間を吹き抜け、やがて正義は、小さく息を吐いた。
「……まぁな。」
ぽつりと呟く。
「ええの?……このままで。」
正義は空を見上げた。
「しゃあないやろ。御屋形様直々のご縁や。」
少し笑う。
「それになぁ……。惚れた女と夫婦になれるなんて、この時代、そうそうある話やないでぇ。」
清武は何も言えなかった。
正義は肩を竦める。
「俺が今、一番心配してんのはな。……旦那になる予定のアイツや。」
「……え?」
「美津。」
真顔で言う。
「アイツ、息の根止めへんやろか。」
清武は思わず目を丸くした。
「……そんなに?」
正義は即答した。
「そんなに。」
清武はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「……確かに。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
しかし、その笑顔の裏で、正義は胸の奥にしまい込んだ想いへ、静かに別れを告げていた。




