作者の脳内設定公開
※本作は架空の戦国時代を舞台としており、史実とは異なる世界観・歴史・人物設定を含みます。
【この世界線の氏族】
・大原氏
平安初期頃、天皇の皇子が臣籍降下したことに始まる一族。
公家・武家へ広く枝分かれした、最大勢力として発展する。
河内の杉下家、美濃の佐藤家などが属する。
・波野氏
平安中期に有力貴族・宝来氏の五男が尾張守に任じられた事が始まり。(なお、この五男の生母は、宝来氏へ降嫁した女御腹の皇女)
その後は尾張に土着し、武家として発展。
代々尾張守護を務めた名門で、綾部家や津島家などはこの流れを汲む。
・高源寺氏
古代から続く学者の家系。
庶子たちが全国に散らばり、其々の地に土着。
甲斐・信濃の藤ヶ谷家、中国の大代家はこの氏族。
綾部家家臣・木浪家は、藤ヶ谷家の嫡子が家督争いに敗れて清洲へ落ち延び、その子孫が土着したことに始まる。
・三条氏
宝来氏と並ぶ有力貴族。
宝来氏や大原氏とは幾度も婚姻を重ね、古くから親戚関係を結ぶ。
一族は四国各地へ国司として赴任し、その後それぞれ武家化した。
四国を治める三条家は、この氏族の本流。
また、綾部家家臣・土山秀俊の土山家も、この氏族の流れを汲む。
【この世界の歴史】
・竹原幕府(または、坂東幕府)
関東で誕生した、この世界初の武家政権。
大原氏本流・竹原家によって創設され、約150年にわたり天下を治めた。
しかし時代が下るにつれ、汚職や関東武士への身内贔屓が目立つようになり、幕府への不満が各地で高まる。
やがて大原氏醍醐家や波野氏ら有力御家人が挙兵し、坂東幕府は滅亡した。
・醍醐幕府
坂東幕府を倒した大原氏醍醐家が京都に開いた武家政権。
醍醐家は坂東幕府初代将軍・竹原光景の祖父の同母弟を祖とする家系であり、竹原家とは極めて近い血縁関係にあった。そのため、坂東幕府滅亡後も多くの大名が新たな将軍家として醍醐家を支持した。
坂東幕府の失敗を教訓とし、役職や権限を細かく定め、特定の家へ権力が集中しない制度を整備。文官と武官を分けるなど、権力の分散を徹底したことで長期政権を築く。
しかし、本編から約150年前に起きた将軍後継者争いをきっかけに各地の争いが激化。
戦乱の世が始まり、幕府は実権を失う。
現在も京都に幕府は存在するが、その権威のみを保っている。
因みに、大原氏を系譜にすると、こんな感じ
↓
大原氏
├─竹原家(本流・竹原幕府将軍家)
├─竹原流醍醐家(醍醐幕府将軍家)
└─河内醍醐家(杉下家)
├─佐々木家(竹原幕府初代将軍の異母弟家)
└─美濃佐々木流(佐藤家)
【戦国時代突入のきっかけ】
11代将軍・醍醐景綱と御台所・高源寺廉子との間には、3人の姫君が生まれたものの、男子には恵まれなかった。
廉子は何としても男子をもうけようと、夫へ側室を迎えるよう勧めるが、流産や早世が相次ぐ。
将軍夫妻と幕閣は協議の末、景綱の同母弟・景元を後継者に定めた。
しかし2年後、側室の一人が男子を出産。
将軍の実子か、それとも既に指名された景元か。
後継者を巡り、幕府内は大きく揺れ始める。
景綱・廉子夫妻と景元は、「景元が将軍となり、若君が成長した後に将軍職を譲る」との方針を示したが、それを良しとしない大名たちが現れる。
将軍家を利用しようとする者。
景元を擁立して権勢を握ろうとする者。
幼君を担ぎ、新たな政権を築こうとする者。
それぞれの思惑が複雑に絡み合い、ついに戦が勃発。
その争いは全国へ飛び火し、150年続く戦乱の世が幕を開けた。
戦乱の中では幾度となく幕府を擁立し天下統一を目指す者も現れたが、いずれも長くは続かなかった。
【醍醐幕府 伝説の御台所】
高源寺廉子
年齢:享年87歳(本編時点では故人)
法名:廉華院
醍醐幕府11代将軍・醍醐景綱の御台所。
古代より続く学者の名門・高源寺氏の出身で、聡明さと卓越した金勘定で幕府の財政を立て直した名君として知られる。
将軍との間に3人の姫をもうけるが、男子には恵まれず、幕府存続のため自ら側室の迎え入れを勧めるなど、公より私を優先したことは一度もなかった。
しかし、その後に誕生した若君を巡る将軍家の後継者争いをきっかけに全国へ戦乱が広がり、150年続く戦国時代の幕開けとなる。
戦乱の最中も幕府財政を支え続け、将軍実子派・景元派の両陣営へ資金を貸し付け、戦後は利子と共に回収。その資金を焼け野原となった京都の復興や幕府の運営費へ充てた。
また、京都の出入り口に関所を設けて通行税を徴収するなど徹底した財政改革を断行。
「打掛が破れた?縫え。鎧が曲がった?叩いて直せ。刀が折れた?打ち直せ。買った方が安い?じゃ、それで。」が口癖で、その倹約ぶりは今なお語り草となっている。
若君は幼くして世を去り、最終的には景元が将軍職を継承。その後は景元の嫡男へ将軍職が受け継がれ、景綱と廉子の長女が御台所として嫁いだことで将軍家は再び一つとなった。
夫亡き後に落飾し、娘婿の景元や孫たちの後見を務め、将軍と幕府を支えた。
現在の醍醐将軍家は、景綱・廉子と景元の血を受け継ぐ子孫である。
かなりの長寿で、曾孫・景政の将軍就任を見届けて、亡くなった。
その死をもって、幕府最後の黄金時代は終わったとも言われる。
廉子が遺した莫大な財産と徹底した財政制度は、実権を失った現在でも醍醐幕府が存続できている最大の理由とされ、『幕府を150年延命させた伝説の御台所』と語り継がれている。
【公の場での正式な名乗りについて】
本作では、朝廷や幕府への出仕、官位叙任などの公の場では、本姓による正式な名乗りを用います。
皇族から臣籍降下した氏族(例:大原氏)は、皇族由来であることを示すため、「本姓+真人+名前」で名乗ります。
例:大原真人義藤
一方、有力貴族などを祖とする氏族(宝来氏、高源寺氏、三条氏など)は、「本姓+朝臣+名前」で名乗ります。
例:宝来朝臣信綱、高源寺朝臣繁吉、三条朝臣秀俊
なお、本編中の日常会話では、これまで通り「杉下義藤」「綾部信綱」などの名字を用いております。




